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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
第二王子ヴァレン

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36/63

第四部「辺境へ」

 新たな朝を迎え、出立の準備が始まる中、パットンはマリアを呼んだ。


 パットンの妻。つまり王子妃だ


「マリア……君はここに残ってくれ」

「ええ、人質ですね」


 マリアはにっこり笑っていた。


「マリア……」

「大丈夫、わかっていますよ」

「あの男は、私たちが辺境へ行った後も、何か手を打てるようにしておきたい。私に直接影響を及ぼせる立場の人間を、手の届く場所に置いておきたい。それが君なんだ」

 パットンは自分に言い聞かせるように、声を抑えながら、しかし一語一語を明確に言った。


「理解しました」


 マリアは震えのない声で言った。


「本当にすまない……連絡の手段は恐らくない。手紙は全て検問されるだろうし、ジェーンの潜入も不可能だ。君が一番危険な場所にいることになる」


 パットンが目尻に涙を溜めて見つめると、マリアはくすくす笑った。


「心配しなくても大丈夫よ」

「気休めはいい……。私は君を牢屋に入れたも同じだ」


 震えるパットンの声は涙のせいだが、震えるマリアの声は笑いのせいだった。


 パットンが不思議に思うと、マリアはワイン瓶を一本取り出した。


「それは!?」

「海賊ワインって言うんでしたっけ? ここが牢屋ならばお似合いじゃないかしら?」


 パットンが面食らった様子を見て、マリアまたくすくす笑うと、もう一つのアイテムを取り出した。

 それはポプリだった。


「これは……ボンドが侵入する時に、カックラウの鼻を誤魔化すのに使っていたものか?」

「ええ、グライムがお友だちに話してくれたみたい。第二王子は、カックラウの鼻のことを言うと逃げたって。だから、お友達のゴブリンの匂い消しのギミックには気付いてないって。それと、海賊ワインの暗号の解き方を教えもらったわ。次にボンドと合う約束の場所と時間は、このワインの暗号を解けばいいの」

