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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
幸運の親友

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第二部「恋の病」

 ルカが屋敷を訪ねてきたのは、翌日の昼前だった。

 門番から報告を受けたグライムは、まずは安心させるために一人で話すと迎えに行った。


 ルカは三十代前半の男だった。

 背は平均的で、体格は細身。服装は旅慣れた人間のそれで、汚れているわけではないが特別きれいでもない。

 顔立ちは整っているとも言い難いが、だからといって特別目立たない顔でもない。

 どこまでも、普通の印象の人間だった。


 ラッキーマンと呼ばれているのが不自然なほど、普通の人間だ。


 強いて指摘するならば歩き方だ。どこか重かった。

 庭を横切る足取りに疲労がにじんでいるのは旅のせいかもしれないが、それだけではない別の重さがあった。


 だが、それはラッキーマンとしての特徴ではない。

 つまり彼の中でなにか起こっている。グライムは遠くから姿を眺めて、そう感じていた。


「グライム!」


 ルカは玄関先でグライムの顔を見ると、そう言った。

 それだけだで、他の言葉が続かなかった。

 会いに来たはずなのに変だと思ったが、グライムは挨拶をすると彼を招き入れ、屋敷の応接室に案内した。





 椅子に座ったルカは、しばらく何も言わなかった。

 部屋の中を見渡す様子もなく、ただぼーっと手元を見るように視線を伏せている。


 やがて、話しだした二人を、パットンと部下二人が隠れて覗いていた。


「これでわかったぞ……」


 パットンが声を潜めながら言ったので、カックラウが同じように声を潜めて聞いた。


「なにがですか?」

「グライムの盗みの成果だ。ラッキーマンの力を借りたな」

「なるほど……それなら王子が最初に聞いた時に、一度濁した理由もわかります」


 二人の声より少し大きめなため息が落ちる。ジェーンのものだった。


「二人とも……聞いてなかったんですか? 欲を見せると反動があるんですよ」

「それこそグライムの嘘かもしれない。アイツは嘘の中に真実を隠したり、真実の中に嘘を混ぜて捻じ曲げたりするからな」

「それは否定しませんが……」

「が、なんだ?」

「ご自分の右腕と相談されるのがいいかと」

「私の右腕は――」パットンはオマエ達だと言おうとして、自分の右腕から黄色い光が点滅しているのが見えた。「そうだったな。落ち着かなければ」

「そうですよ。王子、落ち着いて。グライムが紹介してくれる流れです」


 三人声はグライムには聞こえていたが、ルカには聞こえていなかった。

 それどころかグライムの声にさえ、虚ろな反応している。


「どうした? ルカ。調子が悪そうだな」

「そうか?」

「そうだ。オレばかり話してるぞ。王子に捕まったから始まり、王都の生活。そして、その王子に正式に雇われたこととかな」

「悪い……」そうつぶやくと、ルカは唐突に言った。「何かに呪われたと思う」

「待った…突然どうした? 具体的に言ってくれ」

「胸が苦しい。眠れない。食事が喉を通らない。何かを考えようとしても、一つのことしか考えられない。落ち着かない。ずっとそれが続いている」

「確かに……おかしいな。いつからだ?」


「三週間ほど前から」

「そんな前からか? それなら呪術の可能性は十分にあるな。誰かに心当たりはあるか。恨みを買った相手とか」

「ない。少なくとも思い当たらない」

「そりゃそうだろうな。ラッキーマンに恨みを買うやつなんていない。一つのことしか考えられない、と言ったな。その一つとは?」


 ルカは少し間を置いた。隠してるわけではなく、言葉を探している。

 ふわふわと不安定に漂う言葉を掴み、どうにか心に渦巻く感情の意味に近づけようとする。

 そんな息苦しい間だった。


「……人だ。特定の人間のことが頭から離れない。会った時から妙な感じがしていたが、最近ひどくなった。相手は特別なことをしているわけではない。普通に話している。普通に笑っている。それだけなのに、頭から離れない。おかしいだろう」

「おかしい。わざと印象づけた可能性がある。それを起点に催眠をかけられたか」

「呪いか、あるいは古代魔法の類か、それとも——」

「まあまあ。落ち着けルカ」

「落ち着いてる。オレが不安になったらどうなるか知ってるだろう」

「分かってるよ。まず全員に状況を共有してから考える。一人で抱えるなって言ってんだ」


 覗き見していた三人を呼ぶと、グライムはわざわざルカの症状を改めて整理した。

 初情報のように話すことにより、三人の盗み聞きを誤魔化すのもあるが、第三者の口から離すことにより、整理されることがあるのをグライムは知っていたからだ。


 胸の圧迫感。不眠。食欲の低下。特定の対象への集中。思考の散漫。そして三週間の継続。


 カックラウが記録帳に書き込み、慎重に問診した。


「病気の可能性は?」

「体に異常はない」ルカは言った。「医者にも見てもらった。どこも悪くないと言われた」

「毒の可能性は?」

「ラッキーマンだから、毒は関係ない。だから病気にかかったこともない。医者に見てもらったのは、グライムに説明するのに必要だと思ったからだ」


 カックラウは目でお手上げだと合図を送った。


「古代魔法の可能性は?」


 パットンが聞くと、グライムが盛大なため息ついた。


「ほいほい古代魔法が出てきてたまるか。管理してる王族側が言うことか?」

「国の管理は、一般魔法使いが扱えなくなったからだ! だから――」

「パットン!」


 グライムが名前を呼んだのは、パットンの感錠が一瞬黄色くなったからだ。

 

