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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
辺境の番人

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39/62

第三部「二度目の宴」

 次の日の午後、情報が届いた。

 ギルハルト・ヴァーン。元傭兵。戦争で滅んだ東の小国の傭兵隊長だった。

 その国が戦争で壊滅した後、生き残った兵士や難民を引き連れてこの地に流れ着いた。

 一時は食べるに困る状態だったが、街道整備の仕事を自分たちで始め、少しずつ共同体を形成していった。

 王国への届け出は一度も行われていない。


「戦争で居場所を失った人間たちだ。王国の制度を知らないか、知っていても近づきにくかったか。どちらにせよ、悪意でやってきたわけじゃない。かわいそうだ。助けてやろう……」


 グライムが大げさな反応をすると、パットンはじろりと睨んだ。


「なにを隠している……」

「なにも隠してない。前半で本音を言って、後半で茶化しただけだ。どう考えたってヴァレンの陰謀だろ。ここで流通をストップさせたいものがあったんだ」


 グライムは海賊ワインのラベルを一瞥すると肩をすくめた。

 そして、パットンに飲むかとグラスを傾けた。


「そのことで相談がある……」


 パットンはギルハルトとの話し合い時のことをグライムに話した。


「面倒だぞ……。そういう自分ルールを押し付けるやつはな。オレなら絶対に手を組まない相手だ。だって、大抵その行為に意味がないんだぞ」

「そうもいかないだろう。こちらは王族としてしっかり話し合うつもりだ」

「無理だろう。一日二日で酒が強くなると思うのか? 諦めろとは言わないけど、酒を飲まない手を考えたほうがいい」

「さんざん国で無視してきたんだぞ。これ以上またせられない。護衛を増やして再度訪問するという意見が出ている。どう思う」

「護衛のことならオレじゃなくてカックラウに聞けよ。二度手間だろ」


 グライムに顎をしゃくって指されたカックラウは一度ムッとしたが、少し間を置いてから答えた。


「護衛を増やせば交渉の性質が変わります。こちらが強制力を見せることになる。相手は戦場経験のある集団です。威圧は逆効果になりかねないかと」

「オレも同じ意見だ」


 パットンは窓の外を見た。夕暮れの空に雲が流れている。茜色が遠くの稜線に溜まっていた。


「なら簡単だ。私が一人で行く」


 カックラウの表情が変わった。


「それは!」

「護衛なしだ。武装もしない。交渉として向かう。力の差を見せる目的で行くなら、護衛は意味がある。しかしこの件は交渉だ。一対一の方が相手に誠意が伝わる」

「危険です!!」

「わかっている。それでも行く」


 カックラウはもう一度間を置いた。それから頷いた。諦めたのではなく、グライムに頼もうと思ったからだ。

 しかし、その思惑は見破られていた。


「オマエも来るな。腹底を見せ合うのに不要だ」


 グライムは少しの間パットンを見て、表情からなにかを感じ取ろうとした。


「一人で行って、また酔いつぶれる気か」

「今度は飲み方を考える」

「まあ、パットンの決めたことだからな」グライムは肩をすくめた。「わかった」


 あっさりと同意したことが、パットンには少し気になった。

 グライムが簡単に引き下がる時は、たいてい何かを考えている。しかし今はそれを追及する気にはなれなかった。


「十日後に出る。体調を万全に整えてな」とパットンはカックラウへ言った。「それまでに相手のことを整理しておけ」

「御意!」





