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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
魔法のない村

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52/63

第一部「忍び込んだ影」

 短くなった蝋燭の炎が、書類の端で不規則に揺れていた。


 パットンは羽根ペンを置き、目を細めて今書いたばかりの文面を読み返した。

 先日の大雨による被害についてだ。明朝までに予算の承認を出しておく必要がある。

 数字は合っているのを確認すると、署名をして、書類を脇に寄せた。


 ついで、次の書類を手に取る。

 巡回の報告書だ。特記事項の欄は空白だった。いつも通りだ。パットンはそれを承認の束に加えた。


 ここの辺境の地では、政務や公務だけではない。王子がしないような執務もこなす必要がある。


 窓の外では、夜風が木の葉を鳴らし騒がしていた。

 その音で気が散ったということは、集中力が切れてきた証拠だ


 パットンが一度伸びをすると、バキバキと肩が鳴った。

 もう一仕事あるが、明朝までのものは終わったので、今夜はここまでにしようと思い、蝋燭を吹き消した。


 立ち上がり、上着を整え、執務室を出た。

 ドアに鍵をかけると、見回りの衛兵が歩いてきて、二言三言交わした。

 特に変わったことはないという報告に、パットンは軽く笑ってご苦労と言った。

 

 そしてその二つの影が離れると、入れ替わるようにグライムが現れた。


 懐から金属の棒を二本取り出す。

 辺境の錠。それも屋敷の執務室だ。グライムの手にかかれば、音もなく解錠することなど造作もない。


 鍵穴に差し込み、指先だけで内部の構造を読む。

 あっという間にドア開け、隙間から中に入り、後ろ手にそっと閉めた。


 まず机の上を一瞥したが、書類の山には触れない。

 統治記録、予算の承認書、巡回の報告書。月明かりの下でも、端を几帳面に揃えて積まれているのがわかる。

 パットンという男の性質がそのまま出ている。

 特別なものを出しっぱなしにしとくわけがない。ここに積まれているものは、朝早く片付ける書類だ。


 次いで、引き出しを上から順に開けていった。

 中に入っているのは、筆記道具に白紙の書類と封蝋。

 目当てのものがないか確認していると、ふいに廊下で足音がした。


 グライムは引き出しを半開きのまま、動きを止めた。

 足音は二人分。

 話し声に耳をそばだてると、息を潜めた。


 見知った声ではないので、執務室に入ってくることはない。

 黙っていれば、ただ扉の前を通過する。

 

 遠ざかっていく足音を聞きながら、グライムは三番目の引き出しを引いた。


 引き出しの中に書類束があった。

 他の書類と同じ紐で束ねられているが、結び目の形がわずかに違う。他よりもわずかに力を込められた硬い結び目になっている。


 自分でも気付かないうちに力がこもってしまった跡だ。つまり、誰かに見られたら困るものだ。


 グライムは束を取り出し、月明かりの下に持っていって目を通した。


 それは城壁改修の手続きを意図的に遅延させた記録だった。

 どの業者に、いつ、どの書類を差し戻したか。担当者への指示の内容。

 末尾にパットンの署名があった。


 グライムは書類を見たまま、しばらく動かなかった。


 怒りは湧いてこなかった。驚きでもなかった。

 もっと静かなもので、名前をつけるとしたら確認という言葉が近い。

 疑っていたから調べに来た。

 調べたら、疑い通りだった。それだけのことだ。それだけのことのはずだった。


 それでも、息が少し重くなった。


 グライムは廊下に出て、後ろ手に鍵を閉めた。

 廊下を歩いて、自分の部屋に戻った。寝台の端に腰を下ろし、窓の外の暗い空をしばらく見た。


 わずか五分にも満たない時間だったが、まるで長い一日を過ごしたかのような疲れが襲ってきた。

 気づけば、グライムは浮かない気分のまま眠りについていた。

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