パットンは怒鳴りたいのをぐっと抑え込むと、引きつった笑顔をグライムに向けた。


「だから、国が管理している。わかったかね? ……グライム君」

「別に口調を変える必要はないだろう」

「気付いただけだ。言葉を飲み込もうとすると、逆に雄弁になる……」

「黙秘ってのは難しだろう」


 グライムがパットンで遊び始めた最中。ジェーンは黙って、ルカを見ていた。

 観察するというより、確認するような目で見ていた。

 彼が言った症状を一つずつ頭の中で並べて、見比べているような、静かな表情をしていた。


 そして、ジェーンが口を開いたのは、男四人がひとしきり可能性を検討し終えた頃だった。


「特定の人間のことが頭から離れないと言っていたわね。それは男? それとも女?」

「関係あるのか?」


 グライムが聞くと、ジェーンは冷たく返した。


「あなたには聞いてない。でどうなの? ルカ。あなたの頭にいるのは男? 女?」

「女」

「なるほど……恋です」


 ジェーンのつぶやきは、まるで新兵を叱責する号令だったかのように部屋が静止した。


 ルカが首を傾け、グライムが眉を上げた。カックラウは記録帳を持ったまま動かなくなった。


 パットンの感錠が光った。

 苛立ちではなく、驚きに近い何かに反応したらしかった。


 男全員が、恋だとは思っていなかっ


「恋……。ルカの症状は恋だと言っているのか?」とパットンが繰り返した。


「はい、恋です」ジェーンは言った。「胸が苦しい。眠れない。食事が通らない。一つのことしか考えられない。特定の人間のことが頭から離れない。これは古代魔法でも呪いでもなく、恋愛の初期症状そのものです」

「……そうなのか」


 ルカがまるで他人語のように言った。


「そう。恋よ」と答えたジェーンのほうが親身な声色をしている。


「オレはこれまで色々な経験をしてきたが、こんな感覚は初めてだ。だから異常事態だと思った」

「初めてだから分からなかったんでしょう。誰にだって初めての感情はあるわ。もしも、今私の言葉をすっと受け入れられたのならば、間違いなく恋だと断言できるわ。そうじゃなくても、きっとあなたの心が決断してる。だから、つらい症状が出ても誰も不幸になってないの。恋は思ってる時間も大切なものだから」


