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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
踵の秘密

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第三部「新鮮な死体一つ」

 計画はその日の夜にすぐさま実行した。


 グライムが骨格を組み、ジェーンが実行面を確認し、パットンが現場の配置と包囲を担った。

 三人が集まって話し合うのは、こういう時のいつもの形だ。


「もう一度確認するぞ。司祭は今、自分への疑いが晴れたと思っている。衛兵の捜査がルーカスの自殺という方向へ動いた。しかし司祭はこう考えるはずだ。誰かが自分の過去の手口を知っていた。隠密は証拠を残さないが鉄則だ」


 グライムの言葉に、パットンが強く頷いた。


「つまり証拠隠滅に動く」

「次の死体が出たと知れば、現場へ確認しに来る。その瞬間を押さえる」


「ジェーンが死体を演じる」パットンはジェーンに向かって言った。「頼めるか」


「できます。問題は剣ですね。司祭に疑いを向けるためには……」

「必要ない」グライムはどこにでもある短剣を渡した。「これでいい」

「グライム、あなたねぇ……新鮮な死体って時点で胡散臭いのよ……」

「死んだふりしろって言うよりオシャレでいいだろ。そして、本当に剣はなんでもいい。やつが本物がどうか確かめるために近づけばいいんだ。そしたら、あとはジェーン。君が捕まえられる」

「死んだふりのほうが伝わりやすい」


 ジェーンの非難の視線をグライムは胡散臭い笑顔で交わすと、パットンに「あとは司祭にそれとなく情報を伝えるだけ。カックラウには頼んだか?」

「もちろん、儀式用のものが他に盗まれていないか、何度もオットーに確認させている。相当苛ついてるそうだ。町民も噂しはじめてる。……よくこんな姑息な手が思いつくな」


 町の中でさりげなく広がっている噂話は、次の死体が出たという話だ。

 まだ殺されていないのに、死体があるという噂が立つ。

 当然気になって『どこで、だれが』となるのが普通だ。

 しかし、場所は噂には含まれていないので、この部分が不確かになって広まる。

 あるものはまた倉庫でと言うし、森の中でという者もいる。


 そうこうしてるうちに司祭のオットーの耳に入る。

 ただの噂話だと思っていても、だんだん気になり始めるだが昼間のうちに噂になった場所を回れば、噂を流した本人に気づかれるかも知れない。

 そう悶々としてるところに、カックラウが盗まれたものはないかと何度も聞きに来る。


 気になった司祭は、カックラウの話を盗み聞きする。

 そこで、北区からやや離れた路地で何かが起こっているという偽情報をわざと漏洩させる。

 夜に移動できる範囲にある路地だ。

 隠密が裏の姿の彼ならば、チャンスだと思って動く。


「芸術と言ってくれよ。ありもので決着を付けるのが一流だ」

「決着はまだだ。司祭が来た時、証拠を確認しようとして手を伸ばす。その瞬間が勝負だ」





 夜になった。


 選んだ路地は、今朝の現場から離れていたが、構造が似ていた。

 倉庫の壁が両側に迫り、夜になれば灯りのない暗がりが続く。

 石畳は昼間に乾いていた。


 ジェーンが路地の中央に横になっている。


 仰向け、両腕を体の横に揃え、足を真っ直ぐ伸ばした。服は薄手のものに替えてあり、胸の辺りに暗がりで傷に見える染みをつけた布を当ててある


「息が見えると死体に見えない。呼吸は浅くしてくれ」

「無茶言うわね……」

「死んで、生き返ってくれって言ったほうが良かったか? 影が動いてるんだ」

「わかったわよ……」

「本当にわかってるか? 司祭が道具に手を伸ばした瞬間に起き上がれるか」


「あなたがオットーだったら、今殺されてる」


 ジェーンはグライムの胸ぐらを掴んで引き倒すと、にっこり笑った。彼女は猿の獣人なので、尻尾を器用に使える。体を起こすなどわけなかった。


「お見事。降参だ。せめて、オットーを捕まえるまで生かしておいてくれると助かる。もしもキスのための口実を探してるなら、オットーが来るまでに君の腕は疲れることはないから失敗」

