第三部「自由な風」
彼らが力と知恵を合わせ協力している間。
グライムは一人別行動を取り、屋敷から遠く離れた場所にいた。
それはルカの想い人であるエラがいる辺境の町だ。
薬草店は、街道から一本奥へと入った通りにあった。
表に干された薬草の束に風が吹き込むと、ハーバルな香りを薄く広げた。
グライムは店に入る前に、散歩を装って通りを一往復した。
怪しそうな雰囲気はない。客層も悪くない。リピーターと思われる客が笑顔で出入りする。気軽に店の出入りが多いのは、それだけ接客が喜ばれているからだ。
ある客の流れに乗るようにして店に入ると、棚に整然と並べられた瓶が目に入った。
奥に女性が一人いた。
薬草の束を束ねている手を止めず、気持ちの良い笑顔と短い挨拶をされた。
グライムも笑顔で返すと、その仕事慣れした手の動きを一瞥してから、店内を見渡し、適当な薬草を一つ購入した。
グライムがエラを見に来たのは、単純に興味だった。ルカが好きになった相手はどんな人だろうと。
なぜなら、グライムはラッキーマンという特殊種族の生涯を知っているからだ。
その殆どのラッキーマンは、孤独に死んでいく。
苦労を分かち合うということがないからだ。理解せず、理解されず生涯を終える。
そして人々にはラッキーマンという種族名と、その幸運の出来事だけを物語にして伝えていく。
考え込み立ち止まったせいか、エラがグライムに話しかけた。
「珍しい薬草を買うんですね」
「ん? これ? そんなに珍しいの?」
「知らないで買ったんですか?」
「頼まれたものだからね。実は効能わからないんだ」
グライム笑うと、エラはそれに合わせるように笑った。
「難しい顔をしてたから、てっきり」
「恋の病かと思った?」
「それ便秘の解消の薬草ですよ」
「似たようなもんだ」
「そうですね」
「うまいね」
グライムは感心した。
相槌がなんとも心地よかったからだ。それが薬草を買わせるための手段の一つだとしてもだ。
しかし、エラは「なにがですが?」と聞いた。
「便秘と恋の病の話だよ。一瞬相槌に流せるままになるところだった」
「結構似てるものですよ。ソワソワしてなにも手につかなくなったり、自分ではどうしようもない感情が生まれたり」
それから二、三。話題を変えながら他愛のない会話をした。
会話がスムーズに進むのは、相手に打算的な感情がない証拠だ。
まるでこの町に吹き抜ける風のような女性。それがグライムが感じた印象だった。
無理に意味を言葉の隣へ添えるわけでもなく、ただそこにあるものをあるものとする。
だから、体を吹き抜けていく風は気持ちいいものだ。
ルカがエラに惚れた理由がわかる。
彼女は自由だった。自分の時間で生きている。
それは冒険者が求めるものであり、王族のパットンにも犯罪者のグライムにも遠いものだ。
仮初ではなく、本物を自由。
少なくともグライムはそう感じていた。
なんてことない会話の一つに、少し変わった道の聞き方をしていた旅人だったと言った。
「変わった聞き方?」
グライムは誰のことかわかっていた。
頭の中にすぐルカの顔が思い浮かぶ。
ルカが自分の感情の意味に気付かず、思うがまま
「道を聞いているのに、どこへ行くかを聞き返してきた。なぜその場所へ行くかを聞いてきた。私が少し悩んで答えると、その人は「へえ」と言って私より長く考え込んでいたんです。ずいぶんと変わった人でしたよ」
「それで」
グライムは自分に自然な笑みが浮かんでいるのに気付いていなかった。
初めて、親友のことを外から聞いたからだ。
ラッキーマンではないルカの話。
それは、今この瞬間以外では、本当の意味で語られることはない。
そして……それはこの先もだ。
こんな美しい時間が消えるのはもったいない。それならば盗んでしまおうとグライムは考えた。
そして思いつくまま手を伸ばした。
グライムは突然エラの肩を抱き寄せると、にっこり笑って唇を頬へと近づけた。
そして、別れを告げた。
翌日、グライムが屋敷に戻ると、カックラウが廊下で待っていた。
正しくは待ち受けていただ。
パットンの命令を受けて、カックラウはグライムの後をつけていたのだ。
最後にグライムが取った明らかな不審点を、パットンへ報告される前に、自分の口から白状させようとしているのだが、どこ吹く風だった。
「普通はおかえりが先じゃないのか?」
「どこへ行っていた」
「散歩だ。連れてってほしけりゃ、自分でリードを持ってこいよ」
「パットン王子へ報告をする」
「なにをだ。あの距離から会話が聞こえているんだとしたら、諜報はジェーンじゃなくてカックラウがやってるはずだけどな」
「見たまま全てだ」
「好きにしろよ。それがカックラウの仕事だ。オレが止める権利もない」
「当然だ。そうさせてもらう」
「そして、ルカはオレの親友だ。オレを止める権利もない」
沈黙が流れる。
カックラウに言えることは何もなかった。
「行っていいか? ルカの好きな酒を買ってきたんだ」
「好きにしろ……。パットン王子に迷惑をかけるな。マリア様と離れているだけでもお辛いのに、辺境の地から国への牽制もしなくてはいけない。精神が摩耗してる……」
「わかってるよ。パットンも酒に誘ってやるから、気にするな」
「本当にわかってるのか?」
「わかってるわけないだろう。誰もなにもわからない。だから立ち止まることなく、吹き抜ける風に、人はどこか憧れを持つんだろうな」
「なにを言ってる……。まさか飲んできたのか?」
「そっちこそ飲んでるのか? これから飲むんだ」
グライムはカックラウの隣を通り過ぎると、後ろ手に酒瓶を掲げて「飲みたいなら、グラス持参で来いよ」と言い残し去っていた。




