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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
誘拐と金庫破り

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第五部「天柱樹」

 地下の隠れ家に、二人の男が息を切らして戻ってきた。

 抱えていたのは、油の入った瓶と、蜜色をした蝋燭の束だった。


「言われた通り、盗んできたぞ」


 グライムは瓶を受け取り、匂いを確かめた。それから蝋燭を一本手に取り、感触を確かめる。


「上出来だ。これで開けられる」

「本当にそんなもので?」


 覆面の男が疑わしげに言った。


「見てろ」


 グライムは金庫の鍵穴に油を垂らした。錠の表面がわずかに泡立ち、金属の光沢が鈍くなっていく。

 魔法錠を固めている魔剤が、この特殊な油によって溶け出しているのだ。


「この金庫の魔法錠は、魔剤で鍵穴を塗り固めてある。本物の鍵以外を通せないようにな」グライムは説明しながら、蝋燭に火を灯した。「この油は、その魔剤だけを選んで溶かす。溶けたところに――」


 グライムは炎で炙って柔らかくした蝋を、鍵穴に垂らした。溶けた魔剤と混ざり合いながら、蝋が鍵穴の形に沿って流れ込んでいく。


「これはキラーハニービーの蜜蝋だ」グライムは続けた。「粘着性が異様に強い。一度固まると、対になるキラーハニービーの唾液から作った溶剤でもなければ、剥がすことすらできない。だが、固まりきる前のこの一瞬だけは違う」


 グライムは先端をT字に折り曲げた細い金属の棒を取り出し、まだ柔らかい蝋の中に慎重に差し込んだ。

 金属の棒は芯だ。

 蝋を金属の棒で押し固め、溶けた魔剤形を整え、新しい鍵穴の輪郭を作り上げていく。 


 今グライムは、この場で新たな鍵穴と新たな鍵を造り上げて、金庫を開けようとしているのだ。


 周りの男たちは息を詰めて、その手元を見つめていた。


「魔剤が溶けて凹凸になったところに、蜜蝋を詰めて固める。そうすれば、蝋そのものが新しい鍵穴の形になる。あとは、金属の棒を回せば、鍵の役目を果たし……」


 グライムはその金属棒をゆっくりと回した。


 カチリ、と小さな音がして、金庫の蓋が持ち上がった。


 地下室に、歓声が上がった。


「開いた……! 本当に開いた……!」


 覆面の男たちが、まるで子どものように金庫に群がった。

 グライムの肩を抱き歓声を上げる。

 誰かが興奮した声で「見たか、今の鮮やかな解錠!」と隣に叫び、別の一人は蝋の棒を拾い上げて、まじまじと眺めていた。


「なあ、あんた」金庫の中身を覗き込んでいた別の男が、興奮した声で言った。「本当に礼を言うぜ。オレたち、こんなにあっさり開くとは思ってなかった」


 グライムを誘拐したことなどすっかり都合よく忘れ、まるで最初から頼りにしていた仲間のような態度で振る舞うが、彼はまったく気にしていなかった。


 それよりも、目の前のお宝だ。

 これは本来この時間に開けらるはずはなかったもの。

 つまり、この金庫の中には未来の情報が入っているのだ。


「礼はいい。それより、中身を確かめるぞ」

「せっかちだな。祝杯の一つを上げたっていいだろう?」

「そんなんだから、こそ泥にもなりきれないんだよ……」

「どういう意味だ?

