第一部「金庫の中身」
中に収められていたのは、一見するとただの流木にしか見えない、細長い木片だった。表面は波に洗われたように滑らかで、ところどころに小さな窪みが刻まれている。木目は妙に均一で、天然のものにしては整いすぎていた。
「これが……贈り物? 正直、もっと立派な宝玉の類を想像していたんだが」
オルドレン王子が拍子抜けした顔で木片を持ち上げると、グライムはそれを覗き込み、窪みの並びを目でなぞった。
「見た目に騙されないでください。値打ちは、中身じゃなくて役割にある。これは台座です」
「台座?」
オルドレン王子が首を傾げると、グライムは木片の窪みを指さしながら言った。
「三つの宝石を並べて置くための台座です。見てください。窪みが三つ、等間隔で並んでる。大きさも深さも微妙に違う。この滑らかさは自然にできるものではない。それぞれの宝石の形に合わせて彫られてています。ここに宝石を置くと、初めてルミナス暗号が解ける仕組みなんだろうな」
「ルミナス……?」
オルドレン王子が聞き覚えのない単語に首を傾げると、グライムはパットンに向き直って続けた。
「オレが以前この国から盗んだ三つの宝石だ……」
グライムの突然の推理を聞いたパットンは、訝しげに眉を寄せた。
「ルミアナス暗号の宝石はすべてこの国あったということか?」
「この国への司令を解くためのルミナス暗号だ。パットンが運んでいた台座とはまた別物。そして、それが入れられた金庫が今届いた」
「この台座が今になって届いたのは……。何十年も昔に立てられた計画が今始動し始めてるってことか?」
パットンとグライムは同時にオルドレン王子を見た。
オルドレン王子は平然としていた。汗一つかかず、呼吸も乱していない。
この状況、なにかを疑われるのならば当然だという顔をしていた。
「わからない。私の与り知らないところで、何かが動いているのかもしれない」
そういったオルドレン王子の顔は、厄介なことにほころんでいた。
自分のことをグライムが詮索するかも知れないと思うと、次はどんな手が見られるかとワクワクしている。
それを隠すことなく、笑顔を浮かべていた。
オルドレン王子は敵ではない――がパットンとグライムの評価だ。
だが、信用に値する人物かというのは、まだ測りかねていた。
「気味が悪いが、好都合でもあるな。向こうが答え合わせの道具を寄越してきたんだ。だったら、こっちも三つ揃えてやればいい」
三つの宝石のうち、一つはすでに手元にある。アモーレの一件で本物を取り戻し、城へ返した宝石だ。
もう一つは、この街の石像に隠されていたものを、先日、妖精族の女に譲り渡した。行方はすでに分かっている。
売ったとしても、持ち歩いてるにしても、あのレベルの悪党なら足取りは簡単に追える。
取り戻すのに、そう手間はかからないはずだ。
グライムが頭の中で次々と計画を立て始めると、パットンが口を挟んだ。
「待て。石像にあったものは、すでに手放したんだろう。取り戻すというのは、また盗むということか」
「そういうことになるな」
グライムは悪びれずに言うと、パットンは内心、彼に協力した犯罪者三人を哀れに思い同情した。
「行き当たりばったりだな……」
「渡した時は、まさかこんな形で必要になるとは思ってなかったんだ。でも、おかげで至宝と呼ばれるほど、宝石自体に価値がない理由もわかった。行き当たりばったりなんて今更だろう。まあそっちの三人組は兵士にでも追いかけさせればすぐ捕まるだろう」
飄々と言ってのけるグライムに、パットンは額を押さえた。
だが、問題は最後の一つだった。
「最後の宝石はどこにあるのかわかっているのか?」
オルドレン王子が訊ねた。身を乗り出す仕草に、隠しきれない好奇心がにじんでいる。
数年前に盗まれた秘宝の在り処と手口が、ようやく全て明かされるのだ。それも無理はなかった。
「とある犯罪者チームに渡った。六年前、この国を騒がせた時に、行方をくらませた一つだ。追い切れずにいたが、今は誰の手にあるか分かっている」
「六年前というと」
オルドレン王子は少し考える顔をしてグライムを見るが、グライムは無関係者であるかのように話を淡々と進めた。
「まとまった逃亡資金が必要になった泥棒は、ある泥棒チームに盗んだ宝石の一つを売ることにした」
「チーム? 泥棒がチームを組むのか。ああ――オマエとボンドのような関係か」
パットンが片眉を上げて皮肉を言うと、グライムは苦笑いを浮かべた。
「ありがとう。わざわざ説明してくれて。とにかく面倒なのは、そいつがその至宝を気に入っているらしいということだ」
「気に入っている? つまり、手放す気がないということか?」
「そうだ。ふっかけられるならまだ楽なんだけどな。どうもそういう空気じゃない」
グライムが妙に淡々と言うと、パットンはその先の答えを聞くのが怖いような顔をした。
しかし、続きを聞かなければ話は進まなかった。
「では、どうする……」
「盗むしかない」
グライムが言うと、パットンは深いため息をつき、オルドレン王子は腰元でぐっと拳を握り、短く歓声を上げた。
「王子二人の前で盗みの予告とはな」パットンは頭を抱えた。「私はともかくだな」
「待て、オレが言ってるのはそういうことじゃない」
「当たり前だろう」
「二人にも泥棒としてオレの仲間になってもらう」
グライムが平然と言うと、パットンはバカなことを言うなと睨みつけた。
「オルドレン殿下。グライムを牢に入れましょう。魔法は使えませんが、魔牢のほうがいい。すぐに兵士が駆けつけますから」
パットンは冗談とも本気ともつかない顔で言うと、グライムは思いついたように目を少し大きく開いた。
「じゃあパットン……アンタの案を採用するか」
「その間は……またなにか考えついたのか?」
「簡単だ。オレを逮捕すればいい。オレは今から【クロッカス】のチームメンバーになりに行く」




