第五部「国を相手取る覚悟」
その頃、カックラウは城の廊下で、落ち着かない様子のオルドレン王子に付き合わされていた。
「グライム殿からは?」
オルドレン王子は何度目かの問いを繰り返した。
「連絡はありません。臭いを辿ろうにも、街中に散らばりすぎていて、手がかりになりません。おそらく、彼が意図的に隠しているせいです」
「もどかしいものだな」と、オルドレン王子は窓の外を見た。「待つことしかできないというのは」
「殿下は、待つのが苦手なようですね」
「苦手というより、性に合わない。私は昔から、動いている物事を眺めているほうが好きでね。じっとしているのは、性分に反する」
カックラウはその言葉に、少しだけ表情を緩めた。
この王子の落ち着かなさは、演技には見えなかった。
そこへ、兵士が息を切らして戻ってきた。
「グライムか?」
「いえ、盗みの被害報告です。壺が盗まれたと」
「まったくややこしい……」
オルドレン王子ががっかりしていると、別の兵士から報告を受けたパットンがやってきた。
「いえ、グライムの可能性が高いです。報告書の内容を読むと複数犯の可能性があります。恐らくグライムは巻き込まれた。だとしたらなにかメッセージを残しているはずです」
「なるほど」
オルドレン王子は短く言うと、兵士に視線をやった。
報告を続けろと。
「侵入経路は複数のドアを経由しています。ほとんどのドアは、まるで合鍵でも使われたかのようにスムーズに開いていますが、、一つだけ妙に手の込んだ開け方をされたドアがあります」
「現場を見せてくれ」
パットンは兵士に馬を用意してもらい、現場に足を運んだ。
そして、屋敷に到着すると問題のドアの前で立ち止まり、その表面を確かめる。
木目が細かく、艶がある。他のドアとは、明らかに材質が違っていた。
「妙に手の込んだ開け方とは?」
パットンの問いに兵士が答えた。
「これだけ他のドアをスムーズに解錠しているのに、これだけ一度、別の開け方をした系席があるんです」
「なるほど……。これは……エルフが森で育て、加工する木だ。……エルフに縁のある種族が好む木材だな」
パットンの中で、点が線になった。
この犯罪はグライムが起こしたもので、彼がヒントを残したのだと悟った。
他のドアはすべて手早く済ませているのに、このドアだけ、わざわざ時間をかけて開けている。そんな遠回りをする理由は、一つしか思いつかなかった。
同時に、不安が頭をもたげた。このままではグライムの命に関わるかもしれない。
オルドレン王子が、もし本当にヴァレンの味方で、こちらの敵だとしたら。
グライムを捕らえ、本国へ送還する可能性すらある。今この瞬間にも、グライムは正体を隠したまま、犯罪組織の内側にいる。
パットンは覚悟を決めた。勝手な行動をするグライムに愛想を尽かせて、あえて捕まえさせようとするような態度を取ることにした。
オルドレン王子の本心を、確かめるために。
その振る舞いは、すぐにオルドレン王子の目に留まった。
オルドレン王子はパットンを別室へ呼び出すと、強く非難した。
「なぜ、あんな態度を取る」
「それは、範囲外を越え、犯罪者の領域に手を出したからです。私は一国の王子であり、彼は一国の王子の所有物。他国でこれだけの自分勝手な行動は、彼の首一収めてたところで責任が取れない所まで来ています」パットンは、感情を押し殺すように言った。「殿下がお望みなら、あの男を差し上げますよ。至宝を盗んだ男です。使い道はあるでしょう」
オルドレン王子は言葉を失ったように、しばらく黙り込んだ。
パットンは、その反応を注意深く見つめていた。
もしここでオルドレン王子が喜びを見せたなら、それは危険な兆候だ。
その時は、グライムが命をかけてくれたように、自分のも命をかけようと、パットンは決心した。
