第二部「山賊ではない者たち」
その頃グライムは街道沿いを歩いていた。
目的の場所を決めずに歩く、というのが彼の情報収集の基本だった。
目的を決めると、その目的に合う情報だけを拾いやすくなる。
そうではなく、まず歩く。見る。聞く。話しかけられたら話す。
そうして拾った断片を後で繋げる。
理屈で考えて足を動かすのではなく、足を動かしながら理屈を見つけていく。
要するに普通の生活をするということ。
言うの簡単だが、情報収集しながら普通の生活をする人間に見せるのはなかなか難しい。
どうしても、欲しい情報には欲が出るから。
欲が出るということは、招待も出るということ。
グライムは冷えた朝の空気で深呼吸した。
草の上にはまだ露が残っていて、歩くたびに靴の先が濡れた。
鳥が鳴いていた。遠くに山の稜線が見えた。王都にはない空の広さを感じ、グライムはある意味ほっとしていた。
グライムの目的の一つが城にあるのは確かだが、どうせ第二王子がいる間は潜入も創作も不可能だ。
それならば、彼の目が届かない辺境の地は、のびのびと頭を使うことが出来る。
街道沿いには村が三つあった。
最初の村はありきたりな農村だった。
小さな畑が家の周りに広がり、鶏が庭を歩く牧歌的な村だ。
朝の炊事の煙が細く立ちのぼっており、その家のすぐ近くの井戸端で水を汲んでいた老婆に声をかけると、すぐに有効に敵に話しかけてくれた。
だが、山賊の話をすると老婆は目を細めた。
「山賊なんて呼び方は失礼だ。ギルハルトさんたちは助けてくれる人たちだ。去年の春に大きな倒木があって、街道が三日も通れなくなった時に、半日で片付けてくれた。あれがなければ薬を買いに行けない人がいたんだ」
グライムは大げさに同意の表情を浮かべると、これまた多く頷きながら聞いた。
高齢者の口を滑らすには大きなリアクションをするに限るからだ。
「通行料は取られないんですか?」
「取られない。わたしたちからは取らない。商人さんたちからは取るらしいけど、商人さんたちは稼ぎがあるでしょう。こんな貧乏な村からは取らないよ。むしろこっちが気を使って卵をあげたりするくらいさ」
老婆はそれを当たり前のことのように言った。
理屈として成立していると思っているのだろう。恨みではなく、ごく自然な感謝が言葉の中にあった。
つまり、需要と供給の関係が成り立っているのだ。
二番目の村では、宿屋を営む中年の男が話してくれた。
「橋が二年前に傷んでな。王国に頼んでも来てくれないんだ。遠いから後回しにされる。そこへギルハルトさんたちが来て、木材と職人を連れてきて直してくれた。ただでだ。それから毎年、雪解けの時期に点検に来てくれる」
「商人さんたちは怒っていますよ。通行料が高いと」
「高いかな?」と男は首を傾げた。「橋を渡るたびに少し払う。倒木があればすぐ片付けてもらえる。魔物が出れば追い払ってもらえる。安いと思うけどな。王国の街道管理が来てくれれば話は別だけど、来てくれないからな」
男の声には諦めがあった。王国は来ない、という確信に近いものが滲んでいた。
来ない者をあてにするより、目の前で助けてくれる者を信じる。そういう判断が自然に根付いている場所だった。
三番目の村では、若い女が教えてくれた。
「去年の冬に旅人が迷子になってね、夜中に吹雪の中で倒れているところをギルハルトさんたちが見つけてくれた。うちの村まで連れてきてくれて、三日も世話してくれた。お礼を言いに行ったら、当然のことだって言われたよ。頼りになるんだー。ギルハルトさんって!」
女の話し方に、感謝と尊敬が混ざっていた。
グライムは三つの村を歩き終えた後、街道のわきの石に腰を下ろして少し考えた。
明らかに、届いて書簡の内容と違う。
帰路につく途中。街道を通ってきた商人二人とも話した。
一人目は毛皮の行商人だった。
「月に一度この道を使う。毎回銅貨五枚取られる。少額だが積み重なれば馬鹿にならない。許可もないのに金を取るのは山賊と同じだ」
二人目は薬草を運ぶ行商だった。
「通るたびに止められる。丁寧に頼まれるし、脅されはしないが、払わないと行かせてもらえないかもしれない雰囲気がある。商売として困る」
