第三部「自白の交換」
聞き込みは長くなった。というよりも、グライムがわざと長くした。
最初の証言者は魔法の光を見た者だった。
どんな光だったか。どこから来たか。どれくらいの時間続いたか。
グライムは一言ずつ丁寧に確認した。
二人目は荷台の近くにいた別の商人だった。
木箱がなくなった瞬間を見たか。どの方向に誰かが動いたか。などの関係あることから、全く関係のない、今日食べた朝食のメニューなどを聞いた。
三人目は広場の端にいた子どもだった。
何を見たか。
話が脱線しても、すぐに戻すことなく、グライムはじっくり耳を傾けた。
オルドレン王子は最初、興味深そうに聞いていたが、三人目を過ぎたあたりから、期待していたものと違うという顔になってきた。
グライムが次々と鮮やかな推理を展開することを期待していたのが、地道な聞き取り作業が続いているからだ。
四人目、五人目と続けてるうちに、オルドレン王子が動きを見せた。
「証拠は多いほうがいいだろう。少し別の場所を見てくる」
「私もご一緒します」
パットンが言うと、すぐに護衛が取り囲んで安全を確保した
そうして、すぐに二人は喧騒を離れていった。
護衛は一人。グライムの近くに残っている。
グライムは次の証言を聞き終えてから立ち上がると、護衛がすぐとなりに寄り添った。
「証言の裏付けで別の場所を確認する。市場の通路を歩く」
「お供します」
「一人でいい。離れて護衛してくれ」
「しかし」
「一人の方が話しかけてもらいやすい。二人だと相手が警戒する。それも兵士だ。遠くから見ていてくれ。事件解決はオルドレン王子のためでもある」
護衛は少し迷ってから頷いた。
グライムは市場の通路に入り、角を曲がり、また角を曲がった。そして、また角を曲がった。
つまり、四角い区画を一周して戻ってきただけだ。
グライムは、気にせず同じようにもう一周する。
そして、三周目に入った時、途中で兵士がグライムの姿を見失った。
兵士を巻いたグライムは、全く迷いのない足取りで路地の入口に出る。
そこに三人いた。
成人した人間族が二人と、広場で光を出した妖精族の若い女が一人だ。
三人ともグライムが来たことに気づいて動いたが、グライムが両手を上げて無抵抗を見せると立ち止まった。
「捕まえに来たわけじゃない。話をしに来た。どうせこの路地の出口はもう確認してる。逃げ場は複数ある。オレが後ろを塞いでも、魔法で上を越えられる。捕まえるどころか、追いかける気はない」
三人は止まったが、距離を保ったままだった。
グライムは言葉を続けた。
「聞きたいのは理由だ。残留魔力がこの国では指紋より確かな証拠になることは知ってるはずだ。なぜ魔法を使った? ……言っておくけど、今この場で捕まえるのが不可能なだけだ。オレが複合魔法だと伝えれば、魔法の光から妖精と人間が手を組んだことがバレる。人間が魔法を使う時は、魔道具か紋章が必要だ。魔道具を使わない時の紋章は消せない。そのせいで光の色が変わった。目眩ましのつもりが、わざわざ証拠を残したってわけだ。もしも、詳しく話してくれるなら。市場の食べ物と一緒に飲み込もう」
一人の人間がグライムに食ってかかろうとしたが、もう一人の人間が手で制した。
「やめてけ。どう見ても同業者だ。ここでアイツが大声を出したら、巻いた兵士がすぐに駆けつけてくるぞ。用意周到なやつだ……いつから情報を知っていた?」
「アドリブだよ。用意をするなら、オレ場合は品物を盗まない。盗まず盗まれたと叫ぶ。そうすれば、商人たちは荷物の確認をせざるを得ない。商人が自ら商品を宣伝してくれるんだぞ。それも、犯人じゃないとわかった途端に隙が出来る。フリーパスを手に入れたようなもんだ」
グライムが右手を高く上げた。
なんの意味もない動作だが、それが合図だと思ったのか急に喋りだした。
「魔法で儲けてる奴がいるなら、魔法で損してる奴もいる」
「それをもう少し詳しく聞かせてくれ」
女はしばらく黙っていたが、壁に背をつけると、ポケットから薬草を取り出し、パイプに入れ火を付けた。
ぱふぱふと短い煙を数度吐き出し、夕日のような真っ赤火種を作ると、ゆっくりと煙を吸い込み、空に昇らせるように吐いた。
「……この国では、国の役に立つ魔法しか許可されない。治癒、建築、農業、防衛。それ以外は申請して、認可が下りるまで使えない。認可まで何ヶ月もかかる場合がある。その間も生活は続く」
「認可外の魔法を持っている種族はどうしてる?」
「登録だけして使えない状態でいる。だから報酬もない。魔法を使わない仕事は、人間族だけで回っている」
妖精族の女は吐き捨てるように言った。
煙が雑に広がり、路地の影に消えていく。
グライムは煙を目で追い、少し間を置いた。
「国が認可する分野の魔法だけを残して、それ以外は自然に淘汰される方向へ誘導している可能性がある……。特定の分野の技術を集中的に育てて、そうでない者は経済的に追い出す。制度としての差別は見えにくい。誰かが意図してやっていれば、なおさら証明しにくい」
「証明できない。だから私たちも大きく動けない」
「でも、今日は動いた。なにがあったんだ?」
「この街のものか?」