「死んだお姫様をキスで起こすのは王子の役目よ。あなたじゃない」


 ジェーンが手を離すとグライムは立ち上がってにっこり笑った。


「君もお姫様じゃない」

「なにがしたいのよ……」

「死体にしては服が乱れてないからね。これで自然に乱れた」


 グライムは路地の入口近くの壁際に立つと、倉庫の壁の陰に溶け込んだ。

 パットンは路地の反対側の出口に近い位置にいる。


 あとは待った。


 夜の辺境の路地は静かだ。

 遠くで犬が吠える声が一度したが、すぐに止んだ。

 風は昼より弱くなり、草の匂いはほとんど感じられなかった。


 石畳が夜気を含んだ冷えた風に撫でられ、倒れ込んだジェーンは寒風に晒されるが、それでも身動き一つしなかった。


 一時間が過ぎた頃、路地の外に気配があった。


 足音が聞こえたので、グライムがパットンに伝わるように合図をし、パットンは了解の合図を送った。

 しかし、彼に足音は聞こえていなかった。


 それは静かな足音。普通の人間がのんびり歩く音とは違う。

 意識して音を消している人間の歩き方だ。

 つまり靴が落ちる音ではなく、靴が砂利をこする音だ。


 グライムに聞こえるそんな音は、地面に倒れ込んでいるジェーンの耳にはもっと大きく聞こえていた。


 自分に向かってくる音に、彼女は心臓が高鳴りそうになるのを必死で押さえた。

 鼓動を抑えるための深呼吸は出来ない。

 まるで恋い焦がれるように、呼吸を完全に止めて早く来いと祈った。


 だが、その足音は路地の入口の前で止まった。


 止まったまま、しばらく動かない。

 覗いている。路地の中を確認している。


 それから人影が路地に入った。


 月明かりが届かない路地の中で、それでも輪郭は見えた。

 老いた男の体格。背が少し曲がっている。しかし歩き方が、老人のそれではなかった。

 曲がった背などもろともせずに、滑るような足取り。

 踵をわずかに浮かせた重心の前にある歩き方だ。


 間違いなく、オットーだった。


 グライムは壁際で息を止めた。


 オットーはジェーンが横になっている場所へゆっくりと近づいた。

 立ち止まると、死体を確認することなく、懐から何かを取り出した。


 それはナイフだった。

 