「……だが」
オルドレン王子は、絞り出すように言った。
「……私も一国の王子だ。その一国の王子の戯言だと思って聞いてほしい。我々が本音を言える場所はない。それは本音を言ってもらえる場所もないということだ。我々に周りは、敵か味方しかいない。それは何よりの財産だ。国ではなく、人として生きるための糧となる」
オルドレン王子の言葉に、パットンは黙って耳を傾けた。
本心を探ろうとしているだけではない。
まるでオルドレン王子ではなく、パットン自身の内心を吐露されているかのように聞こえたからだ。
グライムとの関係は協力者や共通の敵というものを越えて、友情というものが生まれつつあるのは自分でも気付いていた。
そして、それが王族として弱みにも、強みにもなることを。
「グライム殿は、パットン殿下といる時に頭が冴え渡るようだ。もったいない。彼の素晴らしい頭脳を活かせる者は、そういない。どうか、思い直してほしい。彼を英雄にも賊にも出来るのは……パットン殿下あなたしかいない」
その声には、懇願に近い響きがあった。
パットンは慌てて、俯いたままのオルドレン王子の顔を上げさせた。
「殿下……」
パットンは確信した。
オルドレン王子は、本当にグライムのファンであり、ヴァレンとは無関係であり、計画に巻き込まれただけの一人だと。
今オルドレン王子は、王族の自分には友人がいないと弱みを吐露し、羨ましいとパットンに言ったのだ。
その純粋で強い言葉は、パットンを次の行動へと移させた。
「殿下」パットンは深く頭を下げてから、話を切り替えた。「この国でエルフが多く暮らす地域はどこですか」
「西の職人街だが……。それが、何か?」
オルドレン王子は不思議そうに答えた。
「グライムが残した手がかりです。特別な木材が使われたドアに違和感をわざと覚えさせたんです。あれはエルフが好んで使う木材です。おそらく、犯人たちのアジトの近くに、その木材が手に入る場所があるはずです」
「西の職人街には、エルフの工房が多い。木材もそこから流れてくる」
「では、その周辺から探させてください」
オルドレン王子は即座に頷いた。
「もちろんだ。私からも兵を出そう」
パットンはすぐさま、その地域へ兵を向かわせるよう命じた。
この国では、エルフは重用されており、手厚い保護を受けているため、犯罪に手を染める必要がない。
だからこそ、クロッカスのアジトは、そのエルフが多く暮らす地域の、空き倉庫を利用していた。
一見、危険な場所に思えるが、誰も疑わない場所こそが、最も安全な隠れ蓑になる。
「グライム殿は、そこまで見越して手がかりを残したのか」オルドレン王子は感心したように言った。「大した男だ」
「大した男ですが」パットンは苦い顔をした。「大した頭痛の種でもあります」
「では、グライム殿が巻いた種がどんな花を咲かせるか見に行こうではないか」
オルドレン王子は笑うと、早速準備に取り掛かった。
兵を率いて西の職人街へと向かう道中、パットンは先ほどの芝居のことを、もう一度頭の中で反芻していた。
オルドレン王子の反応は本物だった。
あの懇願の声に、演技の匂いはなかった。
だとすれば、残る懸念はただ一つ。この国の奥深くに潜む、もっと別の何かだ。
数時間後、あっという間にクロッカスの隠れ家が囲まれた。
突如としてなだれ込む兵士たちに、犯人たちは慌てた。
「なぜここが分かった! いや、どうやって入ってきた!?」
「鍵開けが専門だからな」グライムはにっこり笑った。「腕を見せろって言っただろ? サービスだ。ここに繋がる部屋のドアの鍵を、全部開けといた」
グライムは鍵束を取り出した。
魔道具のような特別な技術ではなく、鍵の施錠でもない。ただのピックポケットという純粋な手先の技術で出し抜いたグライムは、その鍵束をパットンに投げ渡した。
