第二部「牢に入るには」
グライムがボンドに海賊ワインで個別の暗号を送った日。
辺境の屋敷で、グライムは書類を整理していた。
アモーレが持ち帰った資料に書かれていた設計者の情報。
最後の記録は辺境に近い地名が書いてあった。だが、以降の動向がわからないままだ。
追う糸は確かに存在しているのだが、引いた先の形が全く見えない。
それと並行して、オルドレン王子のことが頭にあった。
リィーイヤ王国の王子。
魔牢の件でグライムを名指しで呼び寄せ。
アモーレの件では、小皿が戻ったことを喜んだ。
グライムの動きを観察することを楽しんでいた。
敵ではないかもしれない、という考えが引っかかっていた。
確認するための最も直接的な方法は、オルドレン王子が管理する城から出ることだ。
この城には魔牢しかない。一般牢はまた別の場所で管理されている。
魔法が発展した国の、魔法を使えない犯罪者。彼らから話を聞ければと考えていた。
それも看守や兵士としてではなく、同じ立場から、同じ高さの視点からの情報が欲しい。
「牢に入りたいのだろう」
パットンが言った。グライムが口を開く前だった。
「驚いた。いつから頭の中を覗けるようになった」
「そう思うなら口に出すな……。それもギリギリ聞こえるような小さな声で」
「おかげで気になるだろう? 声のトーンを落とすと、人は必要以上に気にするもんだ。今晩の夕食の内容でもな」
「絶対に駄目だ」
「理由を聞かせてくれ」
「他国での故意の犯罪だ。外交問題になる。それ以前に、相手の意図が分からない段階で自ら手を差し出すな」
「まるでオレが犯罪を起こしてわざと捕まるみたいな言い方だな」
グライムはおどけて言うが、パットンの眉間のシワが消えることはなかった。
「……わかった。その通りだ。でも、それが一番手っ取り早いだろ」
「確認したいなら別の方法がある。今、怪しまれない手続きを、カックラウと一緒に考えている」
「別の方法だと時間がかかるだろう」
「時間がかかってもいい。今は焦る状況ではない」
「手詰まりになってるだろう。十分焦る状況だ」
「手詰まりに見えているだけかもしれない。焦った状態で動いた結果と、待った結果を比べてみろ。ここは王都じゃない。ましてや王都管理の辺境の地でもない。他国の領土だ。焦ったところで出来ることはない。そうだろう?」
グライムは机の上の書類を見ると、細く息を吐いて感情を押さえた。
今回はパットンの言い方は正しい。焦りから動いて良い結果になったことは、思い返せる限りでは少ない。
「しばらく外へ出た方がいい」パットンは言った。「城の近くに街がある。市場が出ている。気分転換に行かないか? このタイミングで言うと、怪しさが拭いきれなくなるが……実は誘われたんだ」
「オルドレン王子にか?」
「そうだ。部屋にこもって考え頃をしてるオマエを心配してだ。護衛付きの馬車で、ということになった」
「オルドレン王子が来るなら、直接観察できるな」
グライムの表情が明るくなったのを見て、逆にパットンの表情はどんどん暗くなっていった。
「観察するのはいい……。しかし手を出すな」
「わかってるって」
「本当にわかっているのか?」
「わかってない。手を出すって言ったら納得するか?」
「するわけがないだろう……」
「じゃあ聞くだけ無駄なのもわかるだろ」
グライムからの返事がわかっていたかのように、馬車は既に万全の状態で待機されていた。
なんの障害もなく、馬車は城から街へ向かった。
街に近づくにつれて、窓から見える景色が変わっていく。
建物の様式が、複数の種族の影響を受けて混ざり合い、独特な雰囲気を醸し出している。
人間の石造りの家が土台になり、エルフ族の木組みが組み合わさり家壁は高く伸び、妖精族が好む曲線的な窓装飾が目立つ。
そして、花や植物が溢れるカラフルな町並み。
まるで一つの巨大な芸術作品のような街だった。
王都の城下町とはまた違う、他種族国家の色合いが出ている。
市場の入口に馬車が止まり、三人が降りた。
「驚いた……。話には聞いていましたが、ここまで魔法が自由なのですね」
パットンは馬車から降りるなり、その光景に目を奪われていた。
花の香りを運ぶのは風だが、自然な風ではない。