 グライムの読みが外れた。

 オットーは証拠を隠滅しに来たのは間違いないが。

 今回は証拠を消すのではなく、証拠を作るものを消しに来た。


 つまり、死体だろうがなんだろうが念のためにとどめを刺し、死体を隠そうということ。


 グライムが危ないと叫ぶより前に、ジェーンが尻尾をバネのようにして使い立ち上がっていた。


「無理! これ以上息を止めてたら死ぬわ! あら……ナイフ」


 急に起き上がる死体を見て、オットーが固まった。


 完全な偶然により、思わずオットーは石化したように思考が停止してしまった。

 そのおかげで、彼はナイフを落とした。


 瞬き一つの隙を見せたのち、オットーは素早く踵を返し逃げ出した。

 グライムが気付いた踵の浮いた立ち方が、走り方にそのまま現れた。


 速い。六十近い老人の体格とは思えない速さだ。

 完全に隠密の動きだった。


 グライムが壁際から出ると、オットーはすぐさま機転を利かせてルートを変えた。

 だが、その瞬間、挟み込むようにパットンが来た。


 オットーは両方向から挟まれた。

 倉庫の壁は高い。

 オットーは立ち止まると、長く息を吐いた。


「オットー」パットンが言った。「拘束する」







 屋敷の一室で、パットンがオットーと向き合った。


 オットーは椅子に座り、両手をテーブルの上に置いていた。

 表情はほとんど変わらない。神殿で見た時と同じ目をしている。


「話してもらえるか」


 パットンは静かに言った。

 急がせない、脅さない。それがパットンの問い方だった。


 オットーは最初、答えなかった。テーブルの上の自分の手を見ていた。


「二件だ」グライムが横から言った。「転落死、それに溺死。今回のルーカスもだ、

全部、オマエに繋がる。路地に来るのに時間が掛かったのは、ルーカスの家に行っていたな? 共謀者は誰かと探るために」


 オットーは黙っていた。


「明らかな誘い出しに乗ったのは、状況が変わったからだ」

「……オマエたちが罠を仕掛けた」


 オットーはようやく言った。


「そうだ」

「ルーカスが自殺だったと気付かなければ、私は今頃、衛兵に囲まれていた」

「それがルーカスの計画だった」グライムは言った。「あいつは自分の死を、告発に使おうとした。オレが自殺だと気付いてしまったから、計画は一度失敗した。しかしその代わりに、オレたちが動いた」


 オットーは少し間を置いた。それから、ゆっくりと話し始めた。


 昔の話だ、とオットーは言った。

 今の仕事とは別の仕事をしていた時代の話だ。

 隠密の仕事だった。国の境界を越えて動く種類の仕事で、表には出ない。証拠を残さない。それが仕事だった。


 だが、その仕事を辞めた。歳を重ねれば、思うように動けなくなる。それを見越して司祭になった。

 過去を捨てた。新しい名前で新しい場所に根を張った。十年以上が経った。


「誰も知らないはずだった」

「しかし知っている人間がいた。ヴァレンだ」


 パットンがその名前を出した瞬間、部屋の空気が変わった。


 オットーの表情が、静かに固くなった。


「ヴァレンに声をかけられた。昔の仕事に戻れと。断れば過去を暴かれる。引き受ければ今の生活が続く。……わかるだろう」


「商人と職人を始末したのは、オマエの意思か」

「指示があった。役目が終わった駒は片付ける。それが仕事だ。昔から変わらない」

「ルーカスは」


 グライムが口を挟んだ。


「あれは予想外だった。まさか自分の死を告発に使うとは思わなかった。私の仕事もよく手伝ってくれたしな」

「なるほど……油断したんだな」

「そうだ……。三日前に来た時、私の立ち方を見ていた。礼拝の後、少し話した。その時の目が気になった。何かに気付いた人間の目だ。それで接触した。黙らせようとしたが、王国に訴えると言い出した」

「それで、同じようにおびき出そうとした。しかしルーカスは向かってきた」グライムは言った。「逃げる方向ではなく、告発の方向へ」

「あれがどういう意味か、最初は分からなかった。しかし衛兵が動いている様子を見て、気付いた。私への告発だと。だから今夜、確認しに行った。協力者がいるからな。いつまた同じことが起きるか分からない。証拠となるものは全て消す。それが仕事だ」

