第二部「クロッカス」
「ちょっと待って……」パットンは片手を挙げて止めた。「オマエは頭の中で考えていたのかもしれないが、こっちはなにも分かっていないんだぞ。話を次々先へと進めるな」
グライムは息を一つ吐いてから、順を追って説明を始めた。
クロッカスとは、犯罪者チームの名前であり、扱う犯罪の内容によって、都度メンバーが入れ替わる緩やかな集まりだった。
表の世界にそれぞれの分野の専門家がいるように、裏の世界にも専門ごとの手練れがいる。
錠前破りの専門家、贋作作りの専門家、魔法犯罪の専門家。
彼らは普段はそれぞれ別々に動いているが、大きな仕事の時だけ、必要な顔ぶれが集められる。
「それぞれ得意な分野で活躍する犯罪者が集まった犯罪者チーム。それがクロッカスだ」
グライムの説明を聞きながら、パットンは呆れていた。
「犯罪者が花の名前を使うとはな……」
「それだけ色とりどりの犯罪者が集まるチームってことだ。創設者は不明。だが、何百年も続く名前だ。犯罪組織の名前というよりも、犯罪組織の冒した罪の総称、というほうがしっくり来る」
「何百年も……。一つの犯罪組織が、そんなに長く続くものなのか」
オルドレン王子が驚いたように言うと、グライムは丁寧に答えた。
「正しくは正式な組織ではないです。名前だけが続いてる。メンバーは何度も入れ替わってる。リーダーだって同じ人間が何百年も務めてるわけじゃない。ただ、クロッカスという名前だけが、代々受け継がれていく。誰かが罪を重ねる度に、その名前がまた語り継がれる」
「名前だけが独り歩きしている、ということか」
「そうです」と、グライムは深く頷いた。「だから厄介なんです。実体を潰そうにも、実体がない。今日のクロッカスと、十年前のクロッカスは、中身がまるで別物ってこともあり得る」
「では、なぜその名前が消えずに残る」
「便利だからです。名前に箔がつけば、仕事の依頼も増える。腕のいい奴らが集まれば、名前はさらに強くなる。誰も損しない仕組みになっている。強いて言えば、法の側だけが損をする」
「随分と嫌な仕組みだな……・」
「嫌な仕組みほど、長続きするものですよ。表でも裏でも仕組みというのはそういうものです」
肩をすくめるグライムに、パットンは疑いの視線を向けた。
「まさか……。オマエ、過去に仲間だったんじゃないだろうな」
「オレは違う。誘われたことはあるけどな。奴らは魔法犯罪を主にする。オレは魔道具を利用した犯罪を得意としてる。ここの違いは大きい」
「同じ盗みだろう」
「違う」グライムはきっぱりと言った。「魔法は、才能や種族に左右される。だが魔道具は、誰でも扱い方さえ覚えれば使える。オレが選んだのは、後者の道だ」
「なぜ、そちらを選んだんだ? グライム殿は」
オルドレン王子が興味深そうに訊ねた。
「魔法は、生まれ持ったもので差がつく」グライムは言った。「持ってる奴と持ってない奴の間には、努力じゃ埋まらない壁があります。でも、魔道具は違う。知識と技術。その仕組みがわかれば……誰の手にも平等。オレはそっちのほうが性に合っているんです」
「なるほど筋の通った考えだ」
オルドレン王子は感心したように頷いたが、得意気に説明するグライムに、パットンは頭を抱えた。
なぜ他国の王子の前で犯罪自慢をしているのか、理解に苦しむという顔だった。
しかし、この話術。それもグライムの計算のうちだった。あえて事を大きくして話す理由は、オルドレン王子の笑顔がどんどん強くなっていくのが見えていたからだ。
自分の犯罪の手口に対するファン心理を利用し、パットンの小言を押し切って作戦を実行しようとしている。
案の定、グライムの企み通り、オルドレン王子はグライムに全面協力を申し出た。
「もちろん協力しよう! クロッカスへの潜入、実に興味深い! 私に何かできることは?」
「もちろん。その時は一番に頼らせていただきます」
グライムが実に気持ちの良い笑顔を浮かべた瞬間だった。
「ちょっと来い!」
パットンはグライムの腕を引き、席を外すと詰め寄った。
「どういうつもりだ……。なにを考えている」
「いいか、パットン。オレたちはずっと後手に回ってる。それは辺境の事件を解決してる最中に、嫌というほどわかっただろう? これは降って湧いたチャンスだ。今ヴァレンを出し抜かないと、ずっとアイツの背中を追いかけることになる。アイツは背中を刺せる相手じゃない」
