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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
名画の外側

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第三部「額縁の中の暗号」

 その日の昼、グライムは長屋の窓際に座っていた。


 ゴブリンのボンドが向かいに座って、手渡されたパンを齧っている。子どものグレッチェンは床に転がって、天井を眺めていた。


「今回の件、依頼人が捕まってないんだろ」とボンドが言った。


「捕まっていない」

「次が来るな。壁に開けられた穴。それも2つの事件とも関係してる」

「推理はオレがするんだ。それより、頼んでいたものは調べついたか?」

「全く調べはついていない」


 ボンドは自信満々の笑みで言った。

 台詞との落差に、思わずグライムは窓から落ちそうになった。


「おいおい……。そんな難しいか? オレが捕まったあの夜。なんでパットンは馬車を出してた? なにを運んでたんだ?」

「難しいから、オレに頼んだんだろう。文句があるなら自分で調べろ。いいか? 情報がないってことは極秘だ」

「当たり前だろう。だから探ってくれって」

「極秘っていうのは、他の王子たちどころか、他の家臣にも知らせてないってことだ。これは、欲しい情報じゃなかったか?」

「欲しい情報は、なにを運んでいたかだ。王子が直々に運ばなければいけないもの……」


 グライムが難し表情で眉間にしわを作った時、ガリガリと音が聞こえた。


 暇になったグレッチェンが、床を削って絵を描いて遊び始めたのだ。


「おい、グレッチェン。オマエの親父を見ろよ。食ってばっかだろう? 床を薄くすると、抜けるぞ」

「見ろよ、グライム! いい絵じゃないか! そうだ、この床を売ろう! 美術館には落書きみたいな絵ばっかりだろう。オマエの口のうまさなら、きっと売れる」

「床を引っ剥がすのか?」

「額縁を付ける手間が省けるだろ」

「あのなぁ……絵っていうのは額縁自体に……も……」


 グライムはそこで言葉を止めた。嫌な予感がして、頭に考えを巡らせる。


「どうした? グライム」

「やられた……。犯人の目的は絵を盗むことだ」

「だから、そいつは捕まえただろう。つい朝のことだぞ。忘れるにしては早すぎるだろう……。寝てないから変な考えになるんだ」

「違う。絵の中身は、目的じゃなかった。依頼人の目的は、額縁をすり替えることだ」

「なんのために?」

「これは仮説だが……。オレと同じ“情報”を追ってる可能性がある」

「グライムが追ってるのは、宝石だろ? ……【ルミナス暗号】か?」


 グレッチェンがグライムのシャツの裾を引っ張った。

 ルミナス暗号とは何かが知りたいらしい。


「ルミナス暗号ってのは、万華鏡みたいなもんだな。万華鏡はランダムだが、ルミナス暗号は名前の通り暗号だ。宝石を並べて光を当てると、決まった形や文字が見えてくるんだ」


 ルミナス暗号とは、複数の宝石を特定の配置で並べ、そこに光を当てることで、屈折と反射によって文字や記号を浮かび上がらせる魔光を使った暗号技術だ。

 石の種類やカット、配置のわずかな違いによって現れる像が変化するため、正確な手順を知らなければ解読は極めて困難とされる暗号の一つだ。


「額縁に宝石は?」

「腐るほどあった……」

「おいおい……グライム。オマエほどの男が見逃すとはどういうことだ?」

「鎧を着て、兜もつけてたんだぞ。薄暗い美術館の中で気付けるかよ……」


 グライムがため息を落とした先では、子どもたちが石畳を剥がした遊んでいた。

 ここから見えるなんてことない日常が、更に敗北感を濃厚にさせた。


「カッカッカッ! また、やられたんだな。パットン王子に」


 ボンドはざまあみろとでも言うように、豪快に笑った。


「あれが天然だから厄介だ……。あーくそ! 絵を盗んで見ろと言われた時に、一回盗んで見せればよかった! 一度手元であの額縁を見たら、絶対にルミナス暗号だってわかったのに!」


 グライムが悔しがる姿を、少しの間楽しげに眺めていたボンドだったが、急に真面目な顔になった。


「そんなことより、人を雇うには金がいる。シェイプシフトの使い手を雇うには、相当な金がいるはずだ」

「まあな。相当な腕の魔法使いだったぞ。風魔法でシャンデリアの火を消したあと、その風魔法の残留魔力を利用して、逃走の風魔法をブーストした。それで明かりが消えて、兵士が絵に駆け寄る足音に紛れて逃げ出した」

「それで絵の腕も相当なもんなんだろう? 誰だ? 名画の偽装が出来る教養のある贋作屋なんていたか? オレらが名前も顔も知らない?」

「恐らく表の人物だ。城のお抱えの人物だったが、王女に手を出して逃亡したとかな」

「なるほど……知られ、脅されたか」

「気になるのはそんな良いカードを使ってるのに、なんで予告状を送ったかだ」

「今回の目的が、グライムの話した手紙の内容の通り、『見せること』だったとしたら……意味がある」


 ボンドは鋭い目線でパンを見ると、カビていた部分をちぎって窓に投げ捨てた。

 グライムの体を通り越して落ちたパンくずは、すぐに集まった小鳥によって取り合いが始まり、一瞬の賑わいを見せた。


「盗み以外に、なにを見せた」

「オレたちに、自分の力を見せた。次に何かを持ちかける前の、挨拶かもしれないぞ」


 ボンドはパンを齧りながら飄々と言った。


「……誰に持ちかける?」

「パットン王子か……グライム――オマエか……あるいは別の誰かか……」


 グレッチェンが床から顔を上げ、グライムを見た。

 何かを言いたそうな顔だったが、何も言わなかった。


 グライムも何も言わなかった。


 窓の外で、昼の街が動いていた。

 荷を運ぶゴブリン、露店のドワーフ、子どもの手を引く獣人族。何も変わらない昼の景色だ。

 この壁に守れた城下町の内側で、何かが動いている。


 グライムはそれをここから見るように、しかめっ面でただ風景を見ろしていた。

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