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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
幸運の親友

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44/63

第一部「ラッキーマン」

 辺境の町に、奇妙な噂が流れ始めたのはつい先日のことだった。


 ある商人が崖から落ちかけたが、通りかかった枝に引っかかって助かった。

 ある農夫が川に落ちたが、流れの向きが急に変わって岸へ打ち上げられた。

 ある旅人がならず者に囲まれたが、その場で天井が崩れてならず者だけが下敷きになった。


 一つ一つは偶然に見える。しかし続くと、人間は意味を見出したがるものだ。


 辺境の地では【ラッキーマン】がいる、という話が広まった。



 パットンがその話を屋敷に持ち込んだのは、書類の整理が一段落した夕方だった。


「辺境の各所で、不自然な幸運の話が集まっている。これほど集中する例は珍しい。ラッキーマンの出現を示唆する報告もある」

「ラッキーマンとは?」


 カックラウがお茶請けの皿を並べながら聞くと、ティーカップを並べながらジェーンが答えた。


「幸運な種族よ」

「君には聞いていない。パットン王子に聞いているんだ」

「同じことを言うに決まってるでしょう。そうですよね?」


 ジェーンが振り返って言うと、パットンは困ったように頬を搔いて、一呼吸置いてから答えた。


「……幸運な種族だ。ジェーンの言う通りな」

「ね?」


 ジェーンは長い猿の尻尾を手のように腰に当てて、得意気にしながらも、カップを並べる手は止めていなかった。


 思わず、カックラウは「王子……それはないでしょう」とすがるような目をした。


「他に言いようがないんだ。ラッキーマンとは種族といえば種族だが……特性みたいなものなんだ」

「それは自分は犬の獣人で鼻が利く――と言ったようなものですか?」

「ちょっと違うな……。そうだ! グライム! オマエならこういう説明も得意だろ。ラッキーマンについて説明してやってくれ」


 パットンは振り返ってから気付いた。

 グライムだけが、ラッキーマンという言葉に反応をしてなかったことに。

 ひとり足を組み、窓から外を見ていた。話は絶対に聞こえているはずだ。


「グライム……何か知っているか?」

「……いや」


 答えが一拍遅かったのを、パットンは見逃さなかった。


「知っているんだな」

「知らない」

「オマエが知らないと言う時は知っている時だ」

「そんなおかしな論理を持ち込むなよ……。アンタが今日いつトイレに行ったのを答えさせるつもりか?」

「まさか数えてるのか?」

「わからないってことだ」

「そんなわけがないだろう。これまでの経験則だ。オマエが短い言葉で打ち切ろうとするときは、なにかを隠してる時だ」


 グライムは少し間を置いた。ずいぶんとパットンに見破られるようになってきたと。

 それからため息をついて、窓の外から視線をパットンにやった。


「名前はなんて言っていた。噂の中心にいる人間の」

「名前まで断定して把握している段階ではない。目撃情報が散発的に入っているだけで」

「ルカか?」グライムは言った。「もしくはルカという名前の人間の周辺で起きているか」

「まさか、本当に心当たりがあるのか」


 グライムは長い息を吐いた。

 覚悟を決めたというよりも、観念したという態度だった。


「親友だ」グライムは言った。「もしそいつがルカって名前のラッキーマンなら、オレの親友だ」

「詳しく話せ」


 パットンが言うと、カックラウがすぐさま記録帳を開いて書き込む準備を始めた。

 ジェーンは報告書からルカという名前が出ていないか確認をした。

 二人とも作業をしながらも、グライムの話に耳を傾けた。


 グライムはルカという人物ではなく、パットンの言う通り、ラッキーマンについて説明した。


 ラッキーマンは、何億人に一人しか生まれない希少種であること。

 能力は操作できず、本能的に発動すること。

 本人が不利益を受けそうになると、その原因を排除する方向へ幸運が働くこと。

 幸運は周囲にも訪れるが、利益を求める者ほど不幸を引き寄せる傾向があること。


「欲の深さに比例する」グライムは言った。「得をしようとすればするほど、その分だけ跳ね返ってくる」


 カックラウが記録帳に情報を書き込む横で、パットンは少し黙ってから、低い声で言った。


「グライム……私は危険か」

「どういう意味だ?」

「ヴァレンへの復讐心を持っている。それは欲に値する感情だと思っている」


 部屋が静かになった。


 グライムはパットンを見てよく考えた。そして、答えを選びながら、自分でも確認するように言った。。


