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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
踵の秘密

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第二部「間違えた推測」

 神殿の外へ出るなり、パットンはグライムの背中を叩いた。よくやったと。


「オットーには完璧なアリバイがある。現場で自殺だと見抜いて、司祭への疑いを最初から否定できた。さすがだなグライム」

「いや、間違えた……。オレの責任だ」


 グライムは真剣な顔で言った。


 パットンが歩きながら顔を向けた。

 何を言われたのか、一瞬意味を測りかねたような表情だった。


「どういう意味だ。自殺だと見抜いたのは正しかったのではないか。オットーのアリバイが確認できた。推理が正しかったということだろう。私も一緒に確認した」

「自殺だとわかったのは正しい。ルーカスは自殺をしたんだ。間違いない。でも、間違えた。現場で自殺と気付いた時、オレはそれで終わりにしてしまった。なぜ司祭の剣で死んだのか、そこまで同時に考えるべきだった……」

「自殺した理由か? 考えすぎじゃないのか?」

「ルーカスは自分で剣に倒れ込んで死んだ。それは間違いない。しかしなぜ司祭の儀式剣を使ったのか。自前の刃物でも、川でも、高所でも、死ぬ方法はいくらでもある。わざわざ神殿から剣を盗み出して、それを使って死んだ理由がある」


 パットンは少し考えた。

 グライムの言うとおりだった場合、自殺をした理由は告発できない立場ゆえのダイイングメッセージの可能性があるということだ。


「司祭に疑いを向け、調べさせるためか?」

「そうだ。衛兵は司祭の犯行だと処理しようとしていた。もしオレが来なければ、凶器だと思われてた儀式剣を持って、そのまま司祭への尋問もなく牢屋に入れられたはずだ。ルーカスはそれを狙っていた。司祭が調べられれば、何かが出てくるはずだと思っていた」

「つまりだ……ルーカスは……命をかけて司祭を告発しようとした? 」

「そうだ。自分の死を証拠にした。しかしオレが来て、自殺だと見抜いてしまった。衛兵の捜査の矛先が変わった。ルーカスが命をかけて仕込んだ計画を、オレが潰してしまったんだ」


 パットンは黙った。しばらく二人は無言で歩いた。石畳の音だけが続く。


「それで、間違い……か」

「そうだ。推理の正しさより先に考えるべきことがあった。なぜその死に方をしたのか。そこから始めるべきだった」


 再び沈黙があった。

 司祭を捕まえるというのは難しい。根付いた信仰と言うものはそれほど厄介なものだ。

 だからこそ、ルーカスは命を賭して不正を暴こうとした。


 しかし、疑いだけではなにもすることが出来ない。

 領民は国だけに忠誠を誓っていない。仮に、司祭を捕まえ。なにも証拠が見つからない場合。

 それは暴動へと変わり、自分に帰ってくる。

 ここでの目的はあくまで、辺境の地の統治だ。


 パットンが思い悩むのもわかるので、グライムは踏み出せるよう情報を整理しながら口にした。


「オットーの足元を見たか」

「椅子に座っていたが」

「踵が浮いていた」


 パットンはその言葉の意味を、しばらく頭の中で転がした。

 踵が浮く。それが何を意味するのか、彼には皆目見当もつかなかった。


「踵が浮いている、というのはどういうことだ? まさか天使族か!? 司祭ならば天使族とも関わりがある」

「パットン……辺境の地に来て、王子の身分を隠すことなく捜査が出来るようになったからって、浮き足立ちすぎだろう……。頭を使うのはオレの役目だ。いいか? 椅子に座った時、人間は普通、足の裏を床につける。踵を浮かせたまま座るのは、意識しないと難しい。しかしオットーは意識していなかった。自然にそうなっていた。長年かけて体に染み込んだ姿勢だ」

「私をバカにするなら、それが何を示すか言え……」


 グライムは周囲に誰もいないのを確認したが、それでも声を潜め、パットンの耳元で行った。


「あれは隠密だ。暗部が使ういつでも機敏に動ける立ち方だ。踵を浮かせて足の前側に重心を置けば、立ち上がる時も走り出す時も一瞬速くなる。不意の事態にすぐ対応できる。子どもの頃から司祭として育った人間には染み込まない姿勢だ。別の仕事で身につけた立ち方」

「六十近い老司祭だぞ。なにが出来る」

「疑われないのが隠密の最重要項目だ。第二王子のことを考えれば身に沁みるだろう? お互いにな……」

「ならば、ルーカスはそれを知っていた。ということか」

「知っていたから、司祭の剣で死ぬことを選んだ。司祭を直接告発しても誰が信じる。清廉な老司祭が過去に別の仕事をしていたと言っても、証拠がなければ通らない。だから自分の死を証拠にした。司祭の剣で死ねば、衛兵は司祭を調べる。調べれば何かが出てくると思っていた」

「しかしオマエが来て、自殺だと見抜いてしまった。それで衛兵の捜査が止まった。……だとしたら厄介だな。司祭に話をしにいくのは危険だ。疑われ、証拠を隠滅させられる可能性がある……」


 空に浮かぶ大きな雲が風に流された。

 まるで物事が大きく動くかのように、形を変えて流れていく。


「だから、調べる必要がある。ルーカスが何を知っていたのか。司祭の過去に何があったのか。オレがやることを間違えたのなら、せめてそこだけは明らかにする」

「未解決の過去の事件はいくつもある……調べてみるか」


 パットンは衛兵の詰め所へ向かった。

 王族の身分を使えば、記録の閲覧を断られることはない。

 衛兵の隊長は渋い顔をしたが、命令として押した。


 その過去十年分の死亡記録に、グライムとジェーンと三人で全てに目を落とす。


 事故、病死、老衰、喧嘩による怪我。

 辺境の町に起きた出来事が、淡々と記録されていた。


 大抵はなんてことのない記録だが、一年前のある記録でパットンの手が止まった。


 東区で男性の死体が発見されている。

 死因は転落。高台から落ちた形跡があり、事故として処理されていた。

 被害者は中年の男性、小商人。

 事故として片付けられたため詳しい調査は行われていなかった。


 続けてページをめくった。


 九ヶ月前。

 西区で別の男性が溺死。川沿いで倒れているところを発見。

 事故として処理。

 こちらも中年の男性で、職人だった。


 そして、どちらも遺体の損傷は激しかった。


 パットンは二枚の書類を、それぞれグライムとジェーンに見せた。


「この二つは同一犯だ」


 グライムはジェーンと書類を交換しながら言った。

 彼女もその言葉に頷いた。


「一件目と二件目の現場状況も、争った跡がないという記録があるわ。転落と溺死だから……表面の状況は違う。でも、誰かと揉み合った痕跡がないことは共通している。おびき出されたのは間違いないわ」

「それか、安心させたかだ」

「殺すのに安心させるの?」


 ジェーンは意味がわからないと言った顔をした。


「いいか? これを違法薬物だと考えてみろ。そのものを密輸するわけじゃない。商人が材料を密輸し、職人が商品を作り、商人が商品となったものを密輸する。辺境の地だ。外から運んだものを城に運ぶと考え直せばわかるだろ?」


「ヴァレンだな」とパットンが苦虫を噛み潰したような顔で言った。「関係していると思われる事件は一年前起こっている。グライム、オマエが国へ戻ってきた頃。そして六ヶ月前は、城壁の一部が壊された事件が起こった頃だ」

「待って! それって全部繋がってるってこと?」


 ジェーンは情報を組み合わせた。


 パットンが運んでいた馬車の荷物をグライムが狙った事件。

 この辺境の地から運ばれたものだということだ。

 そして、壊れた城壁を直すために再び何かを運んだ。それが半年前。


 殺された順番は商人が先。つまり材料を運び終え役目を終えたからだ。

 そして、城壁の何かを作っていた職人も、役目を終え殺された。


 ルーカスがどちらか、もしくは両方の殺害を目的した。

 恐らく熱心な信者だったがゆえ、ルーカスは許せなかった。

 だが、話しても信じられることはない。

 それで、信者の立場を利用し、儀式剣を盗み他殺に見せる自殺をした。


 これがこの事件の真相だった。

 そして、ますますパットンの表情が険しくなった。


「司祭に手を出せなくなったぞ……。ヴァレンが関係しているのならば、これをネタに捕まえるのは不可能だ」

「なぜヴァレン第二王子はそんな地味な嫌がらせを……いや、パットン王子に捕まえさせようとした?」

「だろうな。たぶん。きっと流れる噂はこうだ。『辺境の地に左遷された王子が謀反を起こし司祭を拷問し利用しようとした』立派な国家反逆罪だ」

「そんな明らかな嘘を誰が信じるというの?」

「ここいる奴ら以外だ。辺境の地にいるのは、いわばパットンの精鋭部隊だ。こっちにも都合がいいけど、あっちにも都合がいいってこと。実際のところ、今はなにもできないだろう」


 グライムはどうしたものかと書類を見直したが、どうにも突破口がなかった。

 自分を陣営に引き入れるのは諦めていないので、この事件を使いパットンを陥れることはないはずだ。

 つまり、揺さぶりか、時間稼ぎだ。

 そして、それは見事に成功していた。


「どうにか司祭、いやネズミの尻尾を出させる方法はないか?」


 パットンは苛立っていた。辺境の地までも影響力を及ぼすヴァレンの力と、自分の不甲斐なさにだ。


「いっそ反乱をするって宣言したらどうだ?」

「変なことを言って混乱させるな」

「オレも混乱する。ってことは、ヴァレンも混乱するだろ。一矢報いる事はできる。待った……混乱させるか」

「反乱するだなんて噂は流さないぞ」

「混乱させるのはヴァレンじゃない。オットーだ。ルーカスが死んで真実を知る者がいないとわかって安心しているか、勘付かれたと焦ってるはず。どちらにせよ、そんな状態で、また儀式用の剣で誰かが刺されたらどうすると思う?」

「……確認しに来るわね」

「しかし、儀式用の剣を用意できないだろう」


 ジェーンもパットンもまだ、グライムが考えた作戦のキモを理解していなかった。


「この作戦には儀式用の剣は必要ない。用意するのは一つだけでいい。それも簡単に入る。それは――新鮮な死体一つだ」


 グライムは勝ったと笑みを浮かべると早速準備に取り掛かった。


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