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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
牢の至宝

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第一部「牢の中の男」

 手錠をかけられたグライムは、石造りの牢屋へと押し込まれた。


 鉄格子が閉まる音は思ったより軽く、錠前を通す音も、素っ気ないものだった。


 この街の警備を任されている者たちは、魔法を使えない犯罪者が自分から出頭してくるとは想定していない。

 大抵は現行犯だったり、連行中に暴れたりするので、この街より大きな牢がある街へ移されるからだ。


 だからこそ、扉の造りも鍵の質も、必要最低限で済んでいるのだ。


 看守は一言「大人しくしていろ」とだけ、面倒くさそうに言い残して去っていった。

 足音が階段を上り、遠ざかっていく。

 灯りが一つ。廊下の先でロウソクが揺れている以外の光源はなく、薄暗い周囲からは苔やカビの匂いが漂っている。


 グライムは牢の中央に立ったまま、しばらく耳を澄ませた。


 石の壁は思ったよりずっと薄い。呼吸の音まではっきり通る造りだ。


 三つ隣の房に、グライム以外の誰かがいた。

 衣擦れの音。座り直す気配。息を吐く長さから見て、若くはないが、老人でもない。どうにも年齢の見当がつきにくい呼吸だった。


「そこにいるんだろう?」グライムは声を落として、壁越しに話しかけた。「返事をしなくてもいい。ただ、聞いてほしいことがある」


 しばらく反応はなかったが、しばらくしてから乾いた笑い声が返ってきた。


「珍しいな……。牢に入って早々、隣に話しかけてくる新入りは」

「新入りらしくないか」

「らしくない。大抵は黙り込むか、喚くかのどちらかだ。そもそもこの牢に入ってくることが珍しい」


 グライムは冷たい石の壁に寄りかかった。


「聞きたいことがある」

「よく喋る犯罪者だな。それで捕まった口か?」


 相手はグライムを見くびっているが、グライムがそれを気にすることはない。

 むしろ下に見てくれていたほうが、相手が口を滑らせやすいのでもってこいだ。


 グライムはわざと当たり前のことから聞いていった。


「この国で魔法を使えない人間が犯罪を犯すのは珍しいのか」

「珍しいなんてもんじゃない」男の声には、あからさまな見下しが混じっていた。「この国で捕まる犯罪者は、魔法使いか、魔法を使える種族ばかりだ。魔法を使えない者なんてあっという間に見つかる。この国では、魔法による逮捕がそもそも許可されている。魔法を使えない者が犯罪を隠し通せるわけがない。この街の魔法を使えない犯罪者はとっくに逃げてるか、捕まって、別の大きな街や城の牢に入ってる。残ってるのは小悪党か、それにも満たない軽犯罪者みたいなもんだ」

「思っていたよりも……この国は徹底しているんだな。辺境でも魔法国家か」

「徹底も何も……それが普通なんだよ、この国では。自分で魔法国家って言ったばかりだろう。で、そういう君はどうなんだ」

「使えない。と思われている。確認はされてないからな」


「思われている……ね。カッコつけるな。聞いてみただけだ」

 男は含み笑いを漏らした。

「この牢に運ばれた時点で魔法が使えないのはわかってる」


 男の声を頼りに、グライムは牢の格子越しに隣の房の方向を見た。

 格子と格子の間から、細く灯りが漏れている。

 人影は見えないが、声の位置から推測すると、男は牢の奥に座り込んでいるらしい。


「もう一つ聞きたい。他に囚人はいないのか」


 グライムが聞くと、男は即答した。


「いない。オレ一人だ」


 グライムは落胆のため息を吐いた。

 声に出さないよう、肩が上下するだけのため息。

 魔牢の設計者は魔力を盗まれ、力を失った状態で、目立たない牢に入れられていると踏んでいた。


 ここにいる男はどう考えても違う。

 この程度の設備の手薄な警備。魔牢の設計者なら、普通の牢だとしても逃げ出す手段はいくらでもある。

 ここにいる理由は、よくいる堕落した犯罪者だからだ。

 ここいれば屋根はある。

 考えるのが面倒くさくなった犯罪者の行き着く先の一つが牢だ。

 先は追放か処刑かわからないが、今日生きる場所を確保できる。

 

