第四部「誰も損をしない形」
帰り道は、行きと違い二人だった。
アジトを出た後、街道に戻るまでの森の中の道で、グライムがどこからともなく現れた。エプロンはもう外している。
普通の旅人の格好に戻っていた。まるで最初からそこにいたかのように、自然に隣に並んだ。
「解決だな」
「来るなと言った」
パットンが前を向いたまま言った。
「言ったな」
「来ていただろう」
「いま来たところだ」
「給仕がいたぞ」
「宴の場に給仕は珍しくない」
「酒器の持ち手に空気穴があった。どうにも器用に、私の時だけ指の位置が違った」
「よく見ているな。独身の女を口説く時のために、指輪でも確認してるのか?」
グライムは特に焦った様子も、誤魔化そうとする様子もなく淡々と答えた。
しかしどれ一つ認めてもいない。
言葉のどれもが事実であり、同時にどれもが核心を避けていた。
「あの水のおかげで交渉ができた……礼を言う。恐らく向こうはオマエの存在に気付いた」
「まあ、たとえ話で聞いてやるよ」
「仲間になれと言うのに、こちらの仲間を一人も連れてきていないのでは、信用にならない。オマエがいたからだ。どうやって侵入して、どうやって変な道具を手に入れたかは知らないがな」
パットンはしばらくグライムを見た。
グライムは見返した。
どちらも動じない。
木の葉が風に揺れる音がした。鳥が鳴いた。森はそれ以上何も言わなかった。
「……オマエが何をしたにせよ」パットンはついに言った。「助かった。本当にな」
「それなら改めて、ありがとうと言うべきじゃないのか? 礼儀が足らない王子だ」
「たとえ話なんだろう? それともまさか……本当に山賊だったのか?」
パットンが言い返してやったと肩をすくめると、グライムは笑みを浮かべた。
二人は街道を歩き、遠くに停めていた馬車へと向かう。
王都への帰路は四日かかる。辺境の仕事はまだ山積みだ。
パットンは改め今の状況について考えていた。
ギルハルトとの合意を王国に正式申請する手続きが要る。申請が通るまでの間、通行料が廃止された街道をどう維持するか、段取りを考えなければならない。
他にも複数の案件が手元に積まれている。山があった。書類の山が、あの執務室で待っている。
しかし、パットンの足取りは軽かった。
最初の案件として、これは悪い結果ではない。
違法な徴税は終わる。街道は引き続き整備される。戦争で居場所を失った者たちが、正当な仕事の場を得る。
王国は辺境の街道管理を実質的に確保する。
誰も損をしない形が、話し合いの中から出てきた。
彼らを山賊として処理すれば、そうはならなかった。
ギルハルトたちを追い払えば、街道は誰も管理しない状態になる。村人は困る。商人は困る。
王国も困る。それは解決ではない。
相手を退けることが仕事の終わりではない。退けた後に何が残るかを考えることが、本当の仕事だ。
一方でグライムは、なぜヴァレンがここの統治をパットンに任せた考えていた。
なにかしら輸入か輸出したくないものがあり、故意に山賊問題を放置していたのは明らかだ。
地方戦争の被害兵が、都合よく他種族国家となり始めた国の辺境で、自警団と称す山賊が誕生している。
恐らく始めは洗脳とも言える扇動があったはずだ。
つまり明らかな入れ知恵がある。
だが、状況を逆手にとって考えると、ここでの行動はヴァレンにタイムラグとなって伝わる。
逆もまた然りだが、少なくとも距離という公平さが生まれた。
辺境の朝は、王都より光が多い気がした。




