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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
砂漠の王

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第三部「ゾンビ族の王」

 ゾンビ族の王の一人であるファラオを王都で迎えることとなり、城では国賓対応に頭を悩ませていた。



「なぜ、そこまで対応に苦慮するんだ」


 パットンは、城の会議室で集められた文官たちに訊ねた。


「前例がないのです」文官の一人が、申し訳なさそうに言った。「これまで、この国がアンデッドの王族を国賓として迎えたことはございません」

「一度もか……」


 パットンはなぜかと考えたが、どう考えてもヴァレンが裏で糸を引いているとしか思えなかった。

 ファラオの相手をしている間はルミナス暗号のことを考えられないし、これが失敗すればグライムの評価も下がる。そこにつけ込んだはずだと。

 

「はい、一度もないです。魔界の砂漠地帯とは、これまで正式な国交すらございませんでした。此度の訪問は、いわば手探りでの初めての試みなのです」


 侍従長が、パットンとグライムを前にして、困り顔で続けた。


「文化資料には、しっかり目を通したのですが……資料に書かれていることを、そのまま実行していいものか……判断がつかないので」


「見せてもらえるか?」


 グライムが受け取った資料には、いくつかの禁忌事項が箇条書きで記されていた。


 生のものを口にしてはならない。

 日光を避けねばならない。

 夜に活動する種族である。


「これが主項目だとしても……足りないな」


グライムが資料を一瞥して言うと、侍従長は困惑した様子で「足りないとは?」と聞いた。


「この資料は建前しか書かれていない。本音が一切書かれていないんだ」

「本音と建前と申されましても……。私どもは、この資料以上の情報を持ち合わせておりません」


 侍従長は、途方に暮れた様子で言った。

 なぜならこの資料こそ、ゾンビ族から受け取ったものだからだ。

 ここに答えが書いてなければ、お手上げしかない。


 侍従長があたふたする様子を、楽しげに眺めるグライムを、パットンが睨んだ。


「グライム……困らせて遊ぶな。オマエのやることはファラオをもてなすことだ」

「三獣士の隊長だったり、アンタの頭脳だったり、執事だったり……。騙す必要がないのに肩書きが増えてくな」

「いいから頼んだぞ……。こっちはこっちでやることがあるんだ」


 パットンが何度も心配そうに振り返って去っていくと、グライムは早く行けと同じ数だけ手で払った。


 そして、パットンの姿がいなくなった途端。

 グライムは、侍従長と集まった給仕頭に向かって言った。


「まず言っておく。アンタらがすべきなのは、ファラオだけのために特別なものを用意することじゃない」

「では……何を?」

「それに答える前に、これはゾンビ族からの挑戦状だと思ってくれ。奴らはオレ達の粗相を狙っている。だから、あえて情報をよこさなかった。あの場ではパットンがいるから言わなかったけど、これは裏の世界でよくある脅しだ。自分たちのことをどれだけ調べられるか、情報力を見ている。――そこでだ。王宮側が普通に用意できるものを、ゾンビ族の文化に合わせて、少しだけ工夫するんだ」

「少しの工夫……というと」

「相手の要求をそのまま受け取るな。これは何を嫌がっているのか。逆に、何をしてもらえば相手が『わかっている』と思うのか。それを考えろ」


 給仕頭は戸惑った顔をしたので、グライムは続けた。


「食事の話をしよう。ゾンビ族には、生のものをそのまま食べてはいけないという食文化がある。だが、これは必ずしも『火を通さなければならない』という意味じゃない」

「では、どういう意味で」

「生野菜でも、ドレッシングをかければ、『調理されたもの』とみなされる。料理そのものを、大きく変える必要はない」


 給仕頭は目を丸くした。

 種族による食文化は様々であり、いつも揉める原因の一つだ。

 それを言葉一つで変えられるとあれば、相手の見栄や承認欲求利用して、それをおもてなし変えることが出来る。

 それが出来るなら、まさに


「では……いつも通りの献立で構わないと」


「構わない。ただし出し方に一手間加える。給仕に料理を説明させる時、こう言わせろ」


 グライムは給仕頭横に立つと、実演するように言った。


「『こちらは、アガル地方で採れたキャベツでございます。こちらのドレッシングをお使いいただくと、生の風味を抑えることができます』」


 そう言って頭を下げるグライム姿は、長年城に仕えてきた給仕のようだった。


 まるでグライムの独演会だ。彼が喋ると給仕が耳を傾け、いつしか全員が一挙手一投足を追っている。


「それだけで、いいのですか」


「それがいいんだ。ファラオにとっては、単なる料理の説明に聞こえる。だが、そこには、『ゾンビ族にとって生のものがどう扱われるかを理解している』という配慮が、確かに含まれている。言い方を変えれば、ゾンビ族にとって料理とは、死体をどう扱うかだ。一度死んで生まれ変わった。それがゾンビだ。そう考えればわかりやすいだろう?」


