第四部「赤く光る感錠」
その日から五日が経ったの朝、ルカは黙って屋敷を出た。
どこへ行くかへ誰も告げていないが、全員がわかっていた。
ただグライムも見送りの言葉がなかったのを、パットンは気になっていた。
「いいのか? 親友なんだろ」
「そうだ。だからこれでいいんだ」
「男の友情ね」
ジェーンがどこか熱を含んだように言うと、グライムはそれを鼻で笑った。
「付け上がるからだ。前に別れたときはな、オレも泥棒になるって大変だったんだぞ。何度冒険者だと説明しても、オレは大泥棒になるってきかなかった」
グライムが過去を思い出し、うんざりした様子で話すのを、パットンは楽しそうに見ていた。
「それで、オマエは大泥棒になったのか。彼の力を借りて」
「かもな」
「……いいか。いまのは冗談が2で、8は本心だ。本当にラッキーマンの力じゃないのか?」
「だとしたら、今頃ルミナス暗号が解けるなにかが手に入ってると思わないか? アイツは友達だ。だから幸せになってほしいし、不幸は次にあった時に笑い飛ばしてやるんだ」
「おい……。それはカックラウの報告に合った。キスの件じゃないだろうな」
「報告からして違う。あれは耳打ちをしたんだ。ルカの正体はラッキーマンだってな」
「耳打ちか……びっくりさせるな。待った……今正体をバラしたと聞こえたが?」
「そうだ。ルカがラッキーマンだって伝えて、その証拠も教えた」
「オマエが忠告したんだぞ」
「それはラッキーマンの忠告だ。オレは親友のルカに対して動いただけ。親友のことに国の力が入るほうがおかしいだろう」
グライムが肩をすくめると、パットンは逆に肩を落とした。
ここ数日やっていたことが全くの無駄だとわかったからだ。
「またオマエの計画か?」
「まさか。ラッキーマンに対する対処はパットン達で正解だ。ここ数日全く事件が起こらなかったのに気付いてたか?」
ここ数日、パットンを含めジェーンやカックラウも、ルカに突ききりだった。
それは新たな事件が起きず、十分な時間が取れたからだ。
異常な幸福もなければ、異常な不幸もない。
平和に日常が流れる。ラッキーマンに対して、見事な対応をした証拠だった。
そして、それもラッキーマンが孤独になる理由だ。
ラッキーマンは幸運と共に現れ、日常に消えていく。
だから、噂が残るのだ。
唯一、グライムの計算外だったことは、ルカはそのまま旅に出るのではなく、一度屋敷に報告しに戻ってきたことだ。
ルカは落胆していた。
「きっぱり振られたよ……」
「まあそうだろうな」
「ただ、理由を教えてもらえた」
その瞬間、グライムには薬草店でルカの正体をバラした自分の姿が俯瞰的に思い浮かんだ。
「……どういう理由だ?」
「自分の生活を変える気がない。と言われた。今の仕事が好きで、今の場所が好きで、今のまま続けることを選ぶつもりだと。オレは旅をしながら生きている。一つの場所に留まらない。でも彼女は、一つの場所で深く根を張ることを選んでいる。根を張り綿毛を飛ばすんだ。オレは浅い根を張り、引っこ抜いてはまた張り、世界と生きていく。そこをわかっていなかった」
「ただの一目惚れが終わっただけだろ……」
「ラッキーマンの一生ってのはドラマチックなんだ。生きてるだけでロマンの塊なんだぞ。ロマンと言えば……」
「泥棒はダメだ。オマエがいると賊が王に、王が賊になっちゃうからな」
「なら、今度はグライムが盗みに入りそうな、古美術品の展覧会場にでも入り浸ろうかな」
「泥棒は諦めろって」
「逆だよ。オレがいたらどうやって盗むのか興味が出てきた」
二人は顔を見合わせて笑った。
「その元気があれば大丈夫だな。オレの知ってる失恋の中でも、片手で数えられるくらいには立ち直りが早い」
「本当は痩せ我慢かも。心ではないてるかも」
「だとしたら、今頃涙を隠す雨でも降ってるだろ。じゃあ、離れた後に雨が降ったら泣いたってことだな」
ルカはグライムの胸に拳を当てると、じゃあと去っていった。
背中が見えなくなり、踵を返そうとしたグライム腕になにかがハメられる。
「パットン……アンタやっぱり才能があるよ。王子なんかやめて泥棒をやろう。これを付けることが出来るってことは、盗むことも出来る」
パットンがグライムの腕に付けたのは、魔法錠――ではなく、感錠だ。
「ずいぶん遊ばれたからな。どうだ? 本当はラッキーマンと離れて寂しいだろう」
パットンは錠を確認するが反応はなかった。
「おかしいな。心で泣いてる顔をしてたぞ。感錠が壊れたか」
「盗み聞きまでしてたのか……」
「二人にさせたんだ。それより、今日はなにか企んでるか?」
「いいや」
グライムが答えるもの、またも感錠に反応なかった。
「過剰に反応するからおかしいと思ってた。やはり壊れていたか」
「どうだろう」
そう言ってグライムがニヤリと笑うので、パットンはハッとなって自分の腕を見た。
グライムに付けられていた感錠が、いつの間にか自分の腕に付けられていたからだ。
「アンタはオレの敵か?」
「そんなわけがないだろう……」
グライムが冗談に意地悪に聞くと、感錠が真っ赤に光ったのでパットンはため息をついた
「やっぱり壊れてる」
「だな。ジェーンに直させるより、別のもの開発したほうがいいぞ。使い道が限られる」
「今回はたまたま残っていた試作品だ。開発は王都がしてる。それにしても、少し息抜きをさせてもらったようだ。気分が軽くなったようだ。これもラッキーマンの効果かな?」
「アンタの幸せってそんなものか?」
「王子であっても、幸せの定義は同じだ。小さな幸せを積み重ね、それ崩れた時に気付くものだ。今日はゆっくりしろ。明日からは真面目に働いてもらうぞ……。あちこち出かけるせいで、グライムの分だけ仕事が溜まってるんだ」
「わかったよ。早めに片付ける」
「頼んだぞ」
パットンが屋敷に戻ると、グライムは握っていた拳を開いた。
爪が肉を裂くほど、血が滲んでいる。
そう、グライムは痛みで感情を誤魔化したのだ。
パットンをからかうために誤魔化したので、本来ここまでの痛みは必要ない。
それでもいつの間にか力が入っていた。
感錠は間違いなく赤く光っていた。
その意味をグライムは考えていた。