パットンから丁寧に手渡された鍵束は、様々な倉庫や家の合鍵だった。
「随分な数だな」オルドレン王子は鍵束を数えながら言った。「これで毎日、住処を変えていたのか。ネズミのようなやつだな。連れていけ」
オルドレン王子は冷たく、つまらなそうに言い放つと、すぐに笑顔でグライムに向き直った。
「それで? もう見当がついてるんだろう? どこにお目当ての宝石があるのか!」
ウキウキとしたオルドレン王子の様子に、パットンとグライムは顔を見合わせ、同時に肩をすくめた。
連行されていくリッケンが、最後にグライムを一瞥した。
「最初から仕込みだったのか?」
「悪く思うな。これも仕事だ。依頼の順番で話がこじれるなんてよくあることだろ?」
「仕事……ね」リッケンは短く笑った。「なるほど。相当こじれてるらしいな」
リッケンに笑いはグライムの心臓をナイフのように深く刺した。
リッケンもまた一流であり、グライムにも引けを取らない頭の良さがあり、機転も利く。グライムがこじれた先の迷路であがいているのを理解したのだ。
まるで脱獄するまでの謎解きの暇つぶしが出来たとでも言うような、意味深な笑みを残し、リッケンは連行されていった。
至宝の隠し場所は、あるエルフの商人の屋敷だった。
大胆にも、その屋敷の宝物庫に、勝手に保管していたのだ。
「流石だな」グライムは屋敷を見上げながら言った。「こっちに国が味方してなかったら、絶対に見つからない場所だ」
「どこが流石だ……。これが泥棒の終着点だろう。家はなく、その日暮らし。盗品はあるが換金できず。夢を抱いて眠るだけだ」
「かもな。でも、泥棒にしかできないことがある」
「当たり前のことを言うな。犯罪は犯罪者にとでも言うつもりだろう」
「物の価値を上げるってことだ。この世は犯罪があるから、物の価値がついてる。残念ながら、技術や歴史があるからじゃない。それらはすべて、犯罪の裏にあるから価値があるんだ」
「屁理屈だ」
「屁理屈っていうのは間違ってないって意味でもある」
パットンはしばらく黙り込んだ。それが答えだと判断したグライムはなにも言わずに宝物庫の奥へと進んだ。
棚に並んだ品々の中に、グライムには見覚えのある輝きがあった。
数年前に城から盗んだ至宝の一つだ。
長い間、誰の目にも触れることなく、ここに眠っていたらしい。
手に取ると、思っていたよりもずっと軽かった。
苦労に見合わない、その軽さ。
だが、時としてこれが人の命以上の価値を持つ。
宝石というのは、曰くがついていようがいまいが、魔性の魅力を秘めている。
グライムはそれをパットンに手渡した。
「犯罪の裏の裏。興味があるだろう?」
グライムはルミナス暗号を解く時間だと、口角を上げた。
窓の外では、夕暮れの光が、宝物庫の埃っぽい空気にまで差し込んでいた。パットンは受け取った宝石を、しばらく黙って見つめていた。
リィーイヤ王国に送られたルミス暗号。それを解く宝石の三つのうち、二つが手元に揃った。
残るはあと一つも問題ない。
つい先程妖精族の女とその仲間の男二人を捕まえたと報告があった。
「覚悟はできているか?」
パットンは低い声で確認した。
ルミナス暗号を解くということは、国の暗号を解くということだ。
ヴァレンが偽物だと知っている二人だからこそ、大義名分の元行動ができている。
もしも、ヴァレンのことが表に出ることがなければ、パットンは反逆者。グライムは協力者として、なんらかの刑を受けることになる。
「暗号を解読する覚悟か?」
「国を相手取る覚悟だ」
「そんなもん――アンタの馬車を襲った時にとっく決めてる」
グライムがニヤッと笑う。
その笑みは、犯罪者仲間といる時の笑みとは少し違う。
少しだけ腹の中をさらけ出した笑みだった。