グライムは二人の話を聞きながら、村人たちの話と並べた。
普通の山賊なら、村人からも嫌われる。略奪して回るからだ。
しかし今回のケースは、村人から感謝されている。それどころか尊敬の念もある。
だが、普通の公的な警備なら、商人からも感謝される。安全を保障するからだ。
しかし今回は商人が怒っている。
この二つが同時に成立するのは、一つの説明で繋がる。
彼らは自分たちを山賊だと思っていないのだ。
原因は国の領地管理がずさんだからだ。
村人の言っていたように、ここに国からの支援が来ることはほぼない。
よく考えれば、第二王子の計画に邪魔なパットンを封じ込めるために、ここへ飛ばされた。
問題が山積みならば、パットンがそれを優先するのが分かっているのだ。
その結果、ここの領地は無法状態になっていた。
だから街道の管理者として、保護者として動いている者が現れたのだ。
村人を守り、倒木を片付け、橋を補修する。そして管理の対価として、街道を通行する者から料金を取る。
村人はからは取らない。なぜなら村人は彼らの守る共同体の一部だからだ。
商人からは取る。なぜなら商人は街道の利用者だからだ。
論理としては筋が通っているし、とてもシンプルだ。
問題は、王国への届け出がないことだ。
徴税権は王国にある。
それを知らないか、あるいは知っていても王国との交渉方法が分からなかったか。
どちらであるかによって、話の進め方が変わってくる。
グライムは考え事がまとまらないまま、屋敷への道を歩き始めた。
翌日。二日酔いも治り、パットンが屋敷で書類を整理していると、グライムが戻ってきた。
「おい……どこに行っていた。魔法錠は外したが……オマエはまだ犯罪者のままだぞ」
「たかが、第三王子が乗ってる馬車を襲っただけだろ。それで犯罪者だなんて……」
「普通なら、首がなくなってるぞ」
「しょうがないだろう。欲しいものがそこにあったんだからな」
「子供か……」
「だったら爺ちゃん思い出してくれ。あの時、なにを運んでた」
「それは少し話しただろう。わからない。ルミナス暗号を解くものがあったんだろう? だが、積み荷の中身は秘密だった。陛下直々の命令だ。王子の私であっても、荷を開けることは出来ない」
「……それ、たぶんの第二王子の命令だぞ。パットンが開けないことを分かってて運ばせたんだ……。山賊のことをほったらかしといい……今のところ、ヴァレンのほうが一枚上手だ」
グライムは椅子を引いて座ると、パットに用意されていた水を一気に飲み干した。
「それだ。そのことで、グライムに相談がある――」
パットンが問う前に、グライムが答えた。
「村人は全員、ギルハルトたちに感謝している。商人は全員、通行料に怒っている。この二つが共存するのは、あいつらが街道の管理者として動いているからだ」
「管理者?」
「倒木を片付ける。橋を直す。魔物を追い払う。旅人を助ける。これは全部、本来なら街道管理が担うべき仕事だ。あいつらはそれをやっていて、その対価として通行料を取っている。自分たちでは正当な報酬だと思ってる。国がサボったツケだな。これはこじれるぞ。違法だろうがなんだろうが、民衆は向こうの味方だ」
パットンは書類を置くと、グライムの目をじっと見た。
「それは山賊ではないということか?」
「いいや。山賊のつもりはないんだろう。商人と国にとっては間違いなく山賊だけどな。ただ王国との正式な手続きを知らないか、やり方が分からなかったか。どちらにせよ、こちらが見えていないものがある」
「背景を調べられるか?」
「ジェーンに頼んだ。辺境に着いてから使える伝手を少し作ってある。ギルハルトについての記録が何かあれば届く」
「ほう……様になってきたな」
「だろ? パットンはまだまだだけどな」
グライムがからかうようにパットンの胸板を叩いた。
思わず叩かれた場所を触ったパットンはあることに気付いた。
「返せ……財布を」
「王子も財布を持つとは。国の威光ってもんあはどうなってんだか……」
グライムはもう報告することはないと、その日は解散した。




