第一部「正式な住居」
かつて隠れ家として使っていた家は、現在グライムの正式な住居として使われていた。
かと言ってやることは変わらず、頭を悩ませたパットンが訪ねてくる。懐かしい王都の空気だ。
今日もグライムとパットンは向かい合っていた。
窓の外には、夕暮れの気配がまだ残っている。
埃っぽい棚には、グライムがかき集めた誰も使わないような古い書物が積まれたままで、この部屋だけが時の流れから取り残されているようだった。
「王都に帰り、無事に牢から抜け出したってのに……片付いたことより、片付いてないことのほうが多いな」
グライムが指を折りながら言うと、パットンは椅子に深く腰かけたまま促した。
「こっちもこんがらがっているんだ……。言ってみろ」
「まず、ヴァレンの本当の狙いがまだ見えてない。ルミナス暗号を解きたがっているのはわかる。台座を見た途端尻尾がすぐ出たからな。だけど、どこからルミナス暗号が流れてきているのか全く謎だ。
「それに加えて、ヴァレンの正体か……。これはオマエより、私が負担することが多そうだな……」
「兄弟ならわかるもんじゃないのか? 偽物だって」
「仲が良い兄弟ならな。王家に生まれた子どもは、基本的に将来争い事に巻き込まれることは決まっている。権力のもとに生まれるということはそういうことだ」
「本当の権力もとに生まれるってのは国民のことだ。国庫分配には賛成するね」
「そんなこと一言も言っていないだろう」
「でも、オレの盗む理由はそれだ。誰かが価値をつけたもの。本当のその価値があるか」
「盗む理由があるか?」
「盗む過程で気付くんだよ。どれだけ素晴らしい技法を使ったか。芸術ってのは見てるだけじゃなにも感じない」
「まさか、まだ他にも偽物と取り替えているんじゃないだろうな。先に言っておくぞ。今城では全ての美術品の再鑑定が行われている」
「ありがたいね。そこまでザルの警備だったら、ルミナス暗号に関係ありそうなものを根こそぎ奪ってる。それより大事なのは、美術品の再鑑定が行われたってことだ。つまり、この城にある価値のあるものが全てだと証明される。泥棒にとっての、ビュッフェみたいなもんだ」
「今は私の私兵だぞ……」
「だから堂々と見に行けるってこと」
「オマエと話していると頭が痛くなる……」
パットンはヴァレンのことだけでも、手がいっぱいなのにとでも言うように、これみよがしのため息を付いた。
「そのため息の理由はわかるぞ」
「そりゃそうだろう。オマエが理由だ」
「オレか? オレはてっきり、三獣士のことだと思ってた。三獣士の顔を見せて、それで正式な部隊として王に認められるんだろう? 一人がずっと不在だぞ……オレが最初に牢から出てから一度も顔見てない。犬の獣人のカックラウと、猿の獣人のジューン。そして」
「雉のハーピィのロビンだ。それが……連絡が取れないんだ。ある情報を頼んでからな」
「ヴァレンか?」
「オマエだ、グライム。オマエのことを調べるように言ってある。だが、途中から全く連絡がつかなくなった」
「元から自由な性格だろう。アイツだけは、牢に近寄ってきたのに唯一利用できなかった」
「優秀だな。戻ってきたら対オマエ用の見張りにしよう」
「お喋りで人の話を聞かねぇからだよ。秘密もペラペラ喋るけどな。肉球ちゃん」
「それはマリアから聞いたと言っただろう」
「マリアから聞いたんだ。ロビンも一緒にな。まぁ……最悪は代理で誤魔化すか……」
「堂々と王を騙そうとするな……。それも王子の前で」
「じゃあ、話を変えてやるよ。ボンドを牢から出す算段だ。今はあれが一番安全な場所だけど、いつまでもというわけにはいかない」
「牢に長くいれば、それだけ怪しまれるな……。表向きの罪状も、いつまでも保つとは限らない。変に牢にいてはヴァレンが気付くだろう。まったく……城ではヴァレン、隠れ家ではオマエだ。私が気を休める場所はどこにあるんだ……」
