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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
一流の犯罪者と施錠破り

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第三部「ミグルの壺」

 翌日。グライムは朝から歩いて街を目指した。

 国の紋章が入った馬車から降りてきたところを誰かに見られて覚えられると、作戦は失敗するからだ。


 体に鞭を打ち。冒険者さながらに疲れながら、街の外れにある酒場へと向かった。


 看板もろくに読めないほど古びた店だった。

 中に入ると、煙草の煙と安酒の強い薬品のようなルコールの匂いが充満している。


 目当ての人物は、奥の席にいた。


 頬から唇にかけて、真っ二つに割れた傷を持つ男。名前はリッケン。現在活動中のクロッカスのリーダーだ。


「入りたいって言うから誰かと思えば……オリヴァーか……。数年前、こっちの誘いを断ったよな」


 リッケンは怪訝な顔をしながら、差し出された手を握った。

 恨んではいないが、なぜ今こうして来たのかを怪しんでいる目をしていた。


 グライムは対面の椅子に腰かけながら言った。


「呪いの人形を盗めってやつだろう? 盗んだ結果どうなった」

「仲間が皆呪われた。そのうち一人は今も声が出せない」


 リッケンは苦笑いを浮かべて、酒を喉に流し込んだ。


「だろうな。あれは呪いの人形をバラバラにして縫い合わせた、呪術の複合体みたいなもんだぞ。魔道具の理屈じゃ、あの構造は解けない」

「だから魔道具のスペシャリストのオマエを誘ったんだ」

「呪術は魔法とは違う。魔道具とは別の知識と技術が必要になる。そのことを知らないチームに入るほどバカじゃない」


「まあそうだな」リッケンは頷いた。「オレらはチームだが、友達じゃない。当然のことだ。だから、考えが変わってチームに入りたいってのも構わない。理由は聞かない」

「だから、こうして来たんだ。まだ前哨戦をやるか? 舌戦なら、安酒よりも高級酒のほうが盛り上がるぞ」


「まあ慌てるな。そうだな……」リッケンは少し考えて、コップに広がる波を見ていた。「なにかオレから盗んでみろ。気づかれないようにな」


「盗まれるとわかってるプロの泥棒から、気づかれないように盗めってのか」

「一度断ったんだ。納得させてみろよ」


 リッケンは嫌味を言ったつもりだった。絶対にできないことをさせ、グライムに恥をかかせようという魂胆だ。

 傷のある頬を歪め、面白がるような目でグライムを見た。


 だが、グライムの手には、握手の時にさり気なく盗んだリッケンの指輪が、すでに握られていた。


「これでいいか?」


 グライムは指輪を投げ渡した。

 リッケンはそれを受け取り、慌てて自分の指を確かめる。他にも左手の薬指と、右手の中指から指輪が抜き取られていた。


「ダメだ……あと二つも返せ」

 リッケンが悔しげに言うと、グライムは涼しい顔で言った。


「最近痩せたのか? ずいぶん簡単に指から抜けたぞ」


 グライムは盗んだ指輪を、すべて返した。

 犯罪の腕を見せる、というふりをしながら、実のところは目当ての宝石が、どこかの指輪に加工されていないか、密かに確かめていた。


 目当ての品は、このリッケンの手元にはないらしい。

 輝きの質も、重さの感触も、探しているものとは違った。


 リッケンは指輪を確かめながら訊ねた。


「今のは、いつやった」

「握手の時だ」

「握手なんて、一瞬だぞ」

「一瞬あれば十分だ。握った瞬間、握り返された瞬間、離す瞬間。三回の隙がある。その動作の全部が手にかかる圧力が変わる。指輪を抜き取られた開放感にも気付かない」


 リッケンはしばらくグライムを睨みつけていたが、やがて肩の力を抜き、短く笑った。


「呪いの人形の時から、腕は落ちてないみたいだな」

「むしろ上がってるつもりだけどな」

「口も減らない」


 リッケンはニヤッと笑って酒をあおった。

 一本取られた悔しさはあるが、その悔しさは同等の頼もしさでもあるからだ。


「なあ、オリヴァー。一つ聞くが、今更なんでチームに入りたいと思った」

「理由が要るか?」

「当然だ」リッケンは真顔になった。「理由もなく方針を変える奴は信用できない。それが一番危ない」


 グライムは少し考えるふりをした。


「単純な話だ。一人でやれることには限界がある」グライムは言った。「今、欲しいものがある。それを手に入れるのにまとまった金が必要になる」


