第一部「暗殺指令」
シーズン2ラストの話です
これまでの事件が関係するので、ここから読み始めた方は
下記URLのシーズン2の一話の「辺境の番人」からお読みいただいたほうが楽しめます。
https://ncode.syosetu.com/n7010ly/37
城の一室で、グライムは流木にしか見えない木製の台座を前に座り込んでいた。
灯りを落とした部屋の中、ロウソクの灯りを反射させ、宝石だけ淡く輝いている。
既に妖精族の女にやった宝石も取り返し、リィーイヤ王国で至宝と呼ばれていた宝石三つ全てが、テーブルに並べられていた。
部屋にいるのはパットンとグライムだけ。
事件が事件なだけに、オルドレン王子も同席したがったが、あまりに一緒に居すぎると怪しまれる。
誰が敵かスパイかわからない状態で、結託しすぎた姿を見せるのも危険だと説明すると渋々だが了解した。
当然、情報を隠さず教えることを条件に。
「これで全部揃ったな……。あとは、どうやって解くかだ」
パットンが言うと、グライムは一つずつ宝石を持ち上げて光にかざした。
「宝石の加工痕が、どうも不自然だ……。削り出した道具の跡が、それぞれ違う」
「関係があったとしても、それでなにがわかる?」
「使われた工具の種類から加工された時期がわかるはずだ。並べてみよう」
グライムは三つの宝石を、古いものから順に並べ直した。
左から右へと、時間の流れに沿うように。
「そして、次は魔光だ」
グライムは城にオルドレン王子に用意してもらった魔道具を取り出した。
魔光はどこの国がという限定はなく、仕組みは同じだ。淡い光を放つ石を組み込んだけの簡素な照明具であり、
その光を、並べた宝石に当てる。
光が宝石の表面で屈折し、乱反射し、やがて一つの像を結び始めた。
壁に、複雑な紋様が浮かび上がっていく。
パットンは息を呑んで、その光景を見つめた。
紋様は、最初はただの幾何学模様に見えた。
だが、グライムが光の角度を微調整すると、模様の中に、ある形が浮かび上がってきた。
短剣を模した印。その下に、小さな文字列。
「これは……」
その印の意味を知っているパットンは思わず息を呑んだので、代わりにグライムが静かにつぶやいた。
「三国同盟を結ぶ前にあった戦争時代の暗殺指令のマークだ」
壁に浮かんだ紋様を、グライムはじっと見つめた。
何度も見返し、光の角度を変えて、隠された部分がないか確かめる。
だが、いくら角度を変えても、肝心の部分――誰を、いつ暗殺するのか――という情報は、どこにも記されていなかった。
「対象と日時がない……。これだと、既に終わった暗号なのかさえもわからないぞ。暗号としては、あまりに片手落ちだ」
グライムが苛立たしげに言うと、パットンがその背中を優しく叩いた。
「落ち着けグライム。冷静なのがオマエの売りだろう。これだってわざと情報を欠けさせているのかも知れないぞ」
「かも知れないが、暗殺指令だぞ。同盟国が秘密裏に金庫でやり取りし、それもヴァレンが関わってるのは間違いない。時間式の暗号司令。焦るのが振るうだろう」
「かも知れない」とパットンは笑った。彼が落ち着き払っているのには理由があった。「暗殺の危険など、物心付く前からずっと隣り合わせだ。始めの友人よりも、ずっと先に隣りにいる。だからこそ、真実を見極める必要がある」
どっしりと構えたパットンを見て、グライムは落ち着きを取り戻した。
「この台座と宝石だけじゃ足りない、ということかもしれない」
「足りないというのは、何がだ」
「まだわからない……」グライムは紋様をもう一度見つめた。「暗号ってのは、大抵、解く側の状況まで計算に入れて作られる。作った奴が、どんな場面で解読されることを想定していたのか。それがわからないと……この先には進めない……」
パットンは腕を組み、グライムの隣に並んで壁の紋様をじっと見つめた。
「単純に興味本位なんだが……こんな手の込んだ暗号を仕込む理由なんだ? 三つの宝石を、それぞれ別々の経路で流出させて、数年もかけて回収させる。そんな気が長い計画、失敗に終わる可能性が増えるだけだろう」
「気が長いんじゃない。時間をかけることに意味があるんだ。全て出来上がったものが送られるわけじゃない」
「どういうことだ?」
「薬物の密輸と一緒だ。種族に必要なものでも、王都禁止されてるものがあるだろう」
「ああ、頭の痛い話だがな……。オマエが来る前に私が対処していた殆ど事件が、密輸事件だ。オマエが来る前にほとんど潰したがな」
パットンが自慢げに口を曲げると、グライムはそれよりも口元をひん曲げた。
「例えばエルフの使う美容液の一つに、人間が使うと媚薬になってしまう秘薬がある」
「知っている。二度ほど対応したことのある事件だ。王都でも当然禁止されている」
「禁止されているものが、なぜ王都にあるか」
「密輸だろう?」
「違う。正規に輸入されてきてる。いいか、こう考えろ。木材は木材だ。だが、加工する用途によって、家具にも武器にもなる」
「あいつら……原料で輸入して、王都で密造していたのか……」
パットンは過去の事件を思い返して、苦虫を噛み潰したような表情浮かべた。
「この宝石もだ」
グライムは宝石を一つずつ手に取り、光にかざしながら、加工の痕を細部まで入念に調べていった
削り出しの角度、磨きの深さ、道具の刃こぼれの形跡。それぞれの宝石が歩んできた、まったく異なる歴史が、そこには刻まれていた。
「二つは丁寧に磨かれてるが、もう一つは、急いで加工されたような荒さがある。加工した時期が違う、というだけじゃない。加工した人間の余裕の度合いが違う。急いで作られたものほど、何か切迫した事情があったんだろう」
「オマエに私物を見せるのが怖くなるな……」
パットンはグライムの観察眼を目の当たりにして、頼もしさと厄介さの両方を同時に感じていた。
「安心しろ。今は目の前の宝石に夢中だ……。考え直してみよう。ダミー暗号だった可能性もある。……同盟を結んでいる三つの国が関係しているのは確かなはずだ。宝石も三つ、国も三つ……偶然とは思えない」
グライムは魔光を太陽に見立ててみた。
宝石の配置を、日の出と日没の角度に合わせて並べ直すが、壁にはなにも浮かび上がらなかった。
次に、魔法関係の名前のつく特別な月に見立ててみた。
満月、新月、そして年に一度しか訪れない特別な満ち欠け。宝石の位置を、その周期に合わせて動かしてみる。
それでも、紋様に変化はなかった。
「国や城の位置に当てはめたらどうだ?」パットンが提案した。
「なるほどな……宝石は三つは同盟国の司令という目印なのかも知れない。そうすると……リィーイヤ王国はここで……」
グライムは三国の首都の位置関係を思い描き、宝石の間隔を、その距離の比率に合わせて調整してみが何も変わらない。
「どうも関係ないみたいだな……」
グライムは苛立たしげに髪をかき上げた。