 その日のうちにグライムは王都へ使いを出した。

 頼んだのは特定の酒器の手配だった。


 順調にいっても馬車で10日以上かかる辺境地だが、手紙の一つを届けるくらいなら半分もかからない。

 なぜなら馬車は陸路であり、グライムは他の方法も知ってるからだ。


 そして、目当ての酒器が届くのに一週間掛かかり、カックラウがそれを届けに来た。


「一体何をするつもりだ……」

「パットンを助けるんだよ。この道具でな」


 グライムはあと2日ほどある時間を使い、ある作戦を実行することにしたのだ。

 今からやるのはその準備だ。


 届けられた酒器は、グライムが関わったある事件に使われたものだ。


「なにかわかるか?」


 グライムが聞くと、カックラウが眉間にしわ寄せた。

 犬顔が威嚇するように険しくなるが、起こっているわけではない。真剣に考えているのだ。


「まったくわからないな……」

「これはな。ある事件で毒殺に使われたものだ。なかなか面白い構造をしてんだ。ほら、ここを見ろ」


 グライムはカックラウに酒器の説明を始めた。


 見た目は普通の注ぎ器と変わらない。

 しかし内部の構造が特殊で、二つの流路が分かれており、それぞれ別の液体を入れることが出来る。


 持ち手の裏側に細い空気穴があり、親指で塞ぐか開けるかによって流路が切り替わる仕組みだ。


「使い方は単純だ。ギルハルトに注ぐ時は親指を離して酒が注ぐ。パットンに注ぐ時は親指で穴を塞いで水を注ぐ」

「初めてオマエを天才だと思ったぞ……。これならパットン王子が無理をすることもない!」

「問題は二つ。いちいち酒器に水を注げない。魔石で片方の穴を常に水で満たす構造に変える。2日以内にな。それが上手くいったら、どうにか潜入して、酒の注ぎ役になる。楽勝だな」

「どこがだ……。こっちは三つ言いたいことがある。2日では無理だ。潜入も無理だ。魔石を使うなら、違法魔道具の作成になる」

「気にするな。この酒器自体が違法なもんだ。よく考えろ。暗殺道具だぞ」


 グライムは考え足らずを責めるような言い方をしたが、カックラウは納得行かなかった。

 それもそのはず。どう考えてもグライムの言い分がおかしいのだ。

 だが、アジト周辺の地形を聞かれたり、宴の場所を確認されたりと、矢継ぎ早の質問により言い返すことが出来なかった。





 二日後。

 パットンは一人でアジトへ向かった。護衛なし、武装なしだ。

 道中で馬車を降り、一人歩きながら、今日の朝の出来事を思い返した。


 馬車の準備をしていたら、グライムが通りかかった。

 なにか言われると思い、先に一人で行くとた伝えると、グライムは「そうか、気を付けろ」とだけ言って行ってしまった。

 あっさりしすぎていたのが、今更気になったが、もう引き返す気はない。


 前回の失敗を引きずっているわけではなかった。

 あの宴は準備不足だったのを認めるが、あれはあれで得たものもあるというも事実だ。


 ギルハルトの人柄と、広間の空気と、山賊たちの笑い声。あれは本物だった。略奪者の笑いではなかった。


 今回はその土台の上に話を積み上げればいい。

 以前は土台の上に土台を作ろうとして不安定になってしまった。パットンはそう思っていた。


 門番は二人。同じ顔ぶれだった。パットンの顔を見ると、一瞬驚いた顔をした。


「おう! 一人か?」

「一人だ」

「変わってんなぁ……入れ」


 短い間があった。

 護衛もなく一人で来た、その意味を遠慮なく値踏みするような間だった。


 広間では、また宴の準備が始まっていた。

 パットンが来たからではない。


 ただのお祭り騒ぎだ。


 ギルハルトはパットンを見て、口の端を上げた。

 まさかまた来るとは思っていなかったからだ。

 

