第四部「歓喜の脱獄」
パットンがグライムの不在に気付いたのは、朝食後しばらくしてからのことだった。
いくらなんでも姿を見せなさ過ぎる。
荷物はある。城の外へ出た形跡もない。
しかし、肝心のグライムがいない。
パットンは廊下を歩きながら、グライムが昨日言ったことを思い返した。
『城の中を歩き回って、他国だって自覚するんだよ』
つまり、城の中で行方不明になった可能性が高い。
いくらグライムでも、他国の城を黙って抜け出すわけがないとパットンは思っているので、すぐにオルドレン王子がなにかをしたと考えた。
カックラウを呼び、いつでも剣を抜ける準備をしろと言うと、その瞳の力強さに思わずカックラウが一瞬たじろいだ。
そうして、オルドレン王子の執務室に向かうと、あっさりと迎え入れられた。
王子は書類の前に座っていた。
素知らぬ顔で、いつものオルドレン王子顔で。
パットンはその顔を見ながら、何を言うべきかを考えていた。
グライムの姿見つからず、思わず勢いに任せて出てきたが、オルドレン王子が敵か味方か。
今がその確認ができる場面かもしれない。
思いがけずの好機に、言おうか言うまいか、パットンは一瞬迷った。
その一瞬の間を使って、オルドレン王子が口を開いた。
「もしかして……ヴァレン王子と通じているのか?」
パットンは動かなかった。
いや動けなかった。開きかけの口を閉じることさえ出来なかった。
自分が言おうとしていた言葉を、向きを逆にして言われたのだ。
まるで、オマエがグライムをどこかにやったのだろうと。
「どういう意味だ」
パットンは静かに言った。
「グライムが牢に入ったと連絡が入った。魔牢ではなく、一般牢にだ。ヴァレンにこの国のなにを探れと言われた?」
今まで好意的な態度を見せてきたオルドレン王子が、初めて敵対心をあらわにしてパットンを睨んだ。
次の言葉一つで戦争が起こりそうなほど、緊迫した長い一瞬間が訪れる。
おそらく今のタイミングでなにを言ったとしても、グライムがいないこの状況で、2つの同盟国の関係が悪化する――はずだった。
「脱獄です! グライムが囚人を連れて脱獄しました!!」と兵士が慌てて報告に来たからだ。
「朝に先日の犯人が自首した報告を聞き、ついさっきグライムがその犯人と入れ替わり、牢に入ったと連絡が来たばかりだぞ! それで今度はすぐに脱獄の報告か? そんな立て続けに行動出来るか!」
城に近い街だと行っても、城下町ではないので移動に時間がかかる。
街まで行った頃には、グライムも囚人も姿を隠しているか、逃げ延びている。
立て続けに兵士が連絡に来たということは、そういうことだ。
修正する間もなくグライムが行動を起こしたせいで、連絡兵を多数出すハメになってしまった。
つまり、街の兵士の数が減っている。警備が手薄になっているということだ。
これは完全にグライムが起こしたこと。
なにをしているかわからないが、今は身を案じるより、パットンは彼を信じることにした。
やるべきことは“共通の敵”は誰かと認識することだ。
オルドレン王子は一度はヴァレン王子と呼んだが、次にはヴァレンと呼び捨てになっていた。
緊急事態で化けの皮が剥がれたのだ。
だが、化けの皮が剥がれても、オルドレン王子は間違いなく誠実な人間だ。
少なくともパットン側に対しては。
だから、パットンは彼にわかるように言った。
「……オルドレン王子。グライムならやってのけます。だが、その前にヴァレンについて話があります」
「今は! 待った……今、ヴァレンと言ったな?」
「はっきり言いました。この口でヴァレンと」
パットンがまっすぐ目を見ると、オルドレン王子は兵士に「街に向かう準備をしろ」と命じた。
「ご迷惑をかけます……」
こちらの意図を理解したと思い、パットンは感無量で頭を下げたが、下げるところを兵士に見られる前にオルドレン王子が肩を掴んで止めた。
「悪いが急ぐ。一通りの謝罪は済んだことにしてもらいたい」
「それは……?」
騙し、迷惑をかけているのはこちらなのに、オルドレン王子はなにを言っているのだとパットンは思ったが、次のオルドレン王子の言葉を聞いて、意図は7割程度しか理解していなかったのだと肩を落とした。
「今度こそ、この目でグライムの推理が見られるぞ! 一番速い馬を用意させろ!!」




