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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
王国裁判

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87/108

第一部「第五王子ガーネス」

シーズン3王国裁判編の始まりです

 帰還したばかりの城の廊下を、パットンは何度目かも分からないほど往復していた。


 グライムが牢に入れられてから、すでに半日が過ぎてしまっている。

 その間、パットンは一睡もせずに、彼をどうにか助けようと考えるが、何一つ有効な手を打てずにいた。

 ただ廊下を歩き、考え、また歩く。その繰り返しだった。


 すれ違う侍女たちが、彼を見てはひそひそと言葉を交わし、目が合うとさっと視線を逸らす。兵士たちも、遠巻きにパットンの様子を窺いながら、通り過ぎていく。

 廊下をうろつく第三王子の姿は、すでに城中の噂の種になっていた。


 グライムの裁判は、午後に開かれる。

 仮に作戦を立てるにも、実行に移す時間がない。そもそも、作戦らしい作戦が、まだ何一つ思い浮かんではいなかった。


 今までのパットンならいくつか思い浮かんでいただろう。そして、迂闊な結果になっていた。

 グライムと共に過ごし、彼の思考のプロセスに触れたことにより、パットンもまた決断の能力が上がっていた。


 今むやみにやたらに動いては、そこをヴァレンに付け狙われるのは間違いない。


 いつもなら、こういう時にこそ力を発揮するのはグライムのほうだった。

 突飛な発想で、誰も思いつかないような抜け道を見つけ出す。

 だが、その当のグライムが、ヴァレンの策略によって牢に捕らえられている。作戦を立てるべき頭脳が、今は自由に動けない場所にいた。


 一度、自分がグライムを捕らえたときのように、牢から彼がなにかするだろうと思いにかけたいが、その気配も感じられない。


 王国裁判というゲームが始まる前から、パットンは重要なカードを捨てられたどころか、相手が利用できる箇所に保管されたことになる。


 グライムは、当初のヴァレンの予定通り、彼の手中ということには間違いない。


 パットンは自分の無力さを感じ、手のひらに爪痕がつくほど拳を握って苛立ちを募らせていた。


 通りがかった侍女が、意を決した表情で、遠慮がちに声をかけてきた。

 それ見てパットンは我に返り、軽く首を振った。


「いや、大丈夫だ。心配をかけてすまない」


 侍女は一礼して去っていったが、その後ろ姿から、まだ何か言いたげな空気が漂っていた。


 パットンの様子が、それだけ尋常でないということを物語っている。


 パットンは深く息を吐き、廊下の窓の外を見た。

 日はすでに高く昇り、正午に近づいている。裁判までの時間は、刻一刻と減っていた。


 頭の中で、これまでの経緯を何度も反芻した。ヴァレンが仕組んだ罠、送られたルミナス暗号の一件、そしてボンドの死。

 すべてが、一つの大きな流れの中で繋がっているはずだ。

 だが、その繋がりの全貌は、まだ霧の向こうにあるように見えなかった。


 パットンの手元にも、証拠はいくつかある。

 オットーの存在、地図にない村の記録。

 だが、それらを今すぐこの裁判の場で持ち出せば、確実にヴァレンに握り潰される。

 使うべき場面と、使うべきでない場面。その見極めがつかないまま、時間だけが過ぎていく。


 いつもなら、こうした場面でこそ、グライムが鮮やかな答えを出してくれた。

 だが今、その頭脳は牢の中にある。


 パットンが焦りに時間を浪費していると、背後から芝居がかった声が飛んできた。


「これはこれは、パットン兄上」


 振り返ると、そこには第五王子のガーネスが立っていた。

 まだ幼さの残る顔立ちに、人を小馬鹿にしたような、妙に大人びた笑みを浮かべている。パットンとは、あまり親しい間柄ではなかった。


「これみよがしにため息などついて」ガーネスは両手を後ろに組み、大臣か何かの真似でもするような口調で言った。「犯罪者風情にたぶらかされる王子がいるとは、王家の恥ですね」


 パットンは目もくれず、そのまま通り過ぎようとすると、ガーネスは年齢らしい幼い反応を見せた!