「まとまった金ね……昔みたいにか?」リッケンは目を細めた。「まあいい。それ以上は聞かない」


「当然だ」グライムはリッケンの言い方を真似した。「こっちの内情を必要以上に探るやつは信用できない」


 リッケンは苦い顔をしながらも、口の端をわずかに上げた。


「仲間を紹介する。明日また来い」






 グライムは街の集合住宅の一室に帰った。そこには、先に戻っていたパットンがいた。


「なんか王都を思い出すな」グライムは部屋を見回しながら言った。「魔法錠の腕輪を付けられてる気分だ」


「しょうがないだろう。情報の交換ために、他国の城を使うわけにはいかないんだからな……。だいたいオマエの責任だぞ。オマエがバカをやらなければ、こんなことになっていない」

「バカをやったのは過去のオレだ。だから、今のオレが帳尻を合わせようとしてるんだろう」

「普通は罪を償うものだ」


「それはヴァレンに言ってやれよ……」グライムは言いながら椅子に座った。「今はルミナス暗号の解読が先だろ? オレの過去をいちいち掘ってたら、お互い爺さんになってるぞ」


「本当に気をつけろ……」

「それもお互いにだ。オルドレン王子の真意は……どうにも、オレには見抜けなさそうだ」

「同じ境遇の私に、見抜けと言っているんだろう」

「そういうことだ。アイツもパットンと同じで、なるべくして辺境の城を任された口だろう。だったら、パットンのほうがアイツの気持ちに近いはずだ」

「近いからといって、読めるとは限らない。私だって、自分のことすら、いまだによくわからない時がある」

「そういうもんだろう。自分探しは十代か、六十を過ぎてからするもんだぞ。今から自分がわかったら、老後にやることなくなるぞ」


 二人はそれ以上言葉を交わさなかった。

 狭い部屋の中に、外の喧騒だけがかすかに響いていた。

 パットンは灯りを一つ落とし、椅子に腰かけたまま目を閉じた。

 グライムは窓の外を見て、明日のことを考えていた。


 しばらくして、パットンが目を閉じたまま口を開いた。


「一つだけ、約束してくれ」

「なんだ?」

「本当に危なくなったら、体裁なんか気にせず、すぐに助けを呼べ。オマエの意地に付き合って、手遅れになるのはごめんだ」

「体裁を気にしたことはない」

「オマエの体裁じゃない――私の体裁を気にするなと言っているんだ。


 グライムは苦笑した。この期に及んでもまだ自分の心配をしてることにだ。

 今現在、身の危険はパットンが一番危ない。

 辺境にいる理由は、事故死でも反乱でもなんでも、死亡の理由が作られるからだ。


 もちろんヴァレンが安直な手を使ってくるとは、グライムもパットンも思っていないが、切羽詰まったらなにをするかわからない。


 パットンはそれでも自分のことよりも、グライムのことを心配していた。

 窓の外では、夜の街の灯りが、ぽつぽつと消え始めていた。





 翌日。リッケンはグライムを連れて、街外れの簡易な隠れ家へ向かった。


 古い倉庫を改装したような場所だった。窓は板で塞がれ、灯りはランタンが数個だけ。テーブルの上には、一枚の絵図と、いくつかの道具が広げられていた。


「よく集まってくれた」リッケンは舞台俳優のように両手を大きく広げた。「オレが集めた腕利きの仲間を紹介しよう」


 リッケンが手を向けた先に、二人の男が立っていた。

 一人は痩せた体つきで、指先にインクの染みがついている。もう一人は、丸眼鏡をかけた小柄な男だった。


「スペンサーとディドルだ。それぞれ専門は贋作づくりと魔法だ」


「よろしく」


 痩せた男――スペンサーが軽く頭を下げた。


「初めまして」と、丸眼鏡の男――ディドルが、興味深げにグライムを見た。「魔道具専門ってのは珍しいな。この街じゃ、魔法が使えないと肩身が狭いだろう」


「肩身の狭さには慣れてる。おかげで狭い道を通るのが得意になったよ」


 グライムは言うとディドルは笑った。


「オレも似たようなもんだ。魔法は使えるが、認可されてない分野でな。表じゃ食っていけない」

「それでクロッカスに?」

「他に選択肢がなかった、というのが正直なところだ」ディドルは肩をすくめた。「スペンサーもそうだろう」


「まあな」


 スペンサーは短く答えた。それ以上は語る気がなさそうだった。


「そしてこっちは」リッケンはグライムを手で示した。「今回新たな仲間になった。オリヴァーだ。魔道具を専門とする。オレが知る中でも腕利きだ。文献でも、噂でも、実際に見た腕でもな」

