↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王賊 Crown & Crime  作者: ふん
居場所の値段
6/162

第二部「ハーピーの踊り」

 外に出ると、寄り道をすることまっすぐにパットンが選んだ家へと向かった。


 そこは石造りの建物が並ぶ通りの一角にあり、家の前の看板には「万族対応」と書いてある。

 異種族の流入が増えてから、こういう商売が成り立つようになった。


 二人は一階を軽くまわると、二階にまで上がり、一番広い部屋を見渡した


「どうだ。いい部屋だろ。よく日も入る私の書斎にしたいくらいだ」


 既にパットン部下が掃除の手配をしており、家具付の立派な一軒家は、既に生活のニオイがしていた。

。

「こんなとこに本を置いたら日差しで褪せるのが早くなるぞ」

「わかってる……。本を読んだら気持ちいいということだ」


 パットンはムッとして揺り椅子に腰掛けると、窓から優雅に流れる街の時間を見下ろして眉間のシワを伸ばした。


「おい、パータ……。なにやってるんだ」

「荷物を運ぶ前の一休みだ。心配するな私のものは私が運ぶ」

「何言ってんだよ……こんなところ住むわけがないだろう。なに考えてんだ?」

「こんな一頭地は他にないぞ。誰も買えないから余ってるんだ。有効利用するにはちょうどいいだろう」

「あのなぁ……。誰も買えない土地を買ったら、誰もが知ってるやつになるだろ? それは王子のアンタでも、王子の影になって動くオレにしても都合が悪いだろ。こんなの急にポンと買うやつは、貴族か豪商か王族に決まってる」


 パットンは再びムッとした。だが、今度は自分の浅はかな考えにだ。

 自分の【ある計画】のために 犯罪者のグライムを利用する。それにはグライムの存在が、城の人間であっても他にバレては困るのだ。


「言っただろう。自由の身ではないぞ」

「こんないい家に住んでるのにか? 使用人はどうする? まさか城から派遣するつもりか? 言い訳は? 住民の噂話からオレの存在がバレるぞ」


 グライムがあっという間に欠点を上げると、パットンはまいったと頭を振った。

 反論の余地もない。グライムの言う通りだった。


 そして、その一瞬の間に、亜人の男が二人の間を割って入ってきた。


「すまん」と通り抜ける亜人に向かって、グライムは「気をつけろ」と軽く怒鳴ったが、亜人はそのまま喧騒に消えていった。


 グライムはその一瞬のやり取りの間に手渡されたメモを読み上げた。


「そうだ。南区画の通り沿いに、最近空きが出た集合住宅があるを知ってるか?」

「なんでオマエがそんなことを知ってる」

「逆に聞くけどよ。なんで知らないと思ってる? だからオレに力を借りたいんだろう」

「怪しい……」

「そりゃそうだろう。パーター……今のアンタから見たら、今日のオレの朝食だって怪しいところだらけだ。不動産まで疑う気か? だとしたら、もうオレの問題じゃないだろ。国の崩壊の危機だ。違うか?」

「わかった……」パットンは口では敵わないと諦めた。「だが、私たちは行かない。部下に借りさせる。いいな?」

「どうぞ」


 パットンの考えでは不動産とグライムが裏で組んでいると思っていた。

 なので、彼が「待った」と付け加えた時、内心キタと興奮していてた。


「どうした? 問題でもあるか?」

「城下町の本通りにある、あの立派な飯屋があるだろ。あそこが怪しい……部下に予約を取らせるべきだ」

「……行くぞ」

「飯の予約か?」

「部屋を見に行くんだ」

「部下は?」

「もう指示は出した」

「それじゃあ、やってることオレと変わんないだろ」

「いいから黙ってついてこい」

「それはオレの台詞だ。指示は出せても、結果を受け取ることは出来ないだろ? 場所わかるのか?」


 一瞬優位に立ったと思ったパットンだったが、すぐにグライムへのペースへと戻された。

 

