第一部「コインの意味」
三日三晩。グライムは牢の中でコインを見つめ続けていた。
最初に浮かんだ疑問は単純なものだった。
表面に刻まれた紋様は、何を意味しているのか。
それを読み解こうとしたグライムは、指先で表面をなぞり、漏れるロウソク灯りで確認しようとした。
だが、一日目の終わりに、グライムはあることに気付いた。
――そもそも、このコインのどちらが表なのか。
片面には“どこか”の国の紋章に似た模様が刻まれている。
だが、グライムの知る限り、この意匠を使っている国はどこにもない。
もう片面には、細かい傷のような線が規則性がありそうな形で走っている。
普通のコインであれば、紋章のある面が表で、そうでない面が裏だと、誰もが迷わず判断する。
だが、このコインの紋章は実在しない国のものなので、表と呼ぶ根拠がどこにもない。
かといって、傷のような線が刻まれた面を裏と決めつける根拠もない。
その線にも、何かしらの意図を感じさせる規則性がちらついているように見えた。
二日目。グライムは考え方を変えた。問うべきは『何が書いてあるか』ではない。『なぜ、これは表裏を決められないのか』だ。
表裏がない、というのとは違う。表裏を決める基準そのものが、意図的に取り払われている。
それが、このコインの正体だった。
――表裏を決められない。
その言葉を、頭の中で何度も転がしているうちに、グライムはふと、別の記憶と繋がった。
犯罪者の国。
あのおとぎ話めいた噂だ。
表の歴史から消えた犯罪者が、秘密裏に作った国。
地図の上にはなく、地図の下にある国。
こららは言葉通り捉えるものじゃないとしたら。
そして今、まさにこの城の中に、その言葉そのものを体現している人間がいる。
兵士に変装し、表向きは城に仕える者として振る舞いながら、裏では、死んだことにされた犯罪者として生きている。
表の顔は兵士、裏の顔は犯罪者。
どちらか一方だけを見ても、その正体には辿り着けない。両方を併せ持つことこそが、その人間の本質だった。
「表と裏……」グライムは、コインを指先で挟んだまま、目を細めた。「表も裏もあるやつ……か……」
その瞬間、点と点が繋がった。
このコインの表裏を決められないという特徴そのものが、暗号だったのだ。
表裏の判別を拒む構造は、そのまま、表の顔と裏の顔を併せ持つ人物だ。今のグライムにおける状況でボンドを指し示していた。
三日目。グライムは、コインの意味を一段深く読み解く作業に取りかかった。
このコインがボンドからの暗号だと分かった以上、次に見るべきは両面に刻まれた印そのものだった。
表と裏を別々に眺めていては、意味は見えてこない。
両面を重ね合わせるようにして見て、初めて浮かび上がるものがあるはずだった。
グライムはコインを手元で遊ばせながら、紋章側にある印の数を数えた。三つ。次に、傷のような線が走る側の印を数えた。一つ。
三つと一つ。
それを足し合わせると、四になる。
表裏を持つ者――ボンド。そして、四。
グライムが牢屋に入れられるあの場で、ボンドが出来る暗号の残し方としては、コインに傷を付ける程度が限度。
つまり、そこに多くの意味はないということになる。
「四日後……か」
グライムは、牢の暗がりの中で、小さく笑った。
ボンドは今すぐには助けに来られない状況に置かれている。
だが、四日後には必ず動く。
コインに込められた意味は、そう読み解くのがもっとも筋が通っていた。
そして、四日目の朝。
牢の格子の向こうに、足音が近づいてきた。