「あいつらめ……。よくもマリアに泥棒の技術を教えたな……」と憎たらしげに言う頃には、パットンの口の端に笑みが戻っていた。「無理はするな」

「それはあなたにも言えることよ。正しくない」


 パットンは少し黙った。それから短く言った。


「生きていろ。それだけだ」


 マリアは笑顔で頷いた。






 出発の日は晴れていた。


 考え事が何一つない頭の中のように、皮肉なほど良い天気だった。

 青い空が広がり、城下町を囲む城壁が、日差しを浴びて、白く輝いている。


 旅立ちに相応しい朝だとすれば、それが今日でなければよかったと思うほどだ。


 パットンの一行は、馬車二台と護衛数名で編成されていた。

 ジェーンとカックラウが同行する。グライムも乗る。それだけの一行だ。


 お世辞にも国が出した編成だとは思えない。

 これはヴァレンからの宣戦布告の意だった。


 王城の門を出る前に、パットンは一度振り返った。


 城壁が後ろに見える。

 その城壁のどこかの一部は、過去の事件で壊れ、修復されたものだ。

 そしてその修復の際に、魔法錠の境界が変わり、グライムへの罠が整えられた。


 全てが繋がっている。

 偶然はない。


「行くぞ、出せ」


 パットンは前を向いて言うと、御者の無知が空にしなって響いた。

 馬がいななき、馬車が動き始める。


 グライムは馬車の窓から王都を見ていた。

 行き交う人々。朝市の声。普通の日常が動いている。その中に、ヴァレンの協力者たちも混じっているはずだ。

 どの顔が、どの声が、そちらへ繋がっているか分からない。


「グライム」


 パットンが向かいの席から言った。


「七日の返答期限は今日で終わる」

「そうだな」

「断ったことになるな」

「そうだな」


 パットンはしばらく外を見て、日差しに早る気持ちを溶かそうとしていた。


「後悔するか」


 グライムは考えた。フリではなく本当に考えた。


「するとしたら新しい土地についてからだな」と言った。「これでしばらくは、オレはアンタの正式な部下だ。そう考えると後悔しかない」


 グライムは魔法錠が外れた腕を見せていった。


「一応釘を差しておくが、私は真面目に言っているんだぞ」

「わかっている」

「それでも続けるつもりか」

「当然だ。そうでなけりゃ、ボンドを残さない」


 グライムが視線を向けた先、パットンは幌の隙間からの外を見た。

 そこには露天売りがいる。馬車に直接売りに来る違法な商売だ。

 当然商人の馬車を狙う集団だが、国から出た馬車とは思えないほどの手薄な軽微なので、勘違いしてよってきたのだ。


 その中で、グライムはだらしなくお腹が出たオークからワインを、馬車の中から通り過ぎざまに買った。

 当然、そのオークは変装したボンドであり、暗号をしたためたワインを届けに来たのだった。

 二人に別れの挨拶はなし、変わりに商人にお礼を言うようにワイン瓶傾けた。

 すると、オークのお腹がいびつな形に膨らんだ。

 グレッチェンもグライムにしばしの別れを告げたのだ。


「パットン。アンタも覚えろよ。賊の手段を。マリアとラブレターを送り合いたかったらな」

「そのことで文句がある……マリアに余計なことを教えるな」

「別にいいだろ。女が強いほうが国はまわる。それに、海賊ワインは城でも仕入れる。ヴァレンも疑わない。酒瓶一本一本疑ってたらキリがないからな」


 いつの間にか馬車は王都を出て、東へ向かう街道へ入っていた。

 王都の輪郭が後ろへ遠ざかっていく。


 グライムはそれを見ていた。

 街道の両側に広がる草地が、街並みに取って代わる。空は高く、どこまでも続いている。


 遥か前方には、まだ見ぬ辺境がある。

 新しい土地。新しい事件。新しい陰謀。


 そして後方には、王都がある。

 そこでヴァレンが動いている。中央で、自由に、計画を進めている。


「パットン」


グライムは言った。


「どうした?」

「一つ確認していいか」

「もうひと目を気にすることはない。言え」

「ヴァレン、あいつが何者であれ——古代魔法を使うということは、その魔法の媒体が必要だ。何かを持ってる。その媒体が分かれば、証明の糸口になるかもしれない」

「辺境へ行きながら、中央のことを考えているのか」

「常に考えてる。頭脳は場所選ばない。辺境だろうが……牢屋でもな。アンタが一番身に沁みてるだろ?」


 パットンは少し間を置いて言った。


「本当に面倒な男だ……。だが、今はこんなに頼もしく感じるとはな」


 二人は同じ方向を向いていた。


 新しい辺境の地へ。






 その日の夜。


 王都の高い場所で、ヴァレンは報告を受けた。


 パットンの一行が出発したこと。

 グライムも同行したこと。七日の期限内に返答がなかったこと。


「失望しましたか」若い男が尋ねた。

「いや」ヴァレンは言った。

「期待通りだ」

「来ると思っていなかった?」

「来るとも来ないとも、思っていなかった。あいつがどちらを選んでも、次の手は変わらない」

「では今後は」

「中央での準備を続ける。パットンは遠い場所にいる。グライムもいない。今が動きやすい」


 若い男は頷くと、どんな命令でもといったように一歩引いた。


 だが、ヴァレンは手で制した。

「ただ」とヴァレンは付け加える。「辺境にいても、グライムは動く。確かだ。だから辺境での状況も、目を離さない」

「監視しますか」

「監視ではなく、観察だ」


 ヴァレンは静かに言った。


「あれほどの頭脳が、辺境でただ事件を解決するとは思えん。絶対にこの国に残っている仲間に知らせるはずだ。国外のニュースは常に私の耳に入れろ。どんな些細なことでもだ」


 若い男は黙って頷いた。部屋の灯りが揺れた。

 ヴァレンはもう一度、窓の外を見た。


 王都は静かだ。灯火が揺れている。パットンが去り、グライムが去り、中央で暗躍するものまた自分だけになった。


 心に一時の安寧の風が吹く予定だったが、グライムの最後の動作を思い返しすと、そうもいかなかった。

 城壁の欠片を投げた瞬間。

 あれは偶然ではない。周到に用意されていた。逃げ道を塞いだつもりだったが、別の逃げ道をグライムは持っていた。


 ヴァレンはそのことを、計算の中に書き込んだ。

 グライムは把握されても困らない動き方を知っている。把握させながら、核心を隠す。そういう人間だ。


 ヴァレンはここ数日、何度も思った惜しいという言葉を、また頭に思い浮かべてた。






 一方その頃、辺境への街道を進む馬車の中で、グライムは目を閉じていた。


 眠っているわけではなかった。

 頭の中で、あの夜の会話を繰り返していた。


 ヴァレンの言葉。

 そのどこかに、何か引っかかるものがある。うまく言語化できない。しかし何かが、頭の中に刺さっている。


 言わなかったことが、あった。


 あの人物は巧妙に言葉を選んでいたが、何かを言いすぎていた。あるいは言わないことで、何かを示していた。


 グライムはその感覚を大切にしまい込んだ。

 辺境へ着いたら、もう一度整理する。


 時間はある。


 知性は敵を選ばない。

 どこにいても、動ける。


 馬車は夜の街道を進んでいく。

 前方の暗がりの中に、新しい土地がある。


 その先に、次の物語が待っている。


 グライムは世界が太陽を落とし、闇に染まっていく中。

 一人静かに覚悟を決めていた。

シーズン1の終了です。

モチベーションと更新に繋がるので、ここまで読んでくれた方は、ブックマークと評価はお願いします。


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