 二人がついた場所では、縦に長い建物が二棟並ぶ通りだった。

 一階と二階で部屋が分かれていて、それぞれ窓が、一階は表通り向き、二階が裏通り向きになっている。

 情報が集まりやすく、人の出入りが多い通りの近くという、まさにうってつけの物件だった。


「こちらです」


 既にパットンの部下の一人が、家の前に立っており、すべて手続きを済ませていた。


「ご苦労。カックラウ」

「契約はすべて済ませています。移動するなら今日にでも」


 パットンにカックラウと呼ばれた長身の男は、パットンの私兵であり、パットンの命令にだけ従う部下の一人だ。

 つまり地下牢の見張りでもあり、グライムの性格も知っている。

 カックラウは、パットンよりも輪をかけたような真面目な性格なのでグライムとは相慣れない。

 今もグライム全く無視で、パットンにだけ視線を向けている。

 


「まだ住むって決めてもないのにか? さすがパーターの部下だな」

「カックラウは優秀だからな。一を聞いて三動く男だ」

「バカ犬だって言ってんだよ。名前を呼ばれたら、ワンって鳴いて、尻尾を振って、それを追いかけ回すんだろ? そこらの犬だって、一聞いて三動くぞ。マーキングも含めれば四だな」


 グライムはバカにしたように言うが、まるっきり的外れでもない。

 カックラウはパットンの忠犬。それは比喩ではない。

 彼は犬の獣人であり、他の二人の部下も獣人だ。

 三獣士と呼ばれ、パットンの命令を秘密裏に遂行する者たちだ。


「周辺には香草を売る店と古道具屋がり、ほとんどが二、三階建ての石造りの建物です。特徴もない建物の割には、他種族が移動する通りにも面していて、身を隠すには最適化と」


 カックラウの説明を真面目に聞くパットンだったが、その隣りにいるはずのグライムはいつの間にか姿を消していた。

 家から出たわけではない。裏通りが見える二階へと上がったのだ。


 グライムは窓の外を眺めていた。

 表通りの人の流れ、香草屋の軒先、向かいの建物の窓。

 言葉からの想像だけでは足りなかった、実際の光景を見て情報を整理していく。


 先程、すれ違った亜人はボンドとグレッチェンの二人だ。

 盗みをしたときと全く同じ手法を使い、グライムに情報を書いた紙を渡したのだ。


 パットンからの監視から逃れるのは不可能。

 だが、ここは表と裏の通りを隔てる壁のような存在の家だ。

 深い情報は流れ込んでこなくても、浅い情報は飛び交うのにうってつけ。


 まさにグライム好みの家ということだ。


「悪くない……。ちょっと高いか」


 思いの外、内装の作りは良かった。

 紛れるのであれば、もうワンランクは生活レベルを下げたほうが良さそうだというのがグライムの思いだったが、紛れすぎると今度はパットンの存在があやふやになってしまう。


 取り繕うにしても、許容範囲内の家だ。問題はないと判断した。

 あとは、隣にどれだけ音が漏れるかだ。


 家の隔たりは、半身になりながら通り抜けられるくらいの路地しかなく、あまりに薄い壁だと、密接していなくとも話し声が漏れる可能性がある。


 確かめるために、隣の部屋との壁を軽く叩いたが、なにも起こらない。

 徐々に大きくして、普通ではありえない生活音レベルの騒音を立てると、ようやく隣人がのそっと窓から顔を出した。


「家賃は払うってばぁ……。あら、人違いみたい」


 そう言って顔を出したのは若いハーピィの女だった。

 羽先をカラフルに染め、いかにも現代風のハーピィだ。


「本当に人違い?」

「……知り合いだったかしら?」

「それはこれからの会話による。知り合いか……それとも恋人か」

「もしかして口説いてるの?」

「それは決めるのは君だよ」

「アリシアよ」

「アリシア。いい名前だ。北方の風を思い出すよ。グライムだ」

「グライムね。それで、グライムはここに引っ越してくるの?」


 アリシアは太陽に手を伸ばすように、グッと体を伸ばしながら言った。

 美しい翼が広げられ、純白が影を作り、カラフルな羽先が光に僅かに色を付けて透かした。


「そうしようと思ったんだけど……もしかしたら、そっちの部屋に引っ越したほうがいいかも」

「絶対にダメ」


 彼女は翼を広げると、絶対に部屋の中は見せないと影を作った。


「そんなに危険な男に見える?」

「ハーピィは街から街へと移る、【渡り種族】なのよ。若い女一人、気をつけるべきことはわかってるわ」

「だろうね。その羽先の色。イドドの民族カラーから来てるだろう? 緑が続いて赤と青でまた緑で挟む。意味は自立だ」

「イドドの事知ってるの?」

「知ってるよ。亜熱帯地方にいるハーピィの中でも古い種族だろう? 求愛の踊りは芸術だったよ。そこで習ったんだ」


 グライムは翼を大きく広げて踊るハーピィの求愛ダンスを、羽織っていたマントを翼に見立てて踊って見せた。


 すると、アリシアのテンションは上がった。

 羽先を染めるのは、若いハーピィの反抗と捉えられがちだが、グライムはその歴史と文化を知っている。

 そのことが嬉しかったのだ。


 アリシアの警戒心は一気に溶け、窓から飛び立つと鳥の足でグライムの肩をガッチリ掴んで「せっかくだから踊りましょう」と自分の部屋へ連れ込んだ。



 彼女の部屋は質素で、家具はほとんどない。

 代わりにあるのは、身を飾るものばかりだった。


「さぁ、身を寄せて」


 アリシアが翼を広げると、その動きに合わせて、グライムも一歩踏み出す。


 合わせようとはしない。ただ、ダンスの流れに乗る。


 その瞬間だった。ふわりと グライムの背中で、マントが膨らんだ。

 風など吹いていない。

 それでも確かに、内側から押し上げられるように、布が生き物のように揺れた。


 アリシアの目が細められる。


「やるじゃない」

「習ったって言っただろ。ハーピィの求愛ダンスは、男が身も心も許して、全てを女性に任せるんだ」

「そうよ、それでいいの。ハーピィの踊りはね、風に触れたかどうかだけが全部だから」


 彼女は一歩引き、翼を大きく広げ、今度は試すように、少しだけ速く回るが、グライムもついて動く。


 そうするとまた――マントが膨らんだ。


 今度はさっきよりも自然に。

 まるで最初からそこに風があったみたいに。


「本当に上手ね」アリシアが楽しそうに笑う。「ちゃんと“ついてきてる”」


「風にか?」

「私に、よ」


 そのまま風の勢いに距離を詰める。

 二人の視線がぶつかる。


「……合格」


 小さく呟いて、彼女は踊りを止めた。


 余韻の中で、グライムのマントだけがわずかに揺れている。

 遅れて、魔力の風が抜けていくように。


 アリシアはそれを見て、ほんの一瞬だけ―― どこか寂しそな顔をした。


「いい部屋よ、ここ」

「顔は、そうは言ってない」

「あなたとはもう少し早く空いたかったわ、グライム。悔しい……」


 アリシアはグライムの頬にキスをすると、「またね」と二階の窓から窓へと、連れてきたときと同じように部屋へと返した。


 上機嫌で戻ったグライムを待ち構えていたのは、眉間に深いシワを作ったパットンだった。


「外に出た瞬間舞踏会か? ……呆れてものも言えない」

「王子なら、ダンスの一つでも混ざりに来るべきだろう」

「私は、女性をあてがうためにオマエに家を用意するわけじゃないんだぞ」

「そりゃそうだろう。マリアに怒られる。オレが言ってるのは、文化の交流が大事だってことだ。こんだけ他種族が出入りしているところで、ハーピィ踊りの一つも踊れないと苦労するだろう」

「答える義理はない。それより、いい忘れたことがある」


 そう言うとパットンは、カックラウに指示を出した。

 カックラウが短い遠吠えをすると外で馬のいななきが聞こえる。

 それはグライムを牢屋まで護送する馬車だった。


「もう一日牢屋だ」

「そこの犬が許可を取ったんだろ? 今日からだって住めるはずだ」

「それはそうだが、私がこういうとは思いもしなかっただろう?」

「そりゃな。アンタは無駄なことが嫌いだろう?」

「だからだ」

「まさか、それで勝ったつもりか?」

「勝負はしてない。だが、負けたと感じたなら、それは負けになる。覚えとけ、王族の中じゃ、勝ち負けは目に見えない……」


 喋りすぎたと注意をするように、カックラウの咳払いが響く。


「とにかく、明日また迎えに行く。最後の夜だ、良い夜を過ごすといい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。