第三部「王子達の決断」
オルドレン王子は、パットンの報告を聞いてしばらく言葉を失っていた。
そして、グライムが実際にルミナス暗号を壁に映し、オルドレン王子の目を眩ませて裏の暗号を読ませると、彼は重いため息を落とした。
「私が……暗殺の対象だと」
「間違いありません。壁に浮かんだ文字は、はっきりと殿下の名前を示しています」
「なぜ、私が」オルドレン王子は動揺を隠せない様子だった。「私は、王位継承において、これといった重要な立場にいるわけではない。むしろ、辺境に追いやられている身だ」
「それが、狙われた理由かもしれません」グライムが口を挟んだ。「重要でない立場だからこそ、消しても目立たない。あるいは、あなたを消すことで、別の誰かに利益が出る構図になっているのかもしれない」
「別の誰か、というのはわかっているのか?」
グライムは首を横に振った。
わかったのは、『誰がどうなるか』であり『誰がどうするか』は未だにわからずじまいだ。
「まさか……兄弟間の継承争いに、私が巻き込まれているということか。私は、そんな争いに関わるつもりも、関わる立場にもないつもりだったが……。立場というのは、当人の意思とは無関係に、勝手に重みを持つものらしいな」
オルドレン王子は自嘲するように言った。
狙われていたのはオルドレン王子自身であり、金庫は彼あてに届いたが、鍵を受け取る相手。つまり作戦の中心人物は別にいるということになる。
リィーイヤ王国にとっては一大事だが、これで完全にオルドレン王子の疑いが晴れた瞬間でもある。
オルドレン王子は、パットンとグライム両者にとって敵ではない。
だから、グライムはオルドレン王子がいる場で続けた。
「別の国でも、裏で何かが動き始めています。今回の一件だけで終わる話じゃない」
「対策を講じなければ……」
オルドレン王子は言った。声には、いつもの陽気さが消えていた。
「まずは、殿下の身辺警護を強化すべきです。それと同時に、こちらでも情報を集める必要があります」
パットンはがまっすぐオルドレン王子の目を見ると、彼は強い眼差しで頷いた。
「そうだな。だが、あまり大袈裟に警護を固めれば、それはそれで、暗殺者側に警戒されて動きを止めさせてしまうかもしれない。尻尾を出させよう」
「ダメです。お考え直しを。今は、殿下はグライムに当てられて無茶をしようとしています。今は殿下の命を守ることが最優先です。犯人を泳がせて捕らえるのは、その次の話です」
「私のために、そこまで気を配ってくれるとはな……。同盟国の間柄とはいえ、ありがたいことだ」
「そのことで……実は……お話が。今まで、ヴァレンの味方か敵かわからなかったので、伏せていたのですが……リィーイヤ王国だけでで起こっていることではないのです」
パットンとオルドレン王子は、長い時間をかけて話し合った。
グライムは、これ以上の推理を進めるには、ボンドの助言が必要だとパットンに告げた。
「ボンドなら、王都の裏の情報網を使える。暗殺者の手配や、実行日時の予測も出来るかも知れない」
「海賊ワインの暗号は?」
「返事はまだない」グライムは言った。「だが、こちらから急かすより、向こうの調査を待ったほうがいい。だから、王都に戻る必要がある」
グライムに言われ、パットンはどうにか王都へ戻る方法を考えるため、一旦辺境の屋敷へ帰ることにした。
オルドレン王子も、本国への報告と身辺警護の手配のため、自国の城へ戻る必要があった。
「殿下」パットンは言った。「これからは、秘密裏に連絡を取り合いましょう。互いの国で、それぞれ情報を集める必要があります」
「そうだな」オルドレン王子は頷いた。「私からも、信頼できる筋を通して、随時報告する」
「連絡の方法は」
「グライム殿が使っていた、海賊ワインの暗号とやらを、私も真似させてもらおう。あれならば、他国の城に送っても不審に思われない。いやー実に面白い方法だ……」
オルドレン王子が楽しそうに笑うと、パットンは苦笑いで返した。
「殿下まで、あの流儀を使うのですか」
「悪い流儀ではないだろう。目立たず、かつ確実に伝わる。実用的だ。それにヴァレンの使ってる暗号と違っていい」
「違うとは?」
「話を聞かせてもらった限り、グライム殿は人々の生活の流れに乗って暗号を発信している。きっとヴァレンがグライム殿の暗号を解くのは大変だろう」
「かも知れません」
二人は固い握手を交わすと、別れを告げ、それぞれ王都へと戻り連絡を取ると約束をした。