「また来たか」

「今度はまともな話をしに来た」

「まず飲め。話はそれからだ」


 それは前回と同じ言葉だった。


 しかしパットンは今回、覚悟を持って来ていた。

 前回は流れに任せて飲んだ。今回は同じ文化の中で、別のやり方を見つける。


 酒を断れば礼を失する。ならば飲みながら、冷静さを保てる飲み方を探すしかない。

 同じ教育、同じ思想の者とのみ語れる者が応じ名乗っていいはずもない。

 その気合が伝わったのか、ギルハルトは不敵に笑った。


「なら、今日はこれで行こう。前回は初対面ゆえに遠慮した。気兼ねなく飲ませてもらう」


 ギルハルトはコップ2杯分ありそうな器の椀をパットンに投げ渡すと、すぐさま注いだ。


 だが、パットンも怯んではいない。

 どうにか、こちらに良い風を吹かせようと思い、乾杯の音頭を自ら取ると、周りで歓声が上がった。

 それを聞きながらごくりと一口飲んだ。

 前回と同じ麦酒だ。たった一口でも、喉が焼けるように熱くなるほど強い。


 パットンは一口飲んで、椀を置いた。


 既に宴が始まっていた。


 前回と違ったのは、最初から少し飲み方を意識したことだ。

 口をつけても、飲む量を少なくする。椀が空になる前に話題を振る。そうすれば注がれる回数が減る。

 完璧ではないが、多少は対処できると思っていた。


 しかし気付いたのは三杯目の途中だった。

 酔いが来ない。


 前回は三杯目で頭が揺れ始めた。今は三杯飲んでも、頭が鮮明なままだ。

 むしろ、少し軽くなった気さえする。


 おかしい……。そう思い、パットンは椀を見た。


 するとあることに気付いた。

 液体は麦酒の色をしている。泡も立っている。だが、それはギルハルトの椀だ。

 自分の椀に注がれた液体は、木目が見えるほど透明だった。


 もう一口飲んだ。

 口の中で転がす。香りはない。舌が受け取るのは、間違いなく水の味だ。

 パットンはゆっくりと椀を置くと、誰かに適当に話を振るついでに広間を見回した。


 給仕の男が酒器を手に、山賊の一人の椀に注いでいる。


 その時。男の右手の親指が、酒器の持ち手を自然な動きで撫でているのを見つけた。

 次の相手の椀に注ぐ前に、親指の位置がわずかにずれる。


 空気穴だ。

 パットンはその動作の意味を理解した。酒器に二つの流路がある。持ち手の裏の穴を親指で操作して切り替える。


 山賊に注ぐ時は酒。パットンに注ぐ時は水。


 なぜそんなことをしているのかと思っていると、給仕が向かってきた。

 知っている顔だ。

 来るなと言った相手の顔だった。


 グライムは何食わぬ顔で椀に水を注いだ。親指で穴を塞いだまま、一切の表情を変えずに。

 そして、パットンにだけ見えるように空気穴をずらし、隣の山賊に酒を注ぐと、再び酒器に酒を満たしに言った。


 パットンはグライムになにも言わなかったが、良いだけではない笑みが口元へ浮かんでいた。




 宴は夜が深まっても続いた。

 山賊たちは次第に酔いが回っていった。

 笑い声が大きくなり、体が揺れ始め、普段より饒舌になっていく。パットンはその変化を、冷静な目で眺めることができた。


 前回は自分がその波に飲み込まれていた。今回は岸の上から酒に溺れる者たちを見ている。


 ギルハルトも三杯目を超えたあたりから、少し口が柔らかくなった。表情に丸みが出て、目の奥の警戒が薄くなっていく。

 それでも芯は残っている。この男は酔っても崩れない種類の人間だ、とパットンは見た。力が中心に居座っていて、酒ごときでは動かない。


「一つ聞きたいことがある」


 パットンは椀を置いて言った。


「なんでも聞け。オレはいつだって何でも答えるぞ。不思議と誰も聞かずに一人でごきげんなやつが多いんだ」


 ギルハルトはよったままの笑顔で、ご機嫌に答えた。


「ここに来る前に、街道沿いの村で話を聞いた……。倒木を片付けた話。橋を直した話。魔物を追い払った話。みんな、オマエたちに感謝していた」


 ギルハルトは少し目を細めた。まだ返答せず、言葉の続きを待っている。


「だが、商人たちは怒っていた。通行料を取られるとな。その違いは……オマエたちの中に基準があるからだろう。何か基準がある」

「そうだ」ギルハルトはゆっくりと言った。「村に住む人間は俺たちの仲間と同じだ。街道で生きる人間だ。そいつらから金は取らない。商人は外から来る。街道を通って利益を得る。その利益の一部をもらうだけだ」

「それが通行料か」

「街道を整備して、橋を直して、魔物を追い払う。それに金がかかる。その金を、街道を使って稼ぐ商人が払う。何がおかしい。それが国の成り立ちだろ?」

「論理は分かる。実際にお前たちがやっていることの価値も認める。橋が直らず

、倒木が片付かず、魔物が出続けたら、この街道は使えなくなる。それは王国にとっても損失だ」

「だろう」

「しかしだ!」口を挟ませないよう、パットンは語気を強くして続けた。「徴税権は王国にある。それは覆らない。オマエたちがどれほど正当な仕事をしていても、王国の許可なく通行料を取ることは、法の上では違法だ」


 ギルハルトは黙った。

 広間の騒ぎが続く中、二人の周りだけが少し静かになった。その静かさは不穏ではなかった。言葉を受け取っている時間の静かさだった。


「王国に届け出たことは?」

「ない」ギルハルトは言った。「戦争が終わった後、俺たちには何もなかった。王国に近づいても、食い物にされるか、邪魔者扱いされるかのどちらかだと思った。実際、そういうことが起きてる」

「地方の戦争か……」

「戦後に行き場のない兵士たちが自治を試みて、王国の役人に解散させられた。財産を没収されて、散り散りになった。財産を没収した国に、なにを出せと言った?」


 今度はギルハルトが語気を強めた。

 それがこの共同体が王国と距離を置いていた理由だったと。


「オマエたちが今やっていることを、王国が正式に認める形がある。街道警備隊として雇用する。倒木の撤去、橋の補修、魔物退治、旅人の保護。それを正式な業務として認め、王国が報酬を支払う。通行料は廃止する。代わりに王国の予算から支払われる」