「おい! この私を無視するな!」


 ガーネスが声を荒らげると、パットンは足を止めて、深くため息をついた。

 それから、しゃがみ込んでガーネスと目線を合わせた。


「それは……いったい誰から聞いたんだ?」

「誰から? 私を子ども扱いしないでいただきたいですね」


 ガーネスは顎を反らして澄ました顔を作ったが、頬はしっかりと膨らんでいた。

 取り繕った物言いの下に、隠しきれない幼さが透けて見えている。


 パットンは、それ以上何も言わなかった。


 パットンがガーネスとそっけない態度を取るのには理由があった。この末の弟はまだあまりにも幼く、王位継承の争いに巻き込むには早すぎると考えているからだ。

 だからこそ、パットンは意図的に彼と距離を置いていた。

 深く関わって、余計な期待や思惑を植え付けたくなかった。


「兄上の失態は、城中の語り草になっておりますよ」ガーネスは、勝ち誇ったように顎を上げた。「侍女も、兵士も、みんな噂しております。私は、たまたま色々と耳にする立場にあるものでしてね」


 大人の口調を模倣して言ったその内容は、侍女や兵士たちが噂しているのを、また聞きしただけのものらしかった。

 要点を捉えているとは言い難く、時折、自分でも意味が分かっていないまま、聞き覚えのある単語を並べているだけの箇所もあった。


「王子ともあろう方が、犯罪者風情に手玉に取られて、軍議がどうの、財政がどうの。私にはよく分かりませんが、とにかく大変なことになっているようですね」

「詳しくもないのに、よく喋るな」


 勝ち誇ったように言うガーネスに対して、パットンは呆れたように言った。


「噂というのは、そういうものでしょう!」


 ガーネスは、再び子どもらしい声を上げた。

 取り澄ました物言いとは裏腹に、年相応の癇癪があっさりと顔を出す。

 まさにパットンが危惧しているのはこういうところだ。幼いが通じるのは城の中にいる間だけ、幼さゆえの無知は、その威光を他国に利用されることも、家族に利用されることさえある。


「その様子では……どうせ兄上も、いずれ犯罪者の国送りですね」


 ガーネスは、鼻先で笑うように言った。

 パットンは、その言い方よりも『犯罪者の国』という言葉のほうが気になった。


「犯罪者の国?」


 聞き返すパットンに対して、ガーネスは知らないことをからかうように、にんまりと口の端を吊り上げた。


「ご存じないようで」

「ああ、知らない」

「この世にはですね……」ガーネスは声を潜め、いかにも重大な機密でも打ち明けるような、芝居がかった口ぶりで言った。「罪を犯した者だけが集まり、罪を犯した者だけが治める国があるのです」


 パットンは眉をひそめた。にわかには信じがたい話だ。

 だが、この局面で『犯罪者』という単語が出てきたことに、何か引っかかるものを感じた。


「誰に聞いた、それは」

「教えて差し上げません」


 ガーネスはいたずらが大成功したとでも言うような顔で、上機嫌に笑った。

 取り澄ました言葉遣いの下から、誰に聞かされたのか分からない、不穏な響きを持つおとぎ話を語る、そこには年相応の子供の得意気な素顔が覗いていた。


「もう少し詳しく聞きたい。悪いようにはしない。誰から聞いたのかだけでも」

「なぜ急にそう必死になるのです……。気味が悪いですよ、兄上」


 パットンは食い下がったが、ガーネスは少したじろいだように一歩後ずさった。

 それを見て、パットンは表情を和らげた。

 今までの自分のやり方の間違いに気づいたからだ。


 パットンは、しゃがみ込んでガーネスと視線を合わせた

 グライムが相手の心を開くときにやることだ。

 相手の目線で物事を語る。相手が喋るタイミングを尊重させる。


「悪かった。ただ、少し気になっただけだ。もしなにかを知っているのならは、話してもらいたい。私にない知識を授けてもらえれば、とても助かる」

「ふうん」ガーネスはしばらくパットンを観察するように見つめてから、また元の澄ました顔に戻った。「まあ、教えて差し上げなくもないですけれど……」

「本当か!?」

「今日のところは、やめておきます! 教えて差し上げませーん」


 ガーネスは、その言葉を歌うように繰り返すと、くるりと踵を返して、優雅ぶった足取りのまま、それでいて隠しきれない踊るような速さで、廊下の向こうへ去っていった。


 その後姿は、兄へ甘える初めてのガーネスの姿だった。


 パットンは、その場に立ち尽くしたまま、深くため息をついた。


 不思議なことに、少しだけ心が軽くなったような気がした。

 ガーネスとのくだらない応酬が、張り詰めていた神経をわずかにほぐしてくれたのかもしれない。


 今思えばグライムとのやり取りも似たようなものだった。

 いつだって彼は、凝り固まるパットンの考えをほぐしてくれていた。


 だが、その安らぎも長くは続かなかった。

 すぐにグライムのことが頭にちらついた。裁判までの時間は、もう残り少ない。


 パットンは自室へ向かって、足早に歩き出した。


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