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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
第二王子ヴァレン

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35/63

第三部「七日の猶予」

 異常を検知したのはパットンだった。


 夜半近い時刻だったが、彼は魔法錠の監視板を確認していた。

 理由は、グライムが自分に秘密を打ち明けたように、これ以上の協力を求めるなら、パットンのうちに秘めていることも話すのが道理だと思い、悩んでいたからだ。


 その時、監視板に光点が灯った。

 それはグライムの位置を示す点が、境界外へ出たことを意味していた。

 第二王子の名前がグライムの口からで後に、この反応は絶対におかしい。


 パットンは一秒も考えなかった。

 廊下へ出て、カックラウを呼んだ。


「グライムの座標が出た。今すぐ向かえ! 手順はいい! 現場に急行できるものが優先だ!」


 カックラウは即座に頷いた。

 言葉を一切無駄にせず。

 部下二名を呼び集め、三分もしないうちに部屋の外へ飛び出した。


 パットンは地図を広げた。座標を確認し、旧水路沿いの一帯であることを特定した。


 グライムは自分で呼び出した。

 これは偶然の信号ではない。

 旧水路もグライムが口に出していた場所だ。


 第二王子が接近したのは明らかだった。


 カックラウたちが旧水路沿いに到着したのは、信号から立った10分後だった。

 既に、ヴァレンの匂いは消えていたが、少しでも残っていたり、グライムが抵抗を見せていたら、カックラウの嗅覚に存在が気付かれていた。


 その引き時の見極めには、思わず簡単を漏らすほどだ。

 結局、7日後に返事をという約束だけを、グライムは押し付けらたのだ。


 これが勝利と言えるのか微妙なところは、グライムにとっても、ヴァレンにとってもだった。


 路地を抜けた先の中庭跡に、グライムが一人で立っているのを見つけたカックラウは、

素早く周辺を確認した。路地の奥。壁の陰。水路の上。どこにも人はいなかった。


 少し遅れてパットンがやってくると、グライムに駆け寄るり念のため再度周囲を確認した。


「グライム!! 無事か?」

「問題ない」

「相手は?」

「逃げた」

「そうじゃないだろ! 相手は?」


 パットンは一瞬表情を変えたが、すぐに戻した。

 ここには一般の部下もいる、不用意に出していい名前ではない。


「追えそうか?」

「無駄だ。もう痕跡はない。カックラウの鼻でも追えないだろ」



 グライムはそう言いながら、地面の一点を見ていた。

 自分が投げた城壁の欠片が落ちている場所だ。欠片は今や、ただの石のように転がっていた。


「パットン……隠れ家に帰るぞ」

「もちろんだ」


 グライムはパットンと並ぶと、停車している馬車に向かった。

 月明かりが路地の石畳を白く照らしている。

 二十分前の出来事が、すでに遠い時間のように感じられた。


 しかし、グライムの頭の中はいまだ動いていた。


 ヴァレンは逃げた。しかしパニックではなかった。

 計算の中で動いた。信号が送られた瞬間に状況を判断し、最も損害の少ない撤退を選んだ。感情で動く人間ではない。


 そして、グライムに対して七日の猶予を与えた。

 追い詰めなかった。

 それが最も気になっていた





 夜が深まる中、グライムとパットンは外にカックラウとジェーンの警備を立て、隠れ家に戻っていた。


 パットンが椅子に腰掛けると、グライムは立ったまま簡潔に話した。

 呼び出しがあったこと。相手がヴァレン第二王子であること。

 勧誘の内容。魔法錠の境界についての話。

 城壁の欠片を使って信号を送ったこと。

 そしてヴァレンが姿を消したこと。


 パットンは全てを黙って聞いていた。


「七日の猶予を与えた……か」

「ああ」

「なぜだと思う」

「二つある」グライムは断言した。「一つは、本当にオレに選択の余地を与えることで、自分から来させようとしてる。その方が長期的に使いやすい人間が得られる、という計算だ」

「もう一つは」

「七日間を別の目的に使う。オレを動けなくさせるか、オレが動く前に何か別の準備を整える、という可能性だ」

「オマエはどちらだと思う」

「どちらも正しい。あいつは両方を同時にやってる」


 パットンは腕を組むと、眉間に深いシワを作った。


「危険な人間だ」

「オレがこれまで接した中で、最も危険な相手だ」グライムは言った。「ヴァレンの顔をしてるが、考え方は政治家のそれじゃない。むしろ——」

「裏社会の人間のそれだ」


 パットンは淡々と口にした。批判でも憎悪でもない、ただの真実として。


 グライムは少し驚いたように見えたが、すぐに頷いた。


「パットンもそう感じてたのか」

「会う度に思っていた。王族らしくない。礼儀は完璧だが、心がない。必要なことしか言わない。相手が何を求めているかを計算しながら話す。それは政治家でもある種はそうだが、あれは次元が違う」