「復讐心は欲に似ている。方向は違うが、強さは似てる可能性がある。ラッキーマンの能力がどこまで読み取るかは分からないが、近くにいれば何かあるかもしれない」

「つまり危険だと」

「用心する方がいい。ただでさえアンタはムッとしやすい」

「オマエが怒らせるからだろう……」


 パットンは腕を組んだ。不服そうな顔をしているが、否定はしなかった。


 その僅かな沈黙の隙間を縫うように、ジェーンが口を開いた。


「ルカという男の名前が複数上がっています。グライムの言うことが本当なら、ルカがラッキーマンで間違いないでしょう」

「よっぽど信用ないんだなオレは」

「こっちが地下牢の見張りをしてる時、何度あなたに騙されたと思ってるの」

「四回だ。もしも、ググゲ族の古代犬語を解読したって今も信じてるなら、五回だけどな」

「今、あなたへの信用ゼロになったわ……」

「じゃあ、あとは積み上げるだけだ」

「じゃれついてる場合か……」


 言い合うグライムとジェーンの二人を見て、パットンは盛大なため息を落とす。


「そういうのがダメなんだ。ルカの前でこれみよがしのため息なんて落としてみろ」

「そんなことで気を悪くするほど繊細ななのか?」

「気を使うんだ。気を使わせるってとは……わかるだろ?」


 グライムは最悪な事態を説明させるなと肩をすくめた。


「そうだ! 王子。感錠を使ってはどうですか」


 ジェーンがあることを思い出しながら言った。


「感錠?」

「強い感情に反応する魔法道具です。元々はグライムへの対策として研究されていたものですが、今回の件ではパットン王子の感情の波を観測するのに使えます」

「待った。対策として研究されただって? オレ対策? 聞いてないぞ……そんなこと。ボンドも知らないってことは、相当用意周到に隠してたな」

「違うわよ。研究されていたものって言ったでしょ。今は交渉中に感情を読むための研究をしてるの。嘘をついたらわかるように」

「嘘発見器か」

「今はそこまで使えないわ。強い感情に反応して、相手の動揺に気付くかどうか」

「それか、相手に利用されるかだ。強い感情ってことは、取り調べに対する怒りにも反応する。情報の錯乱にはもってこいだ」

「だからよ。あなたには使えなくなったのわ……。余計惑わされるから」

「光栄だね。専用の道具を作られるのは、手口を真似される次に気分がいい」

「本当……どうしようもない男ね……」


 額に手をついて呆れたジェーンだったが。カックラウに小さく咳払いをされ本題に戻った。


「それで、機会があればグライムにつけてデータを取ろうと思っていたのですが」

「今さらっと凄いこと言ったな……。今はもう正式にパットンの部下だぞ」

「だから、あなたには付けてないでしょう。ほら、王子。これです」


 ジェーンは箱に入っている感錠を取り出した。


 手首に装着する小さなリング型の器具で、強い怒りや苛立ちを感知すると淡く発光する仕組みだ。

 精度は高くなく、軽い感情には反応しない。


 パットンがそれを装着した。形だけ見れば普通の装飾品に見えるが、本人の表情は普通の装飾品をつけた人間のそれではなかった。


「グライムになったみたいだ……。気分が悪い」

「それを聞いてオレも気分が悪い。泣きそうだ」

「オマエがそんなこと気にするたまか……。ジェーン、本当にこれは必要なのか?」

「念のためです」

「念のため、という言葉でどれだけのことを押しつけているか理解しているか?」

「まぁ、待てパットン」


 グライムは馴れ馴れしくパットンの型を組んだ。


「なんだ?」

「念のためだ」

「は?」

「だから念のため」


 グライムがニヤニヤすると、ジェーンは呆れつつも口元に笑みを浮かべていた。

 彼は試しているのだ。

 勿論パットンをではない。パットンが付けている感錠が反応するかだ。


 そして、そのことはすぐにパットンも気付いた。腕輪が黄色に点滅したからだ。


「グライム……オマエを遠ざけるのが一番手っ取り早いぞ」

「念のためにか?」


 グライムが文字通り『念のために』パットンを怒らせると、感錠はその怒りを引き受けるかのように赤く光った。


「グライムの念のためは効果あったようですね」


 ジェーンがくすりと笑うと、パットンは恨みがまし視線を送った。


「ジェーン……君までからかうのか」

「いえ。本当の念のためですよ。パットン王子がヴァレンに恨みがあり。もしもそれにラッキーマンが負の反応を示すのならば……ヴァレンに有利な方向へ働く可能性もあります」


 パットンは何も言わなかった。

 しかし、そのしかめっ面と、黄色点滅する腕輪が答えだった。

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