 ギルハルトは無言だった。広間の騒ぎが遠くなっていく気がした。


「オマエたちのやっていることが違法なのは、王国の許可がないからだ。許可を与えれば、同じ仕事が正当な仕事になる。仲間を食わせることができる。法の外に立つ必要がなくなる」

「信用できるのか」


 パットンは直接ギルハルトの目を見た。


「私はパットン。王国の第三王子だ。この領地を統治している。王子の言葉は、王国の言葉だ。ここで交わした口約束は、書面にして王の印章を押す。それで十分か?」

「……十分かどうかは、やってみなければ分からない」


 初めてギルハルトが怯んだ。

 パットンがはっきり断言したからだ。

 第三王子であろうと、酒の席であろうと、これだけ話を聞いている数が多い中での断言は危険だからだ。


「その通りだ」パットンは言った。「信用は最初から与えられるものじゃない。積み重ねるものだ。だからこそ最初の一歩が要る」


 ギルハルトは椀を手に取り、一口飲んだ。それから卓に戻した。

 考えているのではなく、気持ちを落ち着けている時間のような、静かな動作だった。


「前に来た時と違うな」

「前は酔っていた。酒にも、自分の使命にもな。今日は友として酔いに来た」

「今夜は飲んでいるのに、酔っていない」

「強くなったのかもしれないな」


 ギルハルトは少しの間パットンを見た。それから小さく笑った。値踏みが終わった後の、判断を固めた時の顔だった。


「やられた……まさか一国の王子が賊を利用しようとするとはな……。あdけど面白い王子だ」ギルハルトは言った。「分かった。書面を見せてくれれば、考える」

「考えるではなく、受けるか断るかだ。言ってなかったが、私は賊の扱いには慣れている」

「そのようだ。わかった……受ける方向で考える。久しぶりに見たよ。こんなわがままな王子をな」


 パットンは頷くと、景気よく「酒だ!」と叫んだ。

 すると周囲で歓声が上がる。

 オレにも注がせろと、パットンの周りに山賊が酒を持って集まってくる。

 また二日酔いになってはたまらないと、パットンは慌ててグライムに向けて椀を差し出した。




 翌朝、パットンはさっそく書面を作った。

 王国の承認を受けるには時間がかかるが、まず基本合意として署名する形を取った。パットンの署名と印章。

 それに対してギルハルトの署名。内容は、通行料の即時廃止と、街道警備隊としての正式雇用を王国に申請することへの双方の同意だ。


 ギルハルトは署名の前にもう一度読んだ。ゆっくりと、一行ずつ。指でなぞるように読む。文字を追うというより、言葉の重さを確かめているようだった。


 その姿は、さながら部隊長のように様になっていた。


 広間には昨夜の宴の名残がある。

 片付けられた椀の跡と、炉の灰と、酒の匂い。朝の光の中で見ると、昨夜の熱気が別の世界のことのように感じられた。し


 かしそこに残っているものは確かにあって、人が集まり笑い合った場所の空気がまだ漂っていた。


 パットンが灯した、仲間の炎の名残だ。


「一つだけ言っていいか」


 ギルハルトは書面を持ったまま言った。


「聞こう」

「俺たちは仲間を食わせるためにここに来た。街道を守ることが仕事だと思ってきた。王国の役人に解散させられた仲間の話を聞いて、王国に近づかないようにしてきた。それが間違いだったとは思わない。しかし、こういう道があるなら、最初から知りたかった」


 ギルハルトの声に、隠しきれない重さがあった。


「伝わらなかったのは、王国側の問題でもある。辺境の状況を知ろうとしていなかった。それはこれから変える。国を信じられないなら、私を信じろ。私を通しての国に信用がなくなれば遠慮なく裏切れ。これだけの屈強の男たちが集まっている。私の首など一捻り出来るだろう」


 ギルハルトは笑顔浮かべると署名した。

 そして、握手を求めてきた。

 パットンはその大きな手を握った。傷跡が多い、長い年月を戦ってきた手だ。骨が太く、握り返す力が静かに強い。


「よろしく頼む」とギルハルトは言った。

「こちらこそ」とパットンは答えた。


 宴の狂乱ではない歓声が上がる。まるで山に満ちては引く波のようだった。

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