「祝杯は捕まってからにしろってことだ」


 グライムのその一言に、男は片眉を上げたが、それ以上は聞き流した。

 男たちは金庫の鍵が開いたことに夢中になっており、グライムの言葉の真意までは気に留めていなかった。


 グライムはその様子を見て、少しだけ肩の力を抜いた。

 いつの間にか、グライムはこの素人の犯罪グループにとって、ちょっとした教師のような立場になっていた。

 まんざらでもない気分で、グライムは口を開いた。


「もう一つ、別の開け方も教えてやろうか。こっちのほうが手間はかかるが、蜜蝋がなくても――」


 その時だった。


 外の扉が、勢いよく蹴破られた。





 なだれ込んできたのは、衛兵の一団だった。


 覆面の男たちは逃げる間もなく取り押さえられた。

 地下室に響いていた歓声は、一瞬で悲鳴混じりの怒声に変わった。

 灯りが倒れ、床に散らばった蝋の欠片が踏み潰される。誰かが叫び、誰かが縄で縛られ、狭い地下室はあっという間に制圧された。


 油と蜜蝋には、それぞれ独特の匂いがある。

 倉庫から盗まれた瞬間から、カックラウはすでにその匂いを覚えていた。地下室まで辿り着くのに、さほど時間はかからなかった。


 それだけではない。油と蜜蝋を混ぜ合わせ、魔剤を溶かして固めるその過程で、ごく微量の魔力が発生する。

 魔法錠を無理やり開けたという行為そのものが、残留魔力という動かぬ証拠を新たに生み出し、臭いに頼るカックラウだけではなく、兵士たちも辿れるようになったのだ。


 匂いによる追跡と、魔力痕による証拠。二重に仕掛けられた罠だった。

 それを仕組んだのは、他でもないグライム自身だった。


 グライムも、覆面の一団と一緒に、後ろ手に手錠をかけられた。取り押さえられながらも、その表情には焦りの色はなかった。


「パットン……」グライムは連行されながら、隣を歩くパットンに声をかけた。「これはちょっと酷いんじゃないか?」


「当然だろう……」パットンは容赦なく言った。「オマエは牢にいたはずが脱獄し、盗まれた金庫を開けた張本人だ。誤解だとしても、しばらくそのままでいろ」

「違う。そういう意味じゃない。酷いってのはお粗末って意味だ。こんな手錠、簡単に鍵が開けられる」


 グライムは両手を持ち上げてみせた。手錠はすでに外れ、鎖だけがぶら下がっている。


 パットンは深くため息をついた。それ以上、何も言わなかった。呆れたような、それでいて少しだけ安堵したような息だった。


「まったく……。一日の間に、どれだけ人騒がせなことを重ねれば気が済むんだ」


 グライムは笑って誤魔化すと、連行されていく覆面の一団を見送った。

 誰の表情も見えないが、肩を落として歩く姿から、これからのことへの不安が伝わってくる。

 どこか別の場所で出会っていたら、もしかしたらという考えが頭をよぎる。

 だが、その想像がイメージ化する前に、オルドレン王子が拍手を響かせながらやってきたので、すぐに考えは消え去った。


「ようやく、この目で一部始終を見ることができた。オマケまで見られて大満足だ」


 その声には、隠しきれない上機嫌が滲んでいた。


 パットンは、そんなオルドレン王子の様子と、手錠を外して平然としているグライムとを、交互に見比べた。

 どちらにも、言いたいことは山ほどあった。だが、今はまだ、その言葉を飲み込んでおくことにした。


「カックラウ」パットンは声をかけた。「よく追い切った」


「臭いが強すぎて、逆に助かりました」カックラウは苦笑いを浮かべた。「あんな分かりやすい足取り、初めてだ。それも魔法の国で、こんな物理的な……」

「それも計算のうちだったんだろうな」

「でしょうね」

「本当に食えない奴だ……」


 衛兵たちが覆面の一団を一人ずつ荷馬車に乗せていくの最後まで見送ってから、グライムは金庫前まで歩いた。


 既にオルドレン王子が金庫中身を取り出していた。


「まさか魔法錠の掛かった金庫まで開けるとはな……。これには称賛を通り越して、少し恐怖を感じるよ」

「その言葉……自分も全くです」


 そう同調したのは、パットンでもなければカックラウでもなかった。

 グライム自身だ。


 グライムはオルドレン王子が手に持っているものを見て驚愕した。

 その手に持っているのは木片だった。


 一見ゴミにしか見えない木片は、リィーイヤ王国新たな秘宝となるものではない。

 あの金庫にも、いずれ鍵が届く。その時になって初めて、中身の意味がわかるものだ。


 そんなグライムの表情の変化に気付いたパットンは、少し心配そうな顔で聞いた。


「どうした? グライム」

「パットン……。オレの読みが甘かった」

「どういうことだ? 私にも、オルドレン殿下にもわかるように言え」


 グライムはオルドレン王子が持つ木片をじっと見るので、パットンもオルドレン王子も同じ様の木片に注目した。


「ルミナス暗号は最終手段じゃない。もう既に行われている。それが、ルミナス暗号を解くための台座の一つだ。これは天柱樹だ」


 グライムが称賛を通り越して恐怖を感じた相手。

 それはヴァレンだ。

 追い抜いたと思ったら、急に方向を変えられる。

 結果。また背中を追うことになってしまった。

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