「信用を語らない。理念を語らない。結果だけを語る。あのやり方は、信頼を一切の基盤にしない。オレが知ってる犯罪者たちと同じやり方だ。それも組織の論理だ」

「単体ではないか……。証拠は依然としてない」

「そうだな」

「調査を続けるしかないな……」


 二人はしばらく沈黙した。




 グライムは椅子の背もたれに体をずらし、天井を見た。

 酒でも出すべきだったかもしれないと今更思ったが、手を動かす気にはなれなかった。


「一つ聞いていいか」


 パットンが言った。


「何だ」

「今夜、ヴァレンはお前を脅したか」

「直接的には脅されてない。むしろ普通の悪党にとっては助け舟だ」

「怒鳴ったか」

「してない。終始穏やかだった。静かに喋って、静かに消えた」


 パットンは少し黙った。


「それが一番怖い」

「そうだ」グライムは天井を見たまま言った。「脅す相手は感情で動いてる。感情で動く人間は、感情で崩せる。でもあいつは違う。詩人のシオンみたいに自尊心で崩れない。感情に訴えて揺さぶれない。オレが何を言っても、計算の中で処理してた」

「裏社会の論理か」

「政治家が建前を語るなら、あいつは結果しか語らない。信用も理念も必要としない。必要なことだけを動かして、不要なものは全部切り捨てる。そのやり方は、オレが知る犯罪者たちと同じだった」

「犯罪者が王族の仮面をかぶって動いている……。由々しき事態だという言葉では片付かないな……」

「そう考えた方が辻褄が合う。問題は王族の仮面は王冠付きってことだ。王冠が共有されば国は崩壊する。なぁ……パットン。ルミナス暗号って知ってるか?」

「泥棒のやることがわかるわけ無いだろう」

「これだ」


 グライムは棚からワインを一本取り出すと、月明かりに当てた。

 すると、テーブルに光の反射と影で作られた文が浮かび上がった。


『よく見つけたな! 海の兄弟よ!』


そう書かれている。これはただの海賊ワインにいたずら心で加えられた、透かし細工だが、ルミナス暗号の説明をするには純分だった。


 しばらく沈黙があった。

 パットンが脳内で情報を処理切れていないのだ。

 なぜなら、今グライムは第二王子について知っている情報をすべて話したからだ。


 他種族国家の停戦の廃止。それだけでも、第三王子という立場にあるパットンにとっては、後頭部をハンマーを殴れたかのように衝撃だ。

 これが国内のことだったら、まだ強引な手段を使える。

 しかし、第三王子の立場で勝手に動いしまい、第二王子の立場を潰すとなると、それはヴァレンの思惑通りになってしまう。


 今現在、パットンが動いても動かなくても、ヴァレンが有利なのは変わらないのだ。


「打つ手なしか……」

「気を付けろ。ヴァレンがオレに対する腕試しは終わった。次はパットン……アンタだぞ」






 翌週のことだった。


 パットンのもとへ王城からの正式な使者が訪れた。


 文書を持参した使者は、丁寧に礼をしてから封書を差し出した。

 王の印章が押されている。パットンは封を切り、内容を読んだ。


 文書の内容は一言で言えば、辺境地域への着任命令だった。


 王国の東部、辺境と呼ばれる地域がある。

 首都から10日ほどの距離。

 統治は一応されているが、中央との連絡が滞りがちな土地だ。

 そこに王族を派遣し、統治を補佐させる。

 将来有望な王族に地方行政の経験を積ませる、という名目だった。


 使者は嬉々として語っていた。

 この素晴らしい報告を読み上げることが、幸せだとでも言うように・

「このたびの任命は、殿下の優れた実績を王陛下が高く評価されてのことと伺っています。将来の国政を担う王族として、地方統治の経験は不可欠と。これは異例の栄転でございます」


 パットンは文書を静かに畳んだ。


「ご苦労だった。下がれ」


 使者が退出した後、執務室には静寂が残った。

 パットンはしばらく、畳まれた文書を見つめていたが、それを持って隠れ家へと急ぐと、

グライムに向かって「やられた……左遷だ」と嘆いた。

「だろうな。中央から遠ざけることが目的だ……。中央に留まって調査を続けることは、第二王子にとって最も都合が悪い。表向きに攻撃できない以上、制度を使って排除する。権力を使う人間ほど、静かに人を追い出す方法を知ってる」

「王陛下がヴァレンの影響を受けているということか」

「直接的じゃないかもしれない。ヴァレンの周辺の人間が、適切に情報を操作し、適切に推薦を入れ、適切なタイミングで申請を通した可能性がある。王陛下は知らずに署名したかもしれない」

「どちらにせよ結果は……」

「同じだな」


 パットンは立ち上がった。机を拳で叩いた。書類が一枚、床に落ちた。


「くそ」


 吐き捨てるのではなく、飲み込むように言った。怒鳴りはしなかった。

 声を荒げるよりも、抑え込んだ怒りの方が重い時がある。

 今のパットンはそういう重さを持った怒りに満ちていた。


 グライムは何も言わなかった。


 言えることは何もない。怒りに言葉をかぶせても意味がない。

 パットンが必要なのは、答えじゃなく時間だ。


 グライムは床に落ちた書類を拾い上げ、机に戻すと、その時ふとひらめいた。


「ジェーンとカックラウが同行できるぞ。栄転ならば、直属の部下の同行は認められるはずだ。なぜならパットンが三獣士と動いていたことを知っている」

「知らないで通されたらどうする?」

「栄転しなくて済む。目的はパットンを城から追い出し、捜査の手を届かないところまで計画を進めるつもりだ。絶対に折れる」

「まだ肝心なことを聞いていないぞ……」

「パットンが来いと言うなら行く」


 パットンