表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王賊 Crown & Crime  作者: ふん
居場所の値段

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/24

第三部「それぞれの夜」

 その日の夜が更けた頃、パットンはマリアの私室を訪ねた。


 中に入ると、室内はすでに仕事の終わりに近い静けさに沈んでいた。

 灯りは抑えられ、机の上だけが必要最低限に照らされている。

 そこにはいくつかの書類が積まれていた。読み終えたものと、まだ手を付けていないもの、その境界が曖昧なまま並んでいる。


 マリアは顔を上げないが、パットンの存在に気づいていないわけでもない。

 彼が話しかけるのをいつものように待っている。


 パットンは机の前まで歩み寄り、椅子に手をかけたまま一度止まった。

 そして、長い沈黙を響かせてから「やあ」と声をかけた。


「今日はずいぶん声を掛けるまで長かったのね。初めてのデートを思い出すわ」


 マリアの言葉に少しだけ眉間のシワを緩めると、パットンは短く息を吐いた。

 そして、座ると同時に、ここへ来た理由が形を取り始める。

 報告ではない。確証もない。

 ただ、切り離して扱えなくなった違和感だけが残っている。


「預けることにした……」


 パットンは短くそう言い、それ以上は続けなかった。

 その言葉だけで足りる領域であることを、互いに知っているからだ。


 マリアはすぐには反応しなかった。

 手元の紙を一枚だけ整え、端を揃える。その無駄のない動作が終わってから、ようやく顔を上げた。

 視線は鋭くも柔らかくもなく、ただ、与えられた言葉をそのまま受け取り、重さを量っている。


「預ける、のね」


 繰り返された語は同じでも、置かれ方が違う。

 それだけで、言葉の意味がわずかにずれる。

 パットンには諦め、マリアには確認の意が入っていた。


「ああ……。もう城から出ることはない預かりものだ……」

「そう」

「ああ」


 それっきりパットンは黙った。

 マリアはその沈黙をそのまま受け取り、机の上へと視線を落とした。つられてパットンも視線を追う。


 積まれた書類の中に、向きの揃っていない一枚が混ざっていた。

 マリアはそれを直すことなく、愛おしそうに紙の端に触れた。


「グライムは預かりものじゃないでしょう?」

「なんでアイツの名前が出てくる」

「あなたにとって、この書類と一緒だから。積み重ねられた上辺の嘘の中に交じる、一つだけの真実よ。そして、彼は上辺に紛れることも出来る」


 マリアは書類の向きを戻すと、全てを束ねてテーブルに置いた。


「彼もそのうち気付くわよ。それとも気付かせたいの? 私に愛の告白をさせた時みたいに」

「マリア……」

「わかってるわ。それがわからないから、こんなに遠回りしてるんだもの。妬けちゃうわ」

「グライムが私の乗っていた馬車を襲ったのは……絶対に偶然ではない……」

「必然ってこと?」

「自然だ。自然にあいつは山賊と呼ばれるようになった。馬車の襲撃一つでな。この国の内情をなにも知らなかったら、そんなバカなことをは起こさない。……奴はなにかを知っているはずだ」

「教えましょうか?」


「聞いているのか!?」

「あなたを信用しているのよ。少しだけ、他の王子たちよりも」

「利用と言うんだ。それに、その話を城でするのは危険だ……」

「グライムにとって利用は信用と一緒だと思うわ。今度は正式な場で食事を一緒にしたいわね」

「マリア……君まで危険に晒したくはないんだ」

「ええ……わかってるわ。だから、今夜はゆっくり休みましょう。頭を使いすぎると、疲れて」


 マリアは書類をしまうと、パットンをベッドの縁に座らせるように促した。

 甘えるようにベッドへ誘われた彼だったが、ベッドに倒れ込む前に急に姿勢を正した。


「待った……。今『今度は正式な場で』と言ったな。隠れて一緒に食事をしてたんだな」

「肉球ちゃん……頭を使いすぎよ」

「隠れて食事をしてたんだな」


 マリアは小さく息をつき、口元だけでわずかに笑った。

 それ以上パットンが追うことはしない。

 変わりに「こいつめ」と彼女をベッドへ押し倒した。

 

 言葉を重ねれば説明になるが、いま必要なのは説明ではなく、理解されたという事実だけだからだ。








 同じ夜。グライムは窓を開けたまま、裏通りを眺めていた。

 月明かりが石畳を白く照らしている。さっきまで怪しげな手押し車が走っていた路地だが、今は何もない。

 ただ、石畳が光を返しているだけだ。


「おお、良い酒だ! やっぱ王族ってのは気前がいいな」


 ゴブリンのボンドが、高級ワインを手にとってテンション上げた。


「口止め料みたいなもんだ。気にせず飲めよ。オマエにはその権利が十分にある」

「どういうことだ?」

「数ヶ月前にゴブリンの集落にあった地震。ありゃ人工的なもんだ」

「どういうことだ? 次も同じセリフを言わせたら、縁を切るぞ。もったいぶってバカにはされるのは嫌いなんだ……」

「継承者争いに巻き込まれたってことだ。今回の件、国が預かるって言ったのは、それ以上オレに調べさせないためだな。足を踏み込めば、他の王子が出てくるっていう警告でもある」

「なるほど……口止め料に酒を送ったってことだな。王族もやること、庶民の賄賂と変わらねぇんだな」


 ポンッとワインのコルク栓が抜ける音が響くかが、グライムが顔を上げることはなかった。

 ボンドはコップに注ぐことなく、水のように高級ワインを飲んだ。

 ゴクゴクと喉を乗らす音が夜風に混ざる。


 グライム考えていた。

 パットンの言動や表情を、グライムは頭の中で何度も思い出しては、同じシーンを繰り返す。

 

 この国が、内側から壊されようとしているかもしれない。

 それも身内によって。


 国家崩壊を恐れているの関係者は、パットンだけとは限らない。

 だが、城の中で何かが動いているのは確かだった。

 王族の間で、あるいはその周辺で、“誰か”が“誰か”を出し抜こうとしている。


 グライムの口の端が、少し動いた。

 パットンが乗った馬車を襲ったのは、間違いなかった


 捕まえられたのは想定外だったが、逆にそれが答え合わせにもなっている。


 パットンは自身が乗っていた馬車を襲われたことを、“誰か”に知られたくなかったのだ。

 だからグライムは誰も知ることない特別な地下牢に幽閉された。


 そして、隠されるか闇に葬られる存在の自分に、今協力を求められているのは、確実にそのお城の面倒事の一端である事件の解決だ。


 グライムはボンドからワインの瓶を奪い取ると、喉を鳴らして月を見上げた。

 

「悪くない夜だ」

「なにカッコつけてんだ」


 ボンドの嘲笑に、グライムは気持ちの良い笑顔で返した。


「そう正に括弧付きだ。王子の括弧にはなにがついてる。そいつを暴くのが先か、お宝が先か……。なっ? 悪くない夜だろ?」

「待った……なんでこんな話を話した?」

「悪くない夜だ」

「共犯者にするつもりか? そうなんだろ! おい聞けよ!! 聞けったら!!」


 グライムはボンドに背中を叩かれながら、少し窓から身を乗り出して隣の部屋を覗いた。


 明かりの消えた主人を失った部屋から、北方の風が吹き抜けた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