いつになく真面目なグライムの声に、パットンは思わず言葉を飲み込んだ。
「だが……危険すぎる。オマエの行動は、確かに結果として私のためになっている。だが、オマエの行動がヴァレンの武器を研ぐ結果に変わることだってあるんだぞ。オマエがクロッカスのメンバーになったと知られてみろ。わかってるのか、グライム」
今度はパットンが釘を差すように真面目な顔で言った。
「わかってる……。だけど……これ以上、後手に回り続ける方が危険だ。オレたちがこの国で足踏みしてる間にも、ヴァレンは向こうで着々と手を打ってるはずだ。オルドレン王子が敵か味方かもまだ完全にはわからない。設計者の行方も、ようやく糸口が掴めたばかりだ。それなのに、宝石一つ取り戻すのに何ヶ月もかけていられるか?」
「気持ちはわかる。だが、焦るな。気持ちだけで動くな」
「気持ちだけで動いてるわけじゃない。これは計算だ。クロッカスに潜入すれば、宝石だけじゃなく、奴らが持ってる情報網も手に入るかも知れない。魔法犯罪専門の連中だ。ヴァレンに近い筋の噂を、拾える可能性がある」
パットンはしばらく黙り込んだ。
グライムの言葉には、いつもの軽さとは違う、確かな重みがあった。
「危険は承知の上だ」グライムは続けた。「だが、危険を避けてばかりいたら、いつまで経っても先に進めない。オレたちはずっと、誰かが動いた後を追いかけているだけだった。今回だけは、こっちが先に仕掛ける」
「その代償を、オマエ一人が背負うつもりか」
「一人じゃないだろ? それに、オレが背負うとは言ってない。な? パーター」
グライムは懐かしい呼び方をした。
王都で事件を解決する時、城下町でパットンの正体を隠すために使っていた呼び名だ。
それでパットンは理解した。
「クロッカスに誘われた時に……偽名を使っていたな」
グライムはニヤッと笑った。
パットンは、今日何度目か分からない頭痛に、額を抑えた。
「本気で、別人格のつもりでやるのか」
「別人格ってほど大層なもんじゃない。ただ……オリヴァーはグライムより口が悪くて、義理も人情も薄い男だ。言葉の節々に壁を作る。そういう人間として振る舞う」
「境目が曖昧になったら、どうする」
「ならない」グライムは即答した。「演技をするわけじゃない。それは役者の仕事だ。オレはオレのまま、名前だけ変えて動く。中身が入れ替わるわけじゃない。成り代わるんだ」
「それを聞いて安心しろというのか」
「別に安心してもらう必要はない。ただ、事実を伝えただけだ」
「骨の髄まで犯罪者だな……」
「オリヴァーはそういう男だ。会ったら気をつけろ」グライムは笑いながら言った。「ほら、戻るぞ。オルドレン王子が心配するだろう」
グライムが部屋に戻ろうと踵を返すと、すぐ後ろにオルドレン王子が立っていた。
「なんの心配もいらないぞ! オリヴァー殿! このオルドレンがバックアップをする。力も財力も惜しまないぞ!」
「……惜しんでくれ」
「グライム! 敬語を使え!」
「もう……使ってられるか」グライムは肩をすくめた。「王族と知り合いだとバレたら、クロッカスに殺されるのはオレだぞ。どのみち殺されるなら、王族の一人でもバカにしてから死ぬ」
「私をさんざんコケにしておいて、まだ言うか……」
パットンはグライムを睨みつけた。せめて態度は隠せと非難の瞳で。
だが、オルドレン王子は笑顔で割って入った。
「気にしないでくれ、パットン殿下。グライム、いやオリヴァー殿が言うことはもっともだ。我らは、彼の作戦の邪魔をしないのが最優先だ。そうだろう、オリヴァー殿」
「さすがはオルドレン殿下。そのとおりです。パットンより頭が切れる」
グライムはすかさず言った。
オルドレン王子には周りの空気を自分色に染め上げる力がある。
彼と話していると、それを至る要素から確認できる。
それならば、調子に乗らせたほうがうまくいくとグライムは考えていた。
「いやー……はっはは!」オルドレン王子は照れたように笑った。「そうか? いや、お世辞だと分かっていても褒められるのは嬉しいものだな。なっはっは!」
パットンは、二人のやり取りをただ黙って見ていることしかできなかった。額を押さえたまま、小さく呟く。
「私は一体、何と付き合っているんだ……」
その呟きに答える者は、誰もいなかった。




