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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
名画の外側

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8/23

第二部「擬態と、香辛料の匂い」

 翌朝から聞き取りが始まった。


 グライムとパットンは隠れ家で、カックラウからの報告を受けていた。

 あんな重い鎧を着ていては考えがまとまらないと、グライムがごねたからだ。


 美術館のスタッフに、ここ数日の来館者で印象に残っている者がいないか聞いたが、スタッフの答えはどれも曖昧だった。


 無理もないことだ毎日大勢が来る。特別印象に残る者がいなければ、顔は覚えていない。

 そして、シェイプシフトの使い手が、印象に残るような行動を取るはずがない。


 グライムはスタッフへの聞き取りの報告を聞きながら、別のことを考えていた。


 印象に残らなかった人物。

 それはつまり、目立たない者だ。

 あるいは、印象に残らないように動いていた者だ。

 シェイプシフターなら、見た目を変えることも可能であり、毎回違う顔で来ていたとしたら、スタッフには同一人物とわからない。

 だが、それならシェイプシフト中の集中力と緊張感のせいで、絵の細部を記憶するのは不可能だ。

 もしも可能なほど強靭な精神力を持っているのなら、それこそお手上げだ。


 グライムは自分が犯人なら人の心理をどう逆手に取ろうか考えていた時、ふと自分が使った手を思い出した。

 正しくは、友人のゴブリンに使わせた手だ。


「子ども」とグライムは言った。


 その言葉に、パットンが振り向いて眉間にしわを寄せた。早く続きを話せと促すように。


「子どもに聞くんだ。子どもは大人が気にしないことを覚えている。それと、子どもにぶつかっても無反応だった者がいないか」

「なぜぶつかっても無反応だ」

「シェイプシフトで化ける対象を覚えるには集中力が必要だ。この美術館は貧乏人は入れないだろう? ここに来る子供は多少やんちゃでも、お付きのものや家族の注意で収まる。なぜなら、相手もまた自分と同等かそれ以上の格式がある可能性があるからだ。こういう美術館は嫌味な階級の社交の場でもあるだろう?」


 グライムは上流階級が集まる場所なら、そこでしか通用していないマナーがあるといっている。

 これはストリートでも一緒であり、別の世界から覗いただけの者には、決して理解できないものでもある。


「……いちいち嫌味を挟まないと続きを話せないのか?」

「重要なことだ。つまり、犯人は子供を気にする必要がない。ここでの子どもの発言は、親に権力に押さえつけられる。つまり、子供視線からのシェイプシフトに油断ができてる可能性がある」

「つまり、子供から“変だった人間”を聞けば良いのか?」

「違う。子供から“変質者”を聞き出すんだ」

「同じだろう」

「ぜんぜん違う。変わった人って聞き方は、子供は意外に気を使って遠慮する。あえて変質者ってワードを使って、こっちがそいつを悪者だって匂わせてやれば、嬉々としてあることないことを言う」

「あることはともかく、ないことは困るだろう」

「ないことは、オレ達の視線に“ない”ってことだ。自分に置き換えて考えてみろ。いくつになっても、子供はいつも親が信じてくれない真実の二つや三つ持ってるもんだろ?  犯罪者を傍らに置いておくとかな」


 パットンは正しく自分の状況を指摘され、ため息を落とすと、すぐに動いた。


 美術館の周辺の子どもたちへの聞き取りが始まったが、グライムは一人で展示室に残り、消えた絵の前に立ち続けていた。



 一時間後、カックラウがパットンの元へ報告に来た。


「子どもが数人、不審者と思われる人物を覚えていました。一つ取り上げるのならば……三日前。この展示室でぶつかった男がいたと。謝ったが、全く反応がなかった。その雰囲気が怖かったから覚えていると」

