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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
魔法のない村

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第二部「地図にない村」

 翌朝、グライムはパットンによって強引に眠りを破られることになった。


 どうにも自分一人では解決の糸口すら掴めそうにないため、頼むから知恵を貸してほしいとのことだった。


 パットンがそれほどまでに頭を抱えていた理由は、領内の村から急遽派遣されてきた、一人の使いから報告を受けたためだった。


 応接間に通されていた使いの男は、年齢は四十前後、日に焼けた肌をした農民らしい佇まいの人物だった。

 身にまとっている衣服は質素極まりないものだったが、泥汚れなどはなく、手入れが行き届いていて清潔だった。

 突然の事態に動揺しているはずの状況にあっても、その言葉遣いは極めて丁寧であり、芯のある落ち着きを保っている。それなりの理性と分別を持った男であることは、一目見て伝わってきた。


「村で、人が死にました……。ですが、どうしてもその原因が分からないのです。どうか、お二人の手で現地を調べてはいただけないでしょうか」


 絞り出すような男の懇願に、パットンは椅子に深く腰掛け直しながら眉をひそめた。


「まずは状況を詳しく教えてくれ。その死体は、一体どういう状態で、どんな場所で見つかったんだ?」


 パットンの問いかけに対し、村人の男はにわかに顔をしかめた。

 それは、今朝がた目撃したばかりの凄惨な、あるいは不可解な現場の光景を脳裏に蘇らせているからなのか。

 それとも、何から話すべきか言葉を選んでいるからなのか。

 一瞬の重苦しい沈黙が流れた。


「……今朝、倉庫の裏で倒れているのを見つけました。苦しんだり、もがいたりしたような形跡は一切なく、まるでただ穏やかに眠っているかのような顔だったのです。しかし、身体はすでに冷たく、間違いなく息を引き取っていました」

「急病の可能性は考えられないか? 心臓が弱かったとか、最近体調を崩していたとか」

「村に医者はおりませんので確実なことは言えませんが……。見たところ健康そのものの頑健な男でした。現に、亡くなる前日まで、他の者たちと何一つ変わらず元気に働いていたのです」

「では、他殺の線はどうだ」


 パットンはさらに踏み込み、鋭い視線を向けた。


「村の中で最近、何か揉め事はなかったか。あるいは、その男が誰かから強い恨みを買うような、明確な心当たりは」

「それがあり得ないのです」

男はきっぱりと首を振った。

「村はいたって平和ですし、彼に恨みを持つ者など、いくら考えても誰一人として思い当たりません。本当に、何もおかしな前触れはなかったのです」


 完全に話が行き詰まり、パットンは困り果てたように、隣に座るグライムへと視線を送った。

一方で、グライムは先ほどから一言も発することなく、値踏みするようなじっとした視線で、使いの男の観察を続けていた。


「行って確認するほうが速いな」


 その数日後。パットンはグライムを連れて村に向かっていた。

 辺境の中でも、さらに奥へ入った場所にある村だった。


 街道から外れ、林道を二時間ほど歩いた先にある。

 地図には名前がなく、辺境の統治記録にも、ほとんど記載がない。

 住民がいることは分かっているが、どういう暮らしをしているのか、誰も詳しく調べたことがなかった。


 税を逃れた名無しの村は辺境に点在している。

 要は長年統治が機能していないせいだ。


 そして、村は小さかった。

 二十戸にも満たない家が、広場を中心に並んでいる。

 農地が背後に広がり、水路が引かれていた。


 肥えた土と、青臭い草の匂いが風に流される。雄大な土地に佇むような村だった。


 家の造りは質素だが、傷んでいない。

 道具が整頓されていた。

 よく見ると、クワの刃が異様に綺麗だ。

 長年使い込んだ農具の金属は、普通なら錆や傷がある。しかしここの道具には、それが極端に少ない。


 グライムは周囲の様子を確認しながら村の広場へ入っていくと、住民がいくつかのかたまりで立っているのが見えた。


 全員がパットンとグライムを見ていた。警戒と期待が入り混じり、不安がっている目だ。


 しばらく奇異の目に晒されていると、案内の男が村長を連れてきた。

 村長は六十代の女性で、背筋がすっと伸びており、声がよく通った。


「遠いところをようこそ。早速ですが、現場をお見せします」


 現場は、村の外れにある倉庫の裏だった。

 男が倒れていた場所につくと、パットンは被害者のことを改めて聞いた。


 五十代の男で。顔に苦悶の色はなく、眠っているように見えた。しかし死んでいる。

 屋敷で聞いた情報と差異はない。


 一方、グライムは遺体の周囲を確認した。


 地面に、うっすらとした滲みがある。

 グライムは屈んで、その滲みを指先でなぞって確かめた。

 それは残留魔力だった。


 通常、魔法を行使すると痕跡として残るものであり、まだ消えていない。ここ数日のものだ。


「パットン……見てくれ」


 パットンが近づき、グライムに並んでしゃがみ込み、地面の滲みを確認すると表情が変わった。


「これは魔力痕だ。……魔法殺人だな」

「だとしたら、簡単だ。魔法を使えるやつは限られてる。並べて事情聴取をすれば完了だ」



 グライムは立ち上がって村長を見たが、彼女は申し訳なさそうに目を伏せた。


「この村に魔法使いは存在しません」

「存在しない?」

「はい……何分小さな村ですから、殆どが酪農で生計を立てています」

「まあ……確かにな……」


 グライムは周囲を見渡すことなく頷いた。酪農地が広がっているのは、ここに来るまでに馬車の中から十分と見たからだ。 


「前日から様子がおかしかったことは?」パットンが聞いた。

「ありませんでした。夕食も普通に食べていたと、家族が言っています」

「昨夜、外から誰か来なかったか」

「昨日の午後に、旅人が一人通りかかりました。水を分けてほしいと言って、少し休んでから去っていきました」

「その者の特徴は」

「マントを深く被っていたので、顔は見えませんでした。背は高く、体格は普通です。声は……マントのせいか、くぐもって聞こえました」


 パットンはグライムを見たが、視線がぶつかることはなかった。

 グライムは地面の滲みを見ていたからだ。


「村の者のアリバイは確認できるか」パットンが続けた。

「昨夜は全員、集会所で集まっておりました。月に一度の寄り合いがあって、終わったのは夜半過ぎです。その後、全員が家に戻るのを確認しています」

「なるほど……。外部の可能性が高い……が、倉庫の中を見せてもらえるか?」





 倉庫の中は整然としていた。

 農具が並んで、麻袋が積まれ、木材の束がある。

 一見して、どこにでもある普通の農村の倉庫だ。


 しかし、グライムは気になることあり、ある棚の前で足を止めた。

 棚の奥に、木箱が置かれている。他の農具と並んでいるが、取り出しやすい場所にある割に、埃の積もり方が少ない。

 最近誰かが触れた痕跡だ。


「この箱は?」グライムが村長に聞いた。

「農具の部品を入れている箱です」

「開けても?」


 村長は一瞬間を置いた。


「……どうぞ」


 グライムが箱を開けた。

 中には金属の部品が入っていた。一見して農具の補修部品に見える。

 しかし一つを手に取って確かめると、それは農具に使われる金属ではなかった。

 加工の精度が異様に高い。寸分狂うことなく計算された作りだ。

 明らかに魔道具を作る時に使う道具だ。それを農具に見えるよう特殊加工してある。


 パットンがその部品を見て、グライムに目配せをした。農具の部品ではないと彼も気付いたのだ。


 そして、それを裏付けるように、広場にいた村人たちが、倉庫の入口に近づいてきていた。

 距離を保っているが、二人の会話が聞こえる位置にいる。


 それならばと、グライムはあえて村長に言った。


「殺害現場に残された滲みについて聞きたい。あの地面の滲みを、村の者は何だと思っているか」

「……露か霜ではないかと、皆は言っています」

「そうか……」


 グライムは村長の間には触れず、言葉を飲み込んだ。それ以上は聞かなかった。

 農具に触れた途端、明らかに村人たちの視線に意味が込められたからだ。

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