「いや、違う」
「この国のものか?」
「いや。どっちかというと、この国を疑ってる側だ」
グライムははっきりと言った。
そっち側だと匂わせてるわけではない。この国の矛盾に気付いていると匂わせたのだ。
そして、それはすぐに伝わった。
「この国の重罪人はどうなるか知っているか?」
「魔牢行きだろう? 見てきた」
「魔牢はカモフラージュだ」
「それはない。あれだけ複雑な魔力の構造物は他にない。確かに欠陥はあったが、カモフラージュに作るようなものではないだろう」
「でも、カモフラージュだ」
グライムはしばらく路地の壁を見た。
粘りたかったがこれ以上話すことはなさそうだ。
兵士が見つける前に解放したほうがいい。
「今夜は帰れ。今日の件の捜査記録の方向は、別の方向へ向けておく。そうすれば時間が稼げる」
「なぜ見逃す?」
「犯罪の目的を確認したかった。目的が分かれば、何が起きているかの輪郭が見える。オマエたちを捕まえることは目的じゃない」
女は二人に先に行くように言うと、グライムに一言残してから消えた。
「この国の重罪人は魔力を盗まれる」
グライムが市場に戻ると、パットンとオルドレン王子がいた。
ちょうど、グライムが消えたと兵士が報告しているところだった。
オルドレン王子が問題ないと兵士をどかせると、グライムは早速虚偽の説明をした。
グライムは聞き込みの結果として、光の出所の特定が困難であること、木箱の行方については手がかりが複数あるため引き続き確認中であること、残留魔力の解析には専門家の協力が必要なことを伝えた。
今日中の解決は難しいという結論にした。
それを聞いたオルドレン王子は、腕を組んで残念そうな顔をした。
「推理の場面を見られればよかったと思ったのだが……」
「機会があれば」
グライムは柔和な笑顔で言った。
城に戻ると、グライムはパットンに路地でのことを話した。
「魔法の選別が起きている可能性がある」
「国が認可する分野の魔法だけが生き残り、それ以外は経済的に追い出されるということか? 意図してやっているとすれば、特定の分野の魔力を集中的に育てる戦略になる。まるで戦争の準備だ。それが武力戦争か、経済戦争かはわからないがな……」
「それともう一つ、重罪人は魔法が盗まれると」
「この城でか?」
「もしくは――この国で、かだ」
「オルドレン王子がそれを知っているかどうかがわからない。そういうことだな?」
「確かめようがないってことだ」
グライムがため息をこぼすように言うと、パットンの声が強くなった。
「焦るなよ、グライム」
「わかってる」
「わかっていないから、念を押してるんだ。なにか企んでる顔をしてるぞ」
「国家転覆とかか?」
「ここは辺境の屋敷ではない。冗談でも言うな……」
「わかったよ」
グライムはドアに向かって歩き出した。
「どこに行くつもりだ」
「城の中を歩き回って、他国だって自覚するんだよ」
部屋を出てすぐ、グライムは動いた。
昼間に路地で会った三人のうちの一人、人間族の男の片方と接触を取っていた。
自分の背丈と近い方だ。
市場での聞き込みを装いながら、別の情報を渡すついでに話をつけていた。
だから、逃げ出す場所がわかっていたし、三人はすぐに遠くまで逃げることはなかったのだ。
そして、グライムが聞き込みの時に言った言葉は「オマエが一人で罪を被り、自首をしろ」だ。
夜が深くなってから、グライムは兵士の装備一式を倉庫から盗み出し変装した。
城を抜け出し、近くの街を目指す。
一方――。
翌朝早く、市場の入口近くで、一人の男が巡回中の衛兵を呼び止めた。
「昨日の盗難事件について話があります。私は関係者です。自首します」
思いもよらぬ申し出に、衛兵は顔色を変えた。
昨日から街中を騒がせている事件の関係者が、自ら名乗り出たのだ。
衛兵は男を逃がすまいと、そのまま事情聴取のため詰所へ連行した。
自首した男は、昨日グライムたちが路地で見かけた人間族の男だった。
男は事情聴取室へ通され、椅子に座らされる。
しばらくすると、男を連れてきた衛兵に別件の呼び出しがかかった。
「少し代わっていてくれ」
そう言い残して衛兵が部屋を出ると、入れ替わるように別の警備兵が入室してくる。
その警備兵こそ、衛兵に変装したグライムだった。
扉が閉まるのを確認すると、グライムは低い声で言った。
「予定どおりだ。服を脱いでくれ」
男は迷いなく頷き、兵士の目を気にすることもなく服を脱ぎ始める。二人は手早く衣服を交換し、男は衛兵の制服を、グライムは男の服を身につけた。
変装を終えた男は、何事もなかったかのように衛兵として事情聴取室を出ていく。
そして残されたグライムは、自首してきた男になりすまし、椅子に腰を下ろした。
後はスムーズに牢へと送られた。
魔法を使えないので、城の魔牢ではなく、この街の別の建物にある通常の牢だ。
物理的な格子と錠前で構成されている。魔法的な制限はない。
グライムの腕にかかれば、ものの数分で脱獄が出来る。
だが、脱獄するのが目的ではない。
魔法を使えない牢にいる者に会うのが目的だ。
そう、この牢にいるはずなのだ。――魔牢を設計したものが。