「どんな男だ」

「三十代ほどの人間族、茶色の外套を着ていたと。身長は普通、特徴はほぼない」


 パットンは腕を組むと、眉間に深いしわを作った。

 特徴がない、という証言はこの場合、最も価値がない答えだった。

 姿形を変えられるシェイプシフターを追う上で、外見の証言ほど意味をなさないものはない。

 今夜の男が明日も同じ顔をしている保証はどこにもなく、茶色の外套すら、今頃は別の色に変わっているかもしれない。


「顔だけではどうにもならんな……」

「ただ」とカックラウが続けた。「聞き取りをした子どもたちに、共通していることがありました」


 パットンとグライムが同時にカックラウを見た。


「子どもたちは全員、その男から変なニオイがしたと言っていました。甘いけれど知らない香りだったと。なんのニオイかはわからなかったと」


 グライムは何も言わなかった。だが、その目が少し動いた。何かを確かめるように、自分の手元にある飲み物を見た。


 これはブレンドハーブティーであり、魔女が作ったもの。

 主に香りの成分と糖分で集中力を高めるものだが、そこにわずかの魔力が加わりより効率的に集中力を上げるものだ。


 一般的なものであり、城下町の至る所にもオリジナルのブレンドハーブティーの店がある。


 シェイプシフトには集中力がいる。

 それも、常人が想像するより遥かに高い水準の集中が必要だ。

 対象の細部を記憶しながら、同時に自分の体を維持し続けるのは、並大抵の消耗ではない。

 何度もここへ通い、長い時間をかけて絵を観察し続けた者が、その集中を保つために何かを飲んでいたとしても、おかしくはない。


「集中力を上げるための飲み物だ」とグライムは言った。「甘くて、子どもには馴染みのない香りのもの。だが大人はスルーする香り。心当たりがあるだろ? パットン」


 パットンは少し考えてから、口を開いた。


「香辛料か……。香辛料を入れた飲み物は、この国の成人の儀で出るものだ……」


「ああ」グライムは頷いた。「大人が嗜む類のものだ。子どもには早い、酒やタバコみたいなもんだ。「ああ」グライムは頷いた。「大人が集中力を保つために飲む飲み物に入れる香辛料だ。酒と同じで、子どもには触れさせない。魔力が入ってると危ないから、匂いすら嗅がせるなという親もいる。だからこそ、一度でも嗅いだ子どもの記憶には強く残る」


 パットンはしばらく黙っていた。その意味を頭の中で静かに転がしているようだった。


 それはつまり、その飲み物を持ち歩いていた者がこの場所にいたということだ。

 一度ではなく、何度も。絵の細部を記憶するために、繰り返しこの展示室に通い続けた者が。


「魔女が調合するものならば……本来は魔力が乗っているはずだ。魔法の痕跡として残るはずではないか? シェイプシフトの件で残留魔力は全て調査させた。風魔法とシェイプシフト以外に、魔力の痕跡はなかった。既に調べさせてある」


「流石だな、パットン。おかげで答え合わせの手間が省けた」グライムはニヤリと、口元に笑みを見せた。「魔力入りの飲み物を飲めば、シェイプシフトが歪む可能性がある。だからあえて魔力を抜いた。魔効を捨てて、薬効だけで補おうとした。その分、香辛料のニオイが強く出たんだ。何度も染みついたものは完全には消えない。壁に、床に、痕跡は残るはずだ」


 グライムはそこで言葉を切り、カックラウを見た。


「子どもたちが嗅いだニオイを言語化して共有、展示室のニオイを照合できるか。スパイスがなにかわかれば、そしたらそいつの隠れ場所まで、インクで線を引くように繋がってるはずだ。だろ?」