 グライムが片眉を上げて得意げに言うと、侍従長は感心したように頷いた。

 それを見て、グライムは締めくくった。

「城側も特別な料理を用意したわけじゃない。ほんの少し、料理の出し方と説明を変えただけだ。つまり、常時いつでもゾンビ族を受け入れる意思表示が出来る」


「飲み物についても、同じ考え方でよろしいのでしょうか?」


 給仕頭が遠慮がちに訊ねた。

 グライムの説明を聞くと安心するのと同時に、細かい不安が出てきた。

 つまり、全員が同じ方向を向き、一つの事柄を研磨しようとしているから、ほころびに気づき出した。


 もう既にこの場の空気はグライムが支配し、いつしかこの階段のすべてを取り仕切る責任者のような雰囲気までも醸し出していた。


「いい質問だ。ゾンビ族は生きた血に近いものを本能的に警戒する。真っ赤な果実酒なんかは、見た目だけで避けられることがある」

「では、避けたほうが」

「避ける必要はない注ぐ時に、一言添えろ。『こちらは、○年ものの果実酒でございます』と、熟成年数を強調するだけでいい。時間をかけて手を加えられたものだと分かれば、警戒は薄れる。熟成年数は、死後の手向けの年月だと思え」

「なるほど……。見た目ではなく、時間の経過を伝えるのですね」

「その通りだ。言葉一つで、同じ皿の上の料理が、まったく違う意味を持つようになる。それが、この手の対応の肝だ」


 給仕頭は真剣な面持ちで、その言葉を書き留めていった。

 その隙に、侍従長が控えめに口を挟んだ。


「席次についても、伺ってもよろしいでしょうか。ファラオ陛下の御席は、どのように設えるべきか、悩んでおりまして」

「日の当たる位置だけは、絶対に避けろ。宴の間は、日中よりも夜間のほうが多いだろうが、念のためだ。窓際は避けて、壁際に近い、落ち着いた場所を選べ」


「壁際、ですか。上座からは、少し離れてしまいますが」


「離れていて構わない。格式より実際の快適さを優先しろ。もし『上座から離れているのはなぜか』と聞かれたら、正直に日差しへの配慮だと答えればいい。それも、また一つの誠意の示し方だ。上座は種族に寄って変わる。人間の流儀ではなく、他種族の流儀で誤魔化せるは、今この国が使える特権の一つだ。他の種族が他の種族に口出すことは出来ない。相手も流すだろう。次は、客室だ」


 当初、専用の特別室を新たに用意することを考えていたので、侍従長はその案を提示した。


「ゾンビ族の方のために、日の当たらない、地下に近い部屋を新たに設けようかと」

「暗ければいいって話じゃない」グライムは、即座に否定した。「あいつらが嫌なのは朝日だ」

「朝日、ですか」

「日中の光すべてを嫌うわけじゃない。もちろん強い直射日光は避けたいだろうが、一番厄介なのは、朝日とともに生活するわけじゃないってことだ。オレたちは朝日とともに起きるが、夜型の種族は星明かりや月明かりで起きることが多い」

「地下に部屋を新設する話も出ていましたが……」

「取りやめろ。わざわざ地下に部屋を用意したら、それこそ『特別に隔離した』という印象を与える。歓待のつもりが、遠回しな拒絶に見えかねない。場合によっては、再び棺桶に入れて地下に埋めるというメッセージとも捉えられかねない」

「それは、考えが及びませんでした……」


 侍従長が退室した後、グライムの元へ、三獣士の一人去るの獣人のジェーンがやってきた。


「ずいぶん楽しそうじゃない」

「代の連中にでかい顔できるのは、思いの外わるくない。権力に溺れるわけだ」

「あなたは知識で慕われてるのよ」

「ジェーン……君に素直に褒められるだなんて」


 腰へと回されたグライムの手を、ジェーンは尻尾で叩いた。


「褒めてるんじゃなくて、恐怖を感じてるのよ。私も諜報部だもの、色んな種族と関わりがあるわ。どうやってそういう知識を手に入れるわけ? いや……やっぱり聞きたくないわ

「そんな、是非聞いてよ。君ならいつでも大歓迎だ」


 ジェーンが尻込みし、グライムが歓迎しているのは、その方法が犯罪だからだ。

 ジェーンの腕を認めたうえで、泥棒になるならいい仲間になれる。グライムは本気でそう思っていた。


 ジェーンは犯罪者と子どもは紙一重だと、無邪気な笑顔を浮かべるグライムに頭抱えた。



 準備は進み、ファラオの到着を翌日に控えた夜、王宮の厨房と客室は慌ただしい空気に包まれていた。


 給仕頭は、何度目かの確認をグライムに訊ねた。


「本当に、これで大丈夫なのでしょうか。もっと入念な準備が要るのではないかと」

「入念にやりすぎるのが、一番まずい、気合を入れすぎた歓待は、かえって相手に不自然さを悟らせる。付け焼き刃を見せるより、普段通りの延長線上でやるくらいが、ちょうどいい」


 侍従たちは、東向きの客室の窓の位置を、あらためて確認して回っていた。カーテンの生地の厚さ、閉め忘れがないかの点検、朝の見回りの時間割まで、細かく調整が加えられていく。


 パットンは、その様子を少し離れた場所から見守っていた。

 かつて城下町でこっそりと種族問題を解決していた頃のグライムの姿と、今、堂々と王宮の中枢で指示を出しているグライムの姿が、パットンの中で重なって見えた。


 グライムはいつだって人の輪に入り込み、なにかを起こす。

 親友のボンドの言葉を借りれば『石を一つ置いて流れを変える』のがグライムということだ。


 まさしく、その瞬間が目の前に流れている。


「城の中でも、変わらないものだな」


 パットンが独り言のようにつぶやくと、グライムはそれを聞き振り返った


「なにがだ」

「いや、なんでもない」パットンは、小さく首を振った。「続けてくれ」


 夜が更けるまで準備は続けられ、翌朝にはすべての手筈が整えられていた。

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