 グライムは当てが外れた以上、ここに長居する必要はないと判断した。


 その場に腰掛けると、手錠にかけられた両手をごそごそ動かし、指先で探った。

 石の床は、長年の使用でところどころ欠けているので、角の擦れた部分から、小さな砂利と石片が採れる。

 グライムはそれを指の間に集めながら、話を続けた。


「まあ、ここで会ったのも何かの縁だ。一緒に出るか? こんなザル警備の牢屋だ。どうせアンタの罪状は食い逃げくらいのもんだろう」

「食い逃げね……。そう見えるか?」


 男は自嘲混じりに言った。


「見えるというより、大した犯罪が出来そうな度胸はない。声の調子でわかる。アンタ、本当は結構小心者だろう?」

「……君は一体何者だ」



 グライムは答えなかった。

 代わりに、集めた砂利を手錠の鍵穴に詰め込んだ。

 金属が引っかかりながら擦れる小さな音が響く。


「来ないのか?」


 グライムは、手錠の鍵穴に砂利を詰めては、雑にガチャガチャと引っ張った。


「行くも何も……」男の声は、はっきり訝しんだもに変わっていた。「牢の中から声をかけてどうする気だ」


 ガチャガチャなっていた音がしなくなったかと思うと、カチャリと今まで違う音がした。

 手錠が開く音だった。


 グライムは手首を回して、外れた手錠を静かに床に置いた。

 それから、自分の牢の格子の鍵穴に手をばし、錆びているのを確認すると、道具も使わずに簡単に開けた。


 数秒後、格子の扉が開く音が小さく響く。

 グライムは廊下に出て、三つ隣の房の前に立った。

 男がいる房だ。


 房の中から、外にいるグライムの姿を確認した男が驚愕した。


「どうやった!?」

「どうって」グライムは肩をすくめた。「ボロい牢に、ボロい手錠だ。砂利で削れば鍵穴はフライパンみたいに滑らかになる。簡単に開くぞ。両手が自由なら、内側から牢の鍵を開けるくらいわけない。この程度ならな。外側からなら、もっと簡単だ」


 グライムは男の房の鍵穴にも壊して、手早く錠前を外すと、扉を片手で優雅に押し開けた。

 まるでレディーを部屋に招き入れるような仕草だった。


 その瞬間男の目の色が変わった。

 死んだ魚のような目に、一気に光が宿った。


 グライムは男の手錠の鍵穴にも砂利を詰めて開けた。

 ここは腐っても牢だ。古くて手入れされていないとは言え、脱獄できないような強固な素材の壁になっている。


 腐食した鍵穴を開けるなど、理由がなかった。


 男は牢の中で立ち上がりながら、警戒した目でグライムを見た。


「凄いな……。いや待った……囚人はオレ一人だった。そして君が増えて二人だ。すぐに看守に気づかれるぞ」

「囚人は少ないほうが脱獄しやすい。まあ、本当は一人で出るつもりだったんだけどな。さっきも言った通り、これも何かの縁だ」


 男は牢の入口から出ると、警戒して動きを止めた。


 その時、灯りの下で、初めてその姿がはっきりと見えた。

 人間にはない長い耳。エルフの特徴だ。

 だが、その顔にも髪にも、若さと呼べるものはほとんど残っていない。

 皺が深く刻まれ、髪は白く乾いている。

 不老と呼ばれる種族のエルフにしては、あまりにも老いていた。


 グライムはその顔を一瞥したが、何も言わなかった。

 今はまだ、やるべきことがあるからだ。


「服を脱いでくれ」とグライムは言った。

「は?」

「アンタの服をオレが着る。オレのと交換するんだ」


 男は戸惑いながらも、グライムの目を見て、それ以上の問いを飲み込んだ。

 この状況で問答している余裕がないことは、囚人生活で身についた勘で分かっているようだった。


 グライムは自分が着ていた、事情聴取のために連行された男の服を脱ぎ男に着せた。


「行け」と下着姿のグライムは言った。「そっちは堂々と表玄関から出ろ。看守に見つかっても、聴取が終わって帰されたと言えばいい。今の姿なら通る」


「本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫にする」


 男は迷った様子だったが、こんなチャンスは二度と来ないと覚悟を決めると、頷いて廊下を歩き出した。


 グライムは残った牢と向い合せの老化にある壁際にある燭台に手をかけた。古い燭台だ。

 壁に埋め込まれた金具が緩んでいたので、軽く揺すると、あっさりと外れた。


 金属の燭台を手にしたまま、グライムは壊すかのような勢いで扉に体をぶつけた。

 わざと大きな音を立て、それから外へ続く廊下に向かって、大声を張った。


「誰か来てくれ! 脱走だ! 脱走した!! やられた! 装備を盗まれた!!」


 声が石造りの廊下に反響する。


 隣の詰所から、すぐに足音が近づいてきた。

 靴音がダカダカと鳴り響き、鍵の束が鳴る音が何度もチャッチャッとなった。

 物音だけで、兵士が焦っているのがわかる。

 

 扉が開き、兵士が飛び込んできた。


 兵士の目に映ったのは、下着姿で立っているグライムだ。

 明らかに見え覚えのない顔を見た兵士は、薄暗い牢の中でも一瞬で状況を把握した。

 つまり長年牢にいた男が消えたのだ。


 駆けつけた兵士は空の牢を見て、顔から血の気を引かせた。


「予備の装備の場所は分かるな?」


 兵士はグライムに向かってそう言った。

 下着姿のグライムを、同僚の兵士だと勘違いしたようだった。

 手には燭台を持っており、一瞥しただけでは、なんとか武器になるものを握って、囚人の脱獄に抵抗したように見える。


 兵士は混乱のあまり、目の前にいる人物の正体を確かめる余裕もなかった。


「ここは任せた」


 兵士はそう言い残すと、報告のために慌てて駆け出していった。

 グライムはその後ろ姿を見送りながら、わずかに眉を寄せた。

 思い描いた予想と違うからだ。


 この芝居は、兵士に不審を抱かせるのが目的だった。

 時間を稼ぎながら、牢から少しずつ離れていくための、いわば拙い口実のつもりだったのだがだが、思っていた以上に効果があった。

 いや、あり過ぎた。

 兵士は疑うより先に、パニックを起こして持ち場を放棄した。


 こんな手薄な警備な牢屋なのに、逃げられたら困る。そんな矛盾が満ちていた。


 グライムは急いで、廊下に用意されていた予備の装備の中から適当な服を選んで着替えた。

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