 カックラウはグライムをしばらく無言で見た。何かを測るような目だった。


「カックラウ……」とパットンが心情を悟り声をかけた。「認められないなら構わない。だが、私の指示には従えるな?」

「はい!」

「今すぐ美術館に戻り、ニオイを探し覚えて来るんだ。私とグライムは美術館の外で待つ。急げ」

「はい!」


 カックラウは足音を鳴らして出ていったが、その音の隙間に『内密に事を運べ』とパットンが耳打ちしたのをグライムは聞き逃していなかった。



 しばらくしてから二人は、美術館へと向かった。

 パットンは変装をし、グライムは素の姿だ。

 昨日とはまるっきり逆の立場だった。


 そして、その姿に気付くのは、今この場ではカックラウだけだ。


 カックラウは美術館から出ると、ニオイですぐに二人を見つけ駆け寄った。


「残留していたニオイがありました。魔力はなく、純粋にスパイスの香りです。このニオイは……街まで続いています」


 カックラウは線が見えているかのように地面を見下ろした。


「追えるか?」


 既に一夜が明け、犯人は痕跡を消している可能性もある。

 パットンは不安げに聞いたが、返ってきたのは不安を掻き消すような力強い返事だった。


「追います!」



 特定された住所は、東区画の外れにある古い集合住宅だった。

 外壁はくすみ、ひび割れを補修した跡がまだらに残っている。

 階段や廊下は擦り減り、長い年月のあいだに幾度となく人が行き交ってきたことを物語っていた。


 目立った看板もなく、通りに溶け込むように佇んでいるため、意識して見なければそこに建物があることすら見過ごしてしまいそうになる。


 だが、その静けさとは裏腹に、人の出入りは絶えなかった。

 住人だけでなく、配達人や来訪者、あるいは目的の知れない者たちが、特に気に留められることもなく出入りしている。

 誰がいつ入っても、不自然に思われることはない。

 古く、目立たず、それでいて人の流れに紛れやすい、生活の匂いが漂う場所だ――追跡にも潜伏にも都合のいい場所だった。



 カックラウが率先し建物に入った。安全を確保しつつ経路を作り、後を続くパットンの道の妨げとなるものを排除する。

 三階の部屋の前に立つと、カックラウがだまって頷いた。

 ここだ、という確認だ。


 パットンが扉を開けさせ、中へ突入したが、部屋の中には誰もいなかった。


「逃げられたか!」


 パットンは足元に転がるコップを、怒りに任せて蹴り上げようとしたが、どうにか理性を働かせてやめた。

 この場にグライムだけだったら、恐らく蹴飛ばしていただろう。カックラウという腹心の部下がいることで平常心を保っていた。

 悔しがるのも無理はなかった。

 現場は、人がつい先程まで生活していた痕跡があるからだ。




 食器、衣類、書きかけの紙。

 部屋の隅に、画材が置かれていた。絵具、筆、キャンバス。それと、細部まで描き込まれた絵画の模写が数枚。


 明らかに必要なものだけ持って逃げ出したあとだ。


 パットンは壁に立てかけられていた模写を一枚手に取ると、それがまるで犯人かのように鋭い視線で眺めた。


「これが……」

「観察の記録だな」グライムは別の模写を手に取った。「何度も見て、何度も描いて、細部を覚えた。それにしても……かなりの枚数を書いてるな。こいつはかなり勤勉だぞ。見ろよ、見事なもんだ。こんなに腕の良い贋作師なら、魔法職をやめてもやっていける。……良い仕事を振ったのに。勿体ない……」

「今その嫌味はやめろ。牢屋へ送り返したくなる……」


 パットンは茶化すなと睨みつけたが、グライムは彼以上に真剣な表情をしていた。


「オレが言ってるのは。このレベルの贋作を作れる奴なら、オレは名前か顔はだいたい知ってる。見当もつかないってことは、つい最近まで真っ当に絵の仕事で稼いでいたやつだ。誰かに何かほのめかされたのは確かだ……」グライムは喋りすぎたと自覚すし、急に肩をすくめておどけた態度を取った。「オレじゃないのは確かだ」


 パットンにとっても触れにくい話題なので、そのおどけに乗った。


「確かに……オマエが一番怪しいな。せっかく居場所を突き止めたのに、犯人は逃げている。面目は保たれ、仲間は無事。そうだったら、どんなに楽か……。目の前の男を縛り上げればいいだけだ」


 パットンの苛立たしげな視線を浴びて、グライムは笑った、


「逃げていない」グライムは模写を置き、パットンに笑顔を近づけた。「鴨が葱を背負って逃げるか? 犯人がここにもういないってことは、行き先は絵画だろ?」グライムは口の端を動かした。「つまり、ここにある犯人のニオイを辿れば、鍋にありつけるってわけだ」


 パットンも口の端が動いた。もう既に勝利を確信した笑みを浮かべている。

 油断ではない。進むべき道が見え、迷いがなくなった顔だった。


「カモもしばらく狩っていないな。一緒に飼ったのは随分と前だな」

「懐かしいですね。久しぶりに狩りますか」


 パットンからの命令より早く、カックラウはすでに鼻を動かしていた。





 ニオイが向かった先は、王都の外壁に近い倉庫区画だった。

 カックラウが先行し、グライムとパットンが続く。


 細い路地を抜け、古い倉庫の裏手に出た。


 カックラウが手を上げて止まった。

 前方に見える倉庫の外壁に、人の影がある。


 長く伸び影は一人分だった。


 遠巻きには外壁の石組みを調べているように見えた。

 手で触れ、叩き、何かを探している。

 それに必死になっているせいか、傍らに置かれた大きな布袋が、それは目立って置かれていた。

 三人の位置からも、縦長の、絵画を入れるのにちょうどよい大きさなのが見て取れる。



「犯罪関しては素人丸出しだな……。一時でも負けを認めたが悔しい」

「言っている場合か。仲間と合流する前だ」パットンは小声で言った。「今が好機だ」


 カックラウがが頷いた。

 パットンは合図は短く、指を二本。

 それだけで、パットンが思い浮かぶのと全く同じような動作でカックラウが前に出た。


「止まれ」


 パットンの声が夕刻の路地に通った。


 すぐに影が動いた。逃げようとしたが、グライムが指摘したように素人の動きだった。

 既にカックラウが逃げ道を塞いでいる。

 男は外壁を背に立ち、三人に囲まれた。布袋を抱えたまま、目だけが頼りなさげにキョロキョロ動いている。


 観念した様子でも、奥の手がある様子でもない。

 子どものように混乱しているだけだ。


「その袋を降ろせ」


 パットンが言うが、男は動かなかった。

 正確には動けなかった。混乱が狂乱に変わらないのは、彼が一般人であり、利用されているのを裏付ける行動でもあった。


 そんな中、急にグライムが上着を脱いで両手を上げて前に出たので、パットンが叫んだ。


「グライム! 離れろ!」

「大丈夫だ! 落ちつけ!」


 グライムは男の顔を正面から見た。

 三十代ほどの人間族。特徴のない顔だ。子どもが証言した人物の特徴と一致する。


「聞きたいことがある」グライムはなるべく安心させるように。声は低く、穏やかだった。「シェイプシフトを使い続けると、体に負荷がかかるだろう。今夜、あれだけの時間擬態していたなら、相当消耗しているはずだ。無理に動くのは体に悪い。」


 男の目が動き、グライムを見た。

 話が通じる。それがわかるとグライムは続けた。


「オレたちはお前を殺しに来たわけじゃない。絵画を返してもらいに来た」

「……絵画は」と男が口を開いた。声は低く、極度の緊張状態がずっと続いていたせいでかすれていた。「依頼だ。頼まれた」

「誰に」

「知らない。手紙で来た。指示通りに動いたら、金が払われた」


 グライムはパットンを見た。パットンは表情を変えなかったが、目が動いた。


「その手紙はあるか」

「……捨てた」

「そうか」グライムは男の顔を見た。「嘘かもしれないが、今はいい。まず袋を降ろせ。話はそれからだ」


 男はしばらく動かなかったが、グライムが大丈夫だと頷いて手を伸ばすと、ゆっくりと袋を地面に降ろした。


 カックラウが素早く近づいて袋の口を開けると、中から丁寧に布で包まれた額縁が現れた。


 パットンが布をめくり、中身を確かめた。


「本物だな」グライムがパットンの背後から絵画を覗き込んだ。「魔法の痕跡がない。本物の絵具、本物の年代の劣化だ。間違いないだろ」

「喜ぶのは鑑定士に回してからだ。……我々が知るべき真実は」


 パットンは男は見た。カックラウに両腕を固められ、身動きは取れなくなっている。


「依頼人の手がかりを話せ」とパットンが男に言った。「話せば、処分は考慮する。なにか理由があるんだろう?」


 パットンの表情が少し緩んだのを見ると、男は少し黙ってから口を開いた。





 事が終わったのは夜明け前だった。


 美術館に絵画が戻され、男は拘束されて連行された。

 シェイプシフトの魔法を使った疲労と、極度の緊張感が続いていたのが急に切れたせいで、抵抗は何一つなく、憔悴しきった様子だった。


 依頼人については断片的な情報しか得られなかったが、手紙の文字の特徴や指定された受け渡し場所、さらには風魔法を二重に使い逃走した実際の手口など、そうした細部は現場検証をもとにカックラウたちの手で記録された。

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