第三部「誘拐」
グライムが連れ込まれた先は、空き家になった建物の地下だった。
灯りは一つ、天井から吊るされたランタンだけ。
周囲には、昼間馬車を襲った覆面の一団が、揃って待ち構えていた。
「静かにしてもらおうか」
覆面の一人が、グライムの口を塞いでいた布を外しながら言った。
声は若い男のものだった。
「静かにするかどうかは、そっちの態度次第だ」
「状況をわかってるのか」
「わかってる。がっかりしてるところだ」
「誘拐された、自分の間抜け具合にか」
誘拐犯の一人がおちょくって笑うと、下卑た笑いが伝染して広がった。
「間抜けを間抜けだと見抜けなかったことにだよ。てっきり知能犯が紛れてるのかと思ってた……」
グライムは椅子に座らされ、両手を後ろで縛られた状態のまま、余裕の態度で部屋の中を見回した。
壁には荷造り用の縄がいくつも掛けられ、床には土がそのまま剥き出しになっている。急ごしらえのアジトだなのが丸わかりだ。
長く使う場所ではない。壁際には、盗んだと思しき雑多な荷物が積み上げられている。行き当たりばったりの盗みを繰り返してきた形跡が、そこかしこに見えた。
覆面の一人が、部屋の隅に置かれた金庫を顎で指した。
それは昼間、オルドレン王子の馬車から盗まれたものだ。
「開け方を知ってるんだろう? 魔法錠のことを話してたのを聞いたぞ」
グライムはその言葉であることに気付いた。
馬車を見送りながらカックラウと交わした会話を、聞かれていたということだ。
あの距離、あの音量で盗み聞きできたのなら、この連中はよほど耳がいい種族なのだろう。
人間や大半の亜人には難しい仕事だ。
盗み聞きというのは大抵は風魔法が使われる。声の振動を風魔法が拾うのだ。それも、何時間もかけた緻密な計算な元で使われる。天候や風向きで簡単に無効化される。
こんなお粗末な盗みをする連中が使えるはずもない。魔法犯罪ではなく、他種族国家になる最中でよくある、種族による特性事件だ。
「聞いていたのかと」グライムは表情を変えずに言った。「なら話が早い。開けるには専用の魔道具が要る。オレは持っていない」
「んなもん信じるかよ」
覆面の男がグライムの襟元を掴んで凄んだ。
顔を近づけ、脅すように声を低くするが、グライムの表情はぴくりとも動かなかった。
「よく考えてみろ。簡単に開かないから、オレを誘拐したんだろう? 凄んだところで無駄だ。持ってないものは出せない」
男はカッとなったようだったが、すぐに我に返り、他の仲間と顔を寄せ合った。
覆面越しにひそひそと話し合う様子は、統率の取れた連携というより、行き当たりばったりの相談に近かった。
判断を仰ぐ相手もなく、ただその場で互いに顔色を窺い合っている。
誰も次の一手を決めかねている、それが手に取るように分かった。
グライムはその様子を見て、確信した。――この連中はヴァレンとは無関係だ。
ただの素人だ。もし裏に確かな筋があるなら、こんな段取りの悪い誘拐はしない。
指示系統がまるで見えないからだ。
誰かに雇われたにしては、逃げ道の詰めも甘すぎるし、そもそも金庫が魔法錠だと知りながら、開ける手立てを何一つ用意していなかった時点で、計画性のなさが露呈している。
「必要な道具を教えてやる」
グライムは呆れ混じりのため息を挟んで言った。
男たちの視線が一斉にグライムに集まった。
「いいか? その金庫を開けたいんだろう? 特殊な油と、蝋燭が要る。両方ともこの街にあるはずだ。今から言う場所に言って盗んでこい。方法なら教えてやる」
覆面の一人が疑わしげに訊ねた。
「なんでそんなに素直に協力する。オレたちを騙して逃げるつもりじゃないだろうな」
「逃げる気なら、とっくに逃げてる。オレも興味がある。久々に腕が鳴ってる。国が作った魔道具との対決も久しぶりだからな」
グライムは手首を縛っていた縄をいとも簡単に解くと、それを誘拐犯の一人に投げ渡しながら言った。
「おい! 勝手なことするな!」
「それはこっちの台詞だ。いいか? 盗む時にしっかり関係ない場所も荒らせ。欲しいものだけ盗んでくるな」
「やっぱり余計なことをさせて、騙して捕まえるつもりだな」
「欲しいものだけ引き抜いて持ってきてみろ。アジトまで餌をばらまいて鳩を引き寄せるようなもんだぞ。まず目的をあやふやにさせるんだ。真実をいくつも小分けにしろ。そうして一つずつ解かせるんだ。それだけこっちの自由時間が増える」
グライムの指示は的確で、すっかりこの犯罪者グループのリーダーのような立ち振舞になっていた。
覆面の男たちは互いに顔を見合わせ、やがて二人が場所を確認するために外へ出ていった。
残った者たちは、落ち着かない様子で部屋の中を行ったり来たりしている。
一人は金庫の周りをぐるぐると歩き回り、もう一人は壁にもたれて腕を組んだまま、グライムを警戒するように見つめ続けていた。
時間が経つにつれ、残った男たちの間にも、次第に落ち着きが戻ってきた。
グライムがどっしりと構えているせいか、伝染するように焦りが消えていったのだ。
誰かがグライムに水の入った器を差し出した。
「毒でも盛ってあるんじゃないかと思ってるなら、飲まなくていい」
「いや、もらう」グライムは短く言って、口をつけた。「意外と、あんたらは律儀だな」
「なんとなくだよ。なんとなく、あんたを殺す気にはなれない。あんた、本当に怖くないのか」
「怖がったところで手錠は外れないし、金庫も開かない。だったら、怖がるだけ時間の無駄だろう?」
「変な奴だな。まあいい。あんたのおかげで、今日はまともな稼ぎになりそうだ」
男はそれ以上は言い返さず、静かに立ち上がった。
地下室には、じっとりとした湿気と、古い木材の匂いが漂っていた。
グライムは縛られたていた両手の調子を取り戻すように、手首を回したり、何度も握って開いたりを繰り返す。
その横顔は、パットンと出会う前の仕事人の顔していた。