「そう嘆くなよ。今やることは、辺境で巻いた種が実った順に回収していくことだろ? ボンドに預けた情報を、引き出す必要がある。ルミナス暗号をどこまで解いたか、あの魔道具がどこまで機能したか。まだ何も聞けてないからな」
パットンは一度黙り込み、それらを一つずつ、頭の中で並べ直した。
主にやることはパットンは、ヴァレンの正体と目的を見抜くこと。
グライムは、ボンドを牢から出すこと。そして、ボンドに預けた情報を引き出す。
それに加えて先程話し合ったように、不在の三獣士の件などやらなければならないことは山ほどあった。
「多いな……」
パットンのつぶやきは、弱さを見せた嘆きだった。
グライムをそれを無視して、言葉を宙へと漂わせた。その言葉の意味に、彼が引っ張られないように。
それに気付いたのかそうではないのか、パットンは話題を変えた。
「しかし、悪いことばかりでもない。オマエは、私の正式な私兵として、ルミナス暗号の手がかりを堂々と探すことができるようになる。今までのように、いちいち身分を隠して動く必要がない。ここにも兵を表に止めて堂々と来られる」
「それは確かに大きいな。潜り込むための時間を、他のことに回せる」
「ただし、デメリットも多い。私は、ルミナス暗号の捜査の進捗を、定期的に報告する義務を負う」
「アンタが?」
「私がだ。そして、オマエは、特別な足取りをした場合、報告書を書いて提出する必要がある」
「面倒だな……。前よりも手錠っぽいぞ」
「面倒でも、決まりだ。私と三獣士以外の人間と会話した場合も、報告書の提出義務がある」
「街のどこかの店主と世間話しただけでもか? 王族ってのは、どいつもこいつも嫉妬深いな。そりゃ、女を巡って滅ぶ国がいくつもあるわけだ」
「街の外の人物については、検証のしようがないから報告の必要はない。だが、城の中の人間と話した場合は別だ」
「ネズミに入られるのを嫌がる……ヴァレンの助言だろうな」
「いいや、私だ。抜け道を作れば、証拠を偽造する方法を見つけるだろう。それを警戒して、この形にした」
「なんで自分から逃げ道を塞ぐんだよ……。状況わかってるのか?」
「わかっている。王に信用されるのが一番だ。違うか?」
パットンに正論を言われ、グライムは不貞腐れたように訪ね返した。
「報告書は、誰が確認する?」
「私が、まず目を通す。その上で、月に一度、王の側近にも提出することになっている」
「ヴァレンの目にも触れるということか」
「触れる。だからこそ、迂闊なことは書けない。オマエの起こした行動が、あることないこと、あちらに利用される可能性がある」
「じゃあ、報告書自体を、こっちの武器にすればいい」
パットンが眉間にしわを寄せると、グライムはにやりと笑って続けた。
「本当のことを、都合よく並べる。嘘は書けない。でも、何を書いて、何を省くかは、こっちで選べる。夕食を食べたのか、肉料理を食べたのか。角度を変えた事実を出すんだ。ヴァレンに見せても構わない情報だけを、丁寧に並べてやればいい」
「オマエらしい発想だ……」
パットンは呆れたように、それでいてどこか感心したように言った。
グライムはその言葉に、思わず苦笑した。
「なるほど却下ってことね」
「当然だろう……。オマエの不始末は全てこちらに回ってくるんだぞ」
「三獣士の不始末は全部隊長にオレに回ってくる」
「三獣士が問題など起こすか」
「それもまた、別の角度の事実だ。まぁ、とにかく。二人とも自由に見えて、実は不自由な状況になったわけだ」
グライムが腕輪を軽く叩きながら言うと、パットンが頷いた。
「だが、不自由さを受け入れてでも、共に動けるようになったことのほうが大きい。これも別の角度の事実だろう?」
パットンはようやく一つ言い換えしてやったと、口元緩めた。




