第三部「グライムの証言」
裁判の会場は、王城の大広間だった。
高い天井から吊るされた燭台の灯りが、居並ぶ廷臣たちの顔を尊厳たっぷりに照らしている。
広間の中央には、グライムが手枷をかけられたまま立たされていた。
その表情はまるで昼食が運ばれてくるのを待っているかのように穏やかだった。
広間の奥、一段高くなった玉座の近くに、居並ぶ王子たちの姿があった。
ヴァレンは中央に近い席で、悠然と足を組んでいる。
他の王子たちは、興味と警戒の入り混じった目で、被告席のグライムを見つめていた。
グライムの罪状が、次々と読み上げられていった。
他国の王子を欺いた罪、無断で王家の秘宝に関わった罪、王命に背いて独断で行動した罪。
いくつもの罪状が重ねられ、複合的な罪として糾弾されていく。
読み上げる書記官の声は、淡々としていながらも、その内容の重さに、会場の空気を徐々に張り詰めさせていった。
ヴァレンが用意した証人たちが、次々と証言台に立った。
ある者は、グライムが王都の路地で怪しげな取引をしていたと証言し、また別の者は、辺境での不審な行動を、まるで自分の目で見たかのように語った。
誰もが、あらかじめ裏で手を回されていることが明らかな、淀みのない証言を並べ立てる。
反論の機会もろくに与えられないまま、罪状は次々と有罪と認定されていった。
「異議はないか」裁判官が形式的に問いかける。
グライムの弁護に立つはずの人間は、この場に一人もいなかった。
王国裁判とは名ばかりだ。判定は決まっている。
これだけ証拠を並び立てられると、異議を唱え出す者はいない。
「そんな……ひどいっ」
マリアが思わず声を漏らした。
「声が大きい」
パットンは小声で咎めた。だが、その視線の先には、ニヤニヤと笑うヴァレンの姿があった。
マリアの声もしっかりと聞こえているらしく、彼の勝ちに色を添えたかのように笑みを強めた。
勝利を確信した表情を崩していない。
パットンは拳を握りしめたまま、その光景を見つめ続けるしかなかった。手のひらから一筋の血が流れ落ちているのに、自分でも気付いていなかった。
グライムは、裁判が進む間、ずっと黙っていた。
証人が何を語ろうと、罪状がどれだけ積み重なろうと、表情一つ変えなかった。まるで、この裁判そのものに、興味がないかのようだった。
その静けさが、かえって会場にいる者たちの不安を煽っていた。何を考えているのか分からない被告人ほど、不気味なものはない。
罪状の読み上げが終わり、証人尋問もすべて終わった。あとは、形式的な最終確認を残すのみとなった。
「被告人、最後に何か言うことは?」
裁判官が、形式的にそう問いかけた。
誰もが、ここでグライムが命乞いをするか、あるいは無意味な抗弁を並べるだろうと予想していた。
グライムは、ゆっくりと顔を上げた。
口角がわずかに上がり、一度だけパットンのほうを見た。
その一瞬の視線に、何か特別な意味が込められているよう、パットンには感じられた。
パットンは、その視線の意味が分からず、眉をひそめた。
グライムは、その反応を見て、まさにそれが見たかったとでも言うように、笑みを浮かべた。
まるで少し前に見た、ガーネスの王子の笑顔のようだった。
だが、次の瞬間には、すぐに真顔に戻っていた。
「では、一つ」
グライムは短く息を吐き、呼吸を整えた。
会場中の視線が、一斉にグライムに集まった。
それから、グライムはヴァレンに向き直り、大きな声で言った。
「ヴァレン王子! あなたの指令通り、隣国へ行き、ルミナス暗号の解読は成功しました。王国の危機は“一旦”免れたと言っていいでしょう!!」
グライムが、すべての王子も集まる裁判の場で、【ルミナス暗号】という単語を、堂々と口にした。
そして「一旦」という言葉をグライムが強調したことにより、会場のざわめきに、恐怖の色が瞬く間に広がった。
この裁判を傍聴していた者たち全員が、今、初めて「ルミナス暗号」という単語を耳にすることになった。
まさかグライムがそんな行動に出るとは思っていなかったヴァレンは、驚きのあまり、一瞬、思考が止まった。
その単語一つで、明日にでも戦争が始まるかも知れないからだ。
それはヴァレンの望みではない。
そのことが頭をよぎったせいで、裁判官たちが集まって話し合うのを止めることができなかった。
裁判官たちは、慌てた様子で協議を始めた。
ルミナス暗号という、聞き慣れない、しかし明らかに重大な意味を持つ単語が飛び出したことで、この場での即決を避けるべきだという空気が広がっていった。
結果として、裁判は後日に改められることになった。
どのみち、グライムは王国の意思に背いた行動を取っていたことは事実であるため、次の裁判まで、再び牢屋へ送られることになった。
だが、その代償として、これからヴァレンは情報を隠しながら、他の王子たちにルミナス暗号について説明しなければならない立場に追い込まれた。
パットンが辺境で身動きが取れなかったように、グライムが命をかけたトラップがヴァレンの作戦の足止めを成功させた。
隠しきれば不信を招き、詳らかにすれば自らの企みが露見しかねない。
そして、その証拠を持つグライムを殺すことは出来ない。
どちらに転んでも、ヴァレンにとっては厄介な状況だった。
現に、末席に座っていた王子の一人が、隣の者に小声で「ルミナス暗号とは、一体何なのだ」と囁いているのが、パットンの耳にも届いた。
囁きはさざ波のように会場中に広がっていく。
誰もが、聞いたことのない単語の重みを測りかねて、落ち着かない様子を見せていた。
ヴァレンは、グライムに完全に出し抜かれてしまった。
悔しさのあまり、ものすごい形相でグライムを睨みつけている。その顔には、いつもの余裕はどこにも見当たらなかった。
マリアは思わず拍手をして喜んだが、パットンはそれを止めることはしなかった。
その音は喧騒に消えてしまった。
だが、グライムには届いているかのように、彼は口の端を吊り上げて笑っていた。
その顔を見たパットンは、心の中で呟いた。
(グライム……オマエがヴァレンを追い込んだんだ。あのヴァレンが一切の冷静さを失った顔。オマエにも見せたかったぞ)
パットンも笑みを強めると、ヴァレンの裏を暴き裁くことと、グライムを必ず助け出すことを、心の中で改めて誓った。




