第五部「いつもの隠れ家」
事件は、ひとまずの閉幕を迎えた。
燃え残った絵画の残骸は片付けられ、廊下の壁には、応急の板が打ち付けられた。
表向きは、不審火による小さな騒動として処理されることになった。
その裏で何が起きたかを正確に知る者は、ごくわずかしかいなかった。
廷臣たちの間では、あの日の出来事について、様々な憶測が飛び交っていたが、誰一人として、真相にまでは辿り着けなかった。
その場は一度解散となったが、後日、グライムは正式に、パットンの私兵へと戻ることになった。
その知らせを、パットンは自らグライムに伝えに来た。
夕暮れの差し込むかつての隠れ家で、グライムは椅子に深く腰かけたまま、その報せを聞いた。
「まさかオレが城へ就職とはな」
「こっちのセリフだ……。カックラウが怒っていたぞ、オマエが上司になるんだからな」
「飼い主の間違いだろうって返しておけ。……返すと言えば、どうやってヴァレンから取り返すか」
「やはりなにも考えていなかったか……」
「考えてる時間なんてないだろう。まぁ、でもお互い様か。今頃ヴァレンも裁判をした理由を聞かれて、困ってる頃だろう」
ヴァレンは一気にグライムを始末する予定だった、しかしこれからは表向きは仲間として取り繕わないといけない。そうすると、なぜ裁判を早めたのか理由が必要になる。
グライム以上に、ヴァレンも後始末に時間がかかるのはわかっていた。
「しばらくは平和ということか」
パットンが紅茶を一口飲むと、グライムが静かに訪ねた。
「ボンドのことは?」
「牢の中で、大人しくしているそうだ。今のところ、手を出そうとする者もいない。オマエの読み通りになっている。もしなにかあれば知らせる。オマエなら、そこから誰がボンドを狙ってるかわかるだろう」
「そのことなんだけど……。もしかしたら知らないほうがいいかも」
「なにを知ってる?」
「なにも。知らないから言ってるんだ。パットン……アンタは麻痺しちまってるけど、オレもボンドも犯罪者だぞ。後ろ暗い過去の一つや二つあるもんだ」
「だから聞いてるんだ。助けられることかも知れないだろう」
パットンが無邪気に協力を申し出ると、グライムはため息を落とした。
「助けられないことだから言ってるんだ。少しでも犯罪者との関わりを見せてみろ。ヴァレンにそこをつかれるぞ
「わかってる」
「わかってないから言ってる。どんな相手かわからない以上、マリアにも被害が及ぶ可能性がある。ボンドのことはこっちで調べる。だいたいな……いま時間があるだけだろう? 聞いたぞ。ヴァレンと共同でルミナス暗号を解くことになったんだろう?」
「オマエ……どこからその話を……」
肩をすくめてニヤニヤしているグライムを見て、パットンはため息を落とした。
「気にするな。これからはオレも城を移動できるんだからな。なんたって、王公認のアンタの私兵だ。それも隊長。文句ないだろう? パットン王子」
「気にするな。これからは、オマエの行動は筒抜けだ。私にも、王にも――ヴァレンにもな」
そう言ってパットンが取り出したのは、魔法錠の腕輪だった。
「隊長って、犯罪者の別の呼び方か?」
「仕方ないだろう。あれだけのことをしでかしたんだ。オマエの行動を誰も信用してない」
「パットン以外はな」
「そうだ。だから、王族なら誰でもオマエの足取りを確認できる。不審な行動を取れば、ヴァレンだけではなく、他の王子からも監視が来ると思え」
「もうずっと監視されてるみたいなもんだろう」
グライムがパットンを指さすと、その伸ばされた腕に魔法錠がハメられた。
「これで、正式な我が部下だ。気分はどうだ?」
「案外悪くない。デザイン以外はな」
グライムの口元には、静かな笑みが浮かんでいた。
窓の外の夕日が、部屋の中にまで、橙色の光を伸ばしている。
パットンは、しばらくその横顔を見つめてから、静かに部屋を出ていった。
一人になった部屋の中で、グライムは、懐から小さなコインを取り出した。
ボンドから受け取った、あの、表裏の分からないコイン。
今はもう、その謎は解けている。
だが、グライムはそれを捨てることなく、そっと指先で撫でた。
次にこのコインが必要になる時が、きっとまた来る。その時のために、今は束の間の休息を取っておくべきだった。
窓の外の夕日が完全に沈むまで、グライムはしばらく、そのまま椅子に座り続けていた。