 ジェーンの言葉はまるで神の啓示だった。

 ルカは雷に打たれたような顔で、彼女の言葉に耳を傾けている。


 グライムはそんなルカを見ていた。

 ルカの表情が、少しずつ変化していくのを観察した。

 怯えが、困惑に変わり、困惑が、少しだけ別のものに近づいていく。


「……恋か」ルカは、もう一度言った。今度は独り言のように。


「その女性はどういう人間だ? まあ、ありていにいえば……いい女か?」


 グライムあえておどけて言った。なぜなら、最初の一言目に、隠しきれず尋問のような言葉が出てきてしまったからだ。


 ルカはそれに気付かず、質問に答えた。


「名前はエラ。薬草店で働いている。年は三十前後だと思う。一ヶ月ほど前に、道を聞いたのが最初だ」

「それから何度か会ったか」

「三度、顔を合わせた。二度目は偶然で、三度目は少しだけ話した」

「三度で三週間分の症状か……相当だな。でも、これで一つわかったぞ」


 グライムの表情が変わったので、重要な事に気がついたのだと思い、パットンが何がだと聞いた。


「商人、農夫、旅人。関係してるようで関係してないこいつらに、突如として幸運が舞い込んだ理由だ。要は有頂天で関わる奴ら全員が幸せになったってわけだ」

「そういう意味で言ったのではないが……」


 パットンは文句を言おうとしたが、グライムが目でルカがいると合図を送っているのを見て、今ここでは話せないことだと理解した。


 パットンの様子に気付いたカックラウは、音を立てて記録帳を閉じた。


「では、素晴らしい恋お話は、夕食の席で。ルカ様も到着したばかり。部屋へ案内するので、お休みください」

「確かにちょっと疲れてる。そうだな案内を頼むよ。では、グライム。ジェーンさん。パットン王子。後で」


 ルカがカックラウについて部屋を出ていくと、残った3人が一斉に息を吐いた。

 パットンは平静を装うというものがこ、んなにも気を使うものだとは思っていなった。


 慣れているグライムでさえ、ラッキーマンの前ではこうだった。


「つまり大事件ではなかった」


 パットンが吐く息の終わりに付け足した。


「いや……大事件だ。正直呪いのたぐいのほうがマシだ。ラッキーマンが恋をしてるんだぞ」

「問題あるか?」

「パットン王子。グライムの言うことが正しいかと。恋は実るとは限らない」

「いいところに気付いたな。さすがジェーンだ」

「アンタに褒められても嬉しくない」

「おい、私にもわかるように説明してくれ。二人だけでわかり合うな」

「人の心を動かすっていうのは欲深いことだろ? ラッキーマンでも動かせない領域だ」

「なるほどな……」


 一度納得してみせたパットンだが、その時、感錠が黄色に点滅した。


「なにが不満なんだよ……」

「これが合っては誤魔化せそうにないな。だから率直に聞くぞ。ラッキーマンの効果の範囲外に出る方法はなんだ?」

「は? そんなものあるわけがないだろう。だからラッキーマンって特別に名前が付いてるんだぞ」

「犯罪の手伝いをさせたんじゃないのか?」

「ルカと知り合った時。オレはラッキーマンだと知らなかった。そもそもオレはアイツのラッキーを見たことがない」

「それはおかしいだろう。オマエはラッキーマンだと知っていた。昨日のことだぞ」

「集めた情報からわかったんだ。オレがこの目で見たってより、オレが集めた情報から導いたほうが、パットンにはしっくりくるだろ」

「それは間違いない。オマエは見たままのことを言うことが少ないからな……」


 パットンの感錠が黄色に点滅したまま終わらないのを見て、グライムは呆れた。まだ疑っているからだ。


「あのなぁ……パットンよく聞け。盗みってのは自分の実力で成功するから面白いんだ。確かに運に頼る時はある。でも、ラッキーマンってのは運じゃない。答えだ。そんなのどこが面白い?」


 パットンの感錠の点滅が収まった。一見無茶苦茶な泥棒理論だったが、それが逆にしっくり来たからだ。

 相手がグライムじゃなければ絶対に納得しないが、相手がグライムなので腑に落ちてしまう。

 まるでパズルのようにすっと受け入れた。


「とうとう盗みを隠さなくなったな」

「悔しかったら証拠の一つでも出してみろ。じゃなくてだな……。問題は、今のルカが不幸に近い状態だということだ」

「どうして? 恋をしているから逆に安定もしてるんででしょ。彼の通り道で幸せが花咲いてるのが何よりの証拠よ」

「ラッキーマンに恋する女がいるか?」

「大勢いるでしょう」

「ラッキーマンとわかった上での恋だぞ。愛じゃなくな」

「確かに……そこに恋はないかも……。約束された幸せの上での愛あり得るけど……」

「それだと、欲が働いた相手が不幸になる。つまりラッキーマンとは結ばれないんだ」

「失恋の痛手って相当なものよ。人によっては命を投げ出すくらい」


 ジェーンの言葉で、一瞬部屋が静かになった。


「それは困る……。ラッキーマンの自殺など、どんな凄い不幸の反動が起こるかわからないぞ」

「それならば、作戦は一つです。指南するんです」

「恋をか?」


 パットンの言葉に思わず、グライムが吹き出した。

 ジェーンが言わんとしてる答えはまさにそれなのだが、どうにも言葉響きが間抜けであり、グライムには堪えきれなかったのだ。


 感錠が赤く光るが、一瞬だった。

 パットンがちぎり取るように腕から外したのだ。


「これがあると余計にイライラする……」


 恋愛支援という言葉は、パットンには合わなかった。 

 ルカへの支援は主にジェーンが担当した。


 話の組み立て方や沈黙の使い方を教え、相手の言葉を遮らずに聞く方法を、具体的な言葉で説明し、実践してみせた。


 ルカは真剣に聞いていたが、いざ実演させると途中で詰まった。

 日常の会話は問題ない。

 ただ相手がエラと考えた途端に、思考が別の方向へ向いてしまう。


「考えなくていい場面で考えすぎるのよ」ジェーンは言った。「話しながら話すことを意識すると、相手を見られなくなる。相手を見ていれば言葉は後から来る。話題は視覚から殆どよ」

「わかる気がするけど、実際にやるとなると……どうもわからなくなる。まるで目の前のダンスが上手すぎて。自分の番が来ないように心で祈ってるみたいに」

「それは経験するしかないわ」

「どうにも逃げたくなるよ……」

「逃げるためにも、知っておいたほうが完璧に逃げられるわ」

「いいね。その考え方。……堂々としていよう。そうすれば失敗にも見られない」

「その考え方もいいと思うわ」


 パットン達は、ルカがラッキーマンだということを隠して、告白をさせようとしている。

 理由は単純だ。ラッキーマンだとわかると、欲への渇望のバイアスが働く可能性があるからだ。

 その人間の性格や人生は関係ない。制御しているようで、踊らせているもの。

 欲というものは、そいうものだ。だからわざわざ個別に名前がついている。

 そして、名前がついてるものは、人間と深く関係しているものだ。


 ラッキーマンはただの伝承ではない。どこの国でも、ただツイてるだけの人間の逸話が存在する。

 確実に存在すると知られている、軌跡の存在だ。

 そんなものが目の前にあり、いつもの自分でいられる人間のほうが少ない。


 そこで、パットン達はラッキーマンが何者かの説明をしなくて良いように、王国仕込の掌握術の一端を噛み砕いて教えているのだ。

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