魔法によって起こされた風が、商品の宣伝のために匂いを流す。
特別な魔法の光が、店のシンボルのように光っている。
この街では人の流れの他に、商業的な魔力の流れがある。
ここに済む種族は、人間も含めて、ある程度自由に魔法が使えるのだ。
「だから魔牢というシステムが生まれたんです。自由とは制約の監視下にこそ生まれるもの。そう思いませんか?」
「誰かに聞かせたい言葉です」
パットンが横目でグライムを見るが、グライムは彼の言葉に反応しなかっった。
代わりにじっと町並みを眺め、そこを行き交う人を観察していた。
エルフ族が故郷の森の染料で染めた深緑の外套。
妖精族の羽が日差しを受けて虹色の光を散らし、落ちる誰かの影にお洒落をさせる。
トレント族の木の皮に近い肌が通りを歩くと、深い緑の香りがする。
魔族の紫がかった眼がこちらを一瞥して通り過ぎる。
「この国は種族が多いですね」
グライムは言うと、すぐにオルドレン王子が答えた。
「積極的に受け入れてきた結果です。我が国の魔法の研究は最先端と言ってもいいでしょう。魔法を使える種族が自然と集まる。治癒、建築、農業、防衛、それぞれの分野で異なる種族の魔法が役立っている。我が国の発展はその多様性に支えられている部分が大きい」
「制度はどうなっているのですか?」
「登録制です。魔法を使える者は全員、登録が必要。魔力性質。つまり魔力の指紋のようなもの登録した上で、国の認可した範囲内で使用できる。認可外の魔法を使いたい場合は申請する」
「認可の基準は」
「有益かどうか。国と市民の生活に役立つ魔法かどうかを審査します」
グライムは市場の中へ歩きながら、その言葉を頭に入れた。
役立つかどうかを国が決める。それ以外は申請が必要で時間がかかる。
だが、それ以上に気になったのは市場の構造だった。
主要な入口が二つ。通路は格子状が多い。広場が奥に一つ。
人の流れは屋台の配置によって都度変わる。
人気店により、密度が高い場所と低い場所が交互に現れる。
盗難が起きやすい条件が見事に揃っていた。
そして、グライムの考えを裏付けるように、広場に入った瞬間、前方で光が弾けた。
橙色の閃光だった。
妖精族が魔法を使った時の光に似ているが、色が違った。
通行人が驚いて足を止め、視線が一点に集まった――その三秒後、女性の悲鳴が響く。
それを皮切りに、ざわつきが潮騒のように広がった。
そのなかでひときわ大きな声が響く。
「盗まれた!」
広場の端でエルフの商人が荷台を押さえていた。
上に積まれていた木箱が一つ消えていると周囲に賢明に説明し、行方を知らないかと聞いていた。
グライムは光が起きた場所と、商人の荷台の位置を同時に確認した。
距離がある。光は広場の中央で、荷台は端だ。
人の流れが光の方向へ集まり、端は無人に近い状態になった。
その隙に木箱が消えた。
グライムは周囲の視線に逆らうようにして、広場を見渡した。
妖精族の若い女が中央に立っていた。妖精族と言っても森の花に寄るようなタイプではなく、人間と背丈が変わらないタイプの妖精だ。
手で口元を隠し、驚いた顔をして周囲を見ている。
演技だと、グライムは見破った。
驚くのは当然だが、彼女が周囲を見る必要はない。
殺人事件ともなればべつだが、盗まれたものがわかっている状況で、周囲をキョロキョロ見るのは自分と同じ目的。
つまり、犯人を探す者がする動きだ。
グライムはそれを確認してから、広場の外側の路地に視線を動かした。
路地の奥に、喧騒から逃げるように木箱を抱えた影が走って消えるのが見えた。
視線の動きは、仲間への合図だった。
グライムはすぐに衛兵を呼ぼうとしたが、手を上げたまま止めた。
オルドレン王子がこちらを見ていたからだ。
期待している目だ。グライムの動きを観察したがっている。
つまり、逆に観察するチャンスにもなるということだ。
グライムに視線を向けられたパットンは、彼の目を見て目的を理解した。
グライムはオルドレン王子に向かって、ほんの少し視線を動かしたからだ。
パットンはオルドレン王子の方へ向き直った。
「何が起きたのか確認しましょう。証言を集める必要があります」