 オットーはそこで口を閉じた。これ以上は話す気がないという顔をしていた。


 パットンは立ち上がった。


「連行する」


 オットーが連行されていく背中を、グライムは黙って見ていた。

 すると、彼は一度立ち止まった。


「若いの。オマエも気を付けろ。同業者としての忠告だ。影は闇に消されるぞ」

「爺さん。影が薄いってのは、褒め言葉だ。同業者ならわかるだろ」

「なるほど……一度一緒に仕事をしてみたかった」

「殺しには関わらないのが信条だ。諦めてくれ」

「ほら、もう行くぞ」


 パットンは余計な会話をするなと、オットーを兵士の元へ連れて行った。



 翌朝。辺境の北区の路地は、何事もなかったように静かだった。


 荷運びが往来し始め、倉庫の扉が開く音がし、昨日と変わらない朝の景色が戻っていた。石畳は乾いており、昨夜の緊張の痕跡はどこにも残っていない。


 グライムは屋敷を出て、一人でルーカスが死んでいた路地を通り過ぎた。


 石畳に染みが残っていたが、朝の光の中では目立たない。通り過ぎる人間には気付かない程度の跡だ。


 ルーカスがこの路地を選んだのには理由があったはずだ。

 倉庫街の、人目につかない場所。昨夜の雨が上がった後を選んだのも、証拠が残りやすい状況を作るためだったかもしれない。

 命をかけた計画の細部まで考えていたのか、それとも追い詰められた末の選択だったのか、今となってはわからない。



 屋敷へ戻ると、パットンが書類を広げていた。

 過去の二件について、再調査の手続きを進めているらしかった。


 一件目の転落現場と二件目の溺死現場について、当時の証言者を改めて確認する必要がある。

 オットーへの尋問と合わせて、事故処理されていた二件が改めて調査対象となる。


「解決したな」


 グライムは椅子に座りながら言った。


「した」パットンは書類から目を上げずに言った。それから目を上げた。「しかしヴァレンへは繋がらない。オットーがヴァレンの指示だと言っても、証拠がない。否定されれば終わりだ」

「わかってる。でもそれでいい。これで決定したことがる」

「私たちを辺境に追いやってるうちに、進め、固めておきたいことがある。そうだろう?」


 パットンは書類を机に置くと、その上にため息を落とした。

 グライムは珍しく、申し訳なさそうな顔で切り出した。


「そうだ。それに……今回の事件がどっちにプラスになったかはわからない。思いの外早く解決したのか、それとも手間取ったのか……」

「グライム……。ルーカスの件だが」

「何だ」

「命をかけて残した告発が、最終的に事件を解決に向けた。オマエが自殺だと気付いたことで一度は計画が止まったが、そのおかげでオマエが動いた。動いた結果として、今夜捕まえた」

「回り道をした」

「結果として間違いではなかった」

「ルーカスのやり方の方が単純だった。オレがいなければ、衛兵がオットーを調べて、過去が出てきた可能性がある」

「オマエがいなければ、オットーは証拠隠滅の時間を十分に持てた。どちらが正しかったかはわからない。わかっているのは、私はオマエの頭脳に助けられ、オマエに感謝してるということだ」


 グライムは何も言わなかった。


 窓の外で辺境の朝の光が路地を照らしていた。

 周囲を外壁で囲われていない辺境の町は、太陽を遮るものが少なく、石畳が光を受けてわずかに輝く。

 城下町にないものがここにはある。


「それにな、ヴァレンが辺境の地に残したものがあるように、私たちも国へ残してきたものがあるだろう」 


 パットンは棚からワインを手に取ると、ラベルを見せてからグラスへ注いだ。


「海賊ワインね。おっ、ラベルの帆船が東へ向いてるぞ。あなたが恋しいだって。結局暗号はラブレターだな」

「勝手に解読するな……」

「朝から飲むんだ。ツマミには丁度いいだろ」

「王族のプライベートだぞ」

「なら、ラブレターの返事をオレに書かせるなよ」

「しょうがないだろう。海賊ワインの暗号を解くのも組み合わせるのも覚えてる時間がない。この執務の量だ」

「言い訳するから。気付かないんだよ。オレが暗号の内容を書き換えて送ってることに。ちなみに、マリアに送った暗号は……言わないほうがいいな」

「待て! なんと書いた!」

「マリアから直接聞けよ」

「変なことは書いてないだろうな」

「アンタがたまにうわ言でつぶやく愛の言葉を、赤裸々にしたためだけだ」

「今一番の敵はヴァレンではなく、オマエのような気がしてきたぞ……」

「そう褒めるな」

「褒めてない」


 そう言って、どちらからともなく乾杯をする。

 今日の二人は、いつもより少しだけ砕けた雰囲気に包まれていた。

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