第三部「百年の秘密」
その夜、パットンとグライムは倉庫の前に残された小屋を借りることとなった。
村人が夕飯を運んできて、その愛想の良さから少しの世間話をしたが、なにも情報は得られなかった。
それどころか明らかにこちらを警戒して、外に出た跡も小屋の前からしばらく離れる気配はなかった。
しばらくパットンとグライムが他愛もない会話を続けると、ようやく気配が消えた。
「パットン……行ったぞ」
「ずっと様子をうかがっていたな……まるでこっちが犯人みたいな扱いだ。一体どういうことなんだ?」
「整理させてくれ……。被害者は昨夜、倉庫の裏で死んだ。外傷なし。村人全員にアリバイがある。外から来たマントの旅人がいた。そして現場には魔法の痕跡が残っていた」
「村人は魔法の痕跡を露か霜だと言った。本当にそう思っているのか。そう言いたいのか。どちらかだ」
「そう思い込ませたいんだ。――こっちにな。魔法使いは存在しないと言った。わざわざゼロを強調する言葉だ。魔法使いはいないで伝わるからな」
「箱の中にあった部品の説明もつかない。もしも、グライムの言う通り、あれが魔道具を作るための部品だったとしたら、届けを提出していない違法の村になるぞ。……だが、なんのためにだ?」
パットンの疑問は至極真っ当だった。
魔道具の制作や魔法の使用許可を取らずに使うのは、主に利益のためだ。
だが、この村はお世辞にも潤っているとは言えない。
それどころか、隠れるように存在している村だ。
グライムがいくら頭を働かせても、動機が全くの不明だ。
「この村に魔法に関わる何かがあるのは間違いない。だが、村人たちの様子から内部の犯行はなさそうだな」
「外部の犯行ならば、余計に謎だ……。なぜこの村を狙ったかが問題だ。辺境の奥にある、地図にも載っていない村だぞ。わざわざここへ来る理由があるか?」
「村に何かがある。誰かが殺されても話せない何かがな」
「村人に話させる必要があるな」
パットンが息巻くと、グライムは苛立ちを落ち着けるようにため息を付いた。
あえて言わなかったが、少しは考えて喋ろとパットンに呆れに似た怒りを覚えた。
「話さないだろ……今の状態では話さない。何かを守っている。その守っているものが崩れない限り、口を割らない」
「口を割らせる方に持っていくか……。証拠がなければ尋問は出来ないぞ」
「明日、少し揉め事を起こす」
「なんのためにだ? 危険なことじゃないだろうな……」
「村人に、オレたちが帰ってしまうかもしれないと思わせる。殺人事件は解決してほしいが、それ以上に知られたくないことがある。という状況にある人間を動かすには、どちらかを諦めさせるところまで追い込むしかない」
「具体的に言え……私はオマエみたいに器用じゃない。行き当たりばったりは無理だぞ……」
「広場でオレがパットンに噛みついて、大喧嘩をする。村人が見ている前で、二人の仲が完全に壊れかけているように見せる。調査が失敗するかもしれないという空気を作る。そこで村人が動く」
パットンはしばらく黙っていたが、やがて「合わせる」とだけ言った。
翌朝、早速グライムは村の広場へ出ていた。
村人のほとんどが、すでに広場にいた。
夜明け前からの農作業が終わり、休憩している時間帯だ。
酪農家の朝は早い。この時間の広場には村の殆どの人間が集まっている。
パットンも広場へ来て、村長と話していた。
グライムは少し離れた場所に立って、その演技を見ていた。
「パットン」
グライムが声をかけると、パットンは振り返ったが冷たくあしらった。
「今は忙しい」
「昨日の調査について、話がある」
「後でいい。今は村長と——」
「今がいい」
グライムの声が一際鋭くなった。
大きくなったのではない。文字通り棘のある言い方をしたのだ。
だが、それは空気を切り裂くほど鋭利だったので、村人が振り向いた。
「こんな調査で解決するわけがない」グライムは言った。「アンタは最初からこの村の素性を知っていただろ」
グライムの言葉は演技だった。しかし、口を動かすうちに頭では思ってもいないことが口からこぼれ始めようとしていた。
パットンが大げさに眉を寄せ、睨むように見返した。
「何の話だ」
「アンタが知っていてこの村に来たなら、最初から答えを持っているということだ。オレを使って、何かを確認しようとしているのか」
「グライム……落ち着け。何を言っている?」
「落ち着いてる。だから聞いてる」
村人たちが動かなくなった。広場に静止の空気が広がっていく。
パットンはこれがチャンスだと思い、声を荒らげた。
演劇さながらの立ち回りで、グライムに対して一歩踏み込んだ。
「王族たる私を侮辱するか! 貴様、何様のつもりだ」
「何様でもない。ただ、隠し事をするなら最初からそう言ってくれたら、こっちも動き方を変えた」
「隠し事とは何だ?」
「城壁の遅延工作だ」
その言葉が広場に落ちると、パットンの顔が一瞬だけ変わった。
演技の形を保ったまま、しかし確かに目の中の色が変わった。
グライムが言っている隠し事のことが、頭の中で繋がったからだ。
その間が、緊張感を与えた。
村人たちが互いを見て、それからパットンとグライムの言い争いを見た。
思った以上の険悪な雰囲気に、二人が帰ってしまうかもしれないという空気が、広場にジワジワ広がっていた。
「この騒ぎを止めないと……」
誰かが小声で言ったが、頭に血が上ったグライムはそれを聞き逃していた。
「オレを辺境に縛り付けておく正当な理由があるなら話してもらいたいもんだ。アンタが送らせてんだろ? 壁の補修を」
パットンの顔が、今度はより大きく変わった。
なにかを言おうとした瞬間、広場の端で光が弾けた。
魔力の閃光だった。
村人の一人が、両手を前に出して魔法を展開していた。五十代の男で、グライムは昨日からその男が何度も視線を向けてくるのに気づいていた。
「やめてくれ……」男は言った。声が震えていた。「帰らないでくれ。頼む、帰らないでくれ……。頼める人間はアンタたちしかいないんだ。」
その言葉の後、別の村人が防御の構えを取った。
また別の村人の手に、かすかな光が灯った。
攻撃か脅しか、どちらにせよなにかが起こる
グライムは動かずに、それを見ていたが、意外もあっけない幕切れとなった。
村長が、男の前に出て制したのだ。
「もういい」村長は言った。静かな声だった。「もういい。話す。全部話す」
話は、百年以上前のことから始まった。
この村の始祖となったのは、かつて王国から追放された魔法使いたちであった。
彼らは当時、国の直接的な指示を受け、公には違法とされる研究に手を染めていた者たちだった。
製造すら禁じられた種類の魔道具の開発を、裏で命じられていたのである。
だが、時代の波が変わり、その研究が明るみに出そうになった時、国はすべての責任を研究者たちへと押し付けた。
いわゆる蜥蜴の尻尾切りとして罪を被せられた彼らは、公式に国を追われる直前、あらかじめ察知して逃亡を図った。
そうして王国の追っ手の手が届かないこの奥地へと隠れ住み、やがて年月を経て子孫が増え、現在の村が形成されるに至った。
村人たちは、自分たちの先祖が背負わされたその罪の歴史を正しく知っていた。
だからこそ、自分たちに魔法の血が流れ、それを使用できるという事実を、外部に対して徹底的に隠し続けてきた。
外から人が来るたびに、魔法など使えないと言い張り、その偽証を突き通してきた。
もしも魔法の存在が露見すれば、百年以上前の先祖の罪を引き合いに出され、今度こそ国法によって裁かれるかもしれない。
その根深い恐れと警戒の念が、この村では百年以上の長きにわたって絶えることなく続いていた。
道具の手入れも、水路の管理も、人目のない時間に魔道具を使っていたのだ。
「しかし、五年前に旅人が来た」
それまでおとぎ話を語るかのようだった村長の声が、昨日の戦火を語るかのような声で言った。
「……脅されたんだな。誰かが、アンタ達を逃亡中の魔法使いだって知ってた奴がいた」
「そうです……。顔は見えなかった。声もくぐもっていた。その旅人は、この村の素性を知っていると言った。アナタよりもずっと詳しく、具体的な内容を……。自分を黙らせるためには、依頼を聞けと言った」
「依頼の内容は?」パットンが聞いた。
「姿を変える魔道具を作ること、でした」
「作っ……たのか」
「……作りました。断れませんでした。この村が存続するために。一つだけ作って、渡しました。それ以来、その旅人は来ていません」
「顔を覚えていないか」グライムが言った。「どんな特徴でもいい」
「覚えていません。声も、顔も。意図的に隠していたのか、変えていたのか。まるで100の人間と話してるような気分でした……」
グライムは地面に視線をやって、姿を変える魔道具。五年前という時期。という情報を慎重につなげた。
ほぼ答えのようなものだったが、ヴァレンに関する情報はすべて腕試しされているかのような緊張感が走る。
グライムはいつも以上に身長になっていた。
だが、やがて「ヴァレンだ」と言った。
声は小さかったが、強さがこもっていた。
パットンが何も言わなかった。
「姿を変える魔道具を必要としていた人間。五年前という時期。そしてその証拠を消すために、今回の殺しが起きた。昨日の旅人は、この村との繋がりを知っている人間を消しに来た。被害者は、その魔道具を作った者の一人か、旅人が来た時のことを知っている者だったはずだ」
村長が深く頷いた。
もう隠す必要はないという、潔い頷きだった。