「光栄だね。クロッカスのリーダーにこうも褒められるとは」


 グライムの言葉は本心だった。

 ここでは、素人の泥棒と組んだときとは違う空気が流れていた。

 さりげない一言でお互いを探り合うヒリヒリとした緊張感、僅かな動作で技術を見せつける優越感。

 一挙手一投足。すべてが値踏みされているかのような空間だ。


 スペンサーとディドルが、それぞれ改めて軽く会釈をした。


 アジトには、リッケンを含めて四人の男が揃っていた。

 テーブルの上に広げられた絵図には、大きな邸宅の見取り図らしきものが描かれている。


 狙いは【ミグルの壺】と呼ばれる品だった。


 リッケンは絵図を指でなぞりながら言った。


「作戦はシンプルだ。いいか? 今日、狙いの壺の贋作と本物をすり替える」

「待った! 今、今日って言ったか?」


 あまりに急なことにグライムは思わず声を上げると、リッケンは涼しい顔で言った。


「そうだと説明したばかりだが。まさかまた後日だとでもいうのか?」

「いや、それは……」

「仕事ごとに、流動的に集まる犯罪組織だぞ。信頼はしているが、信用はしていない。作戦を教えて別れるわけがない。問題あるか?」


 リッケンはグライムも含めて仲間を見回した。

 ここにいる者たちは、犯罪者として腕利きな者ばかり、それもアドリブを得意とする知能犯だった。


「もし今日の作戦に不満があるなら。今この場で抜けてもらって構わない。だが、途中で抜けるのは許さない」

「不満はない。ただの確認だ。これで明日とでも言われたら計画が変わるからな。オレたちはチームだが、一人ひとりが作戦だって動く。そうだろう?」


 リッケンはグライムの返答を聞いて、満足そうに頷いた。


 彼が捕まらない理由の一つに、この用心深さがある。

 たとえ腕を認めた相手でも、絶対に信用はしない。犯罪の腕を信頼するだけだ。

 顔合わせの日に作戦を説明し、その日のうちに実行する。この徹底ぶりが、彼を長年、裏の世界の頂点に近い場所に留めている理由だった。


「役割を言う」


 リッケンは絵図の四箇所を、順に指で叩いた。


「スペンサーは贋作の受け渡しと、すり替えの実行だ。オレが気をそらしてるうちに、オマエが書いた贋作とすり替えろ。五秒時間を作る。ディドルは魔屋敷内の見張りへの幻惑、逃走経路の確認と風魔法による逃走の補助の準備だ。すり替え時による魔法の調整も頼むぞ。オリヴァーは物理的な錠の解除だ。言葉は簡単だが、これが一番厄介だぞ。鍵は全部違う、事前に合鍵を手に入れることはには失敗した。すべてその場で鍵を開けてもらうことになる。そして、オレは全体の指揮と、非常時の脱出経路の確保。万一の際の交渉役だ」


「交渉役、というのは」


 グライムが訊ねると、リッケンは事もなげに言った。


「見つかった時に、話をつける係のことだ。大抵は、話をつける前に逃げ切るがな」

「頼もしいな」

「皮肉か?」

「本気だ。その実績があるだけで、心配のソースを集中に割ける。他にミグルの壺の持ち主については何か知っておくべきことは?」

「貴族の収集家だ。趣味の域を超えて、金の力を使って集めてる。壺の価値も、本人はろくにわかっちゃいない。ただ珍しいから飾ってるだけだ」

「なら、良心は痛まないな」

「泥棒に良心を持ち出すな。痛もうが痛むまいが、やることは変わらないだろう。孤児院だろうが、境界だろうが、殺人鬼の家だろうが、お宝は等しくオレたちのもの。ちょっと変わった宝物庫に預けてるだけだ。取りに行こうぜ」


 リッケンの言葉には不思議と、ワクワク焦る力があった。

 だが、グライムはまずいことになったと内心で慌てていた。


 このまま計画を実行してしまえば、パットンに動きを伝える時間がない。だが、計画を断るわけにも行かない。

 

 グライムは平静を装い、盗みの実行に付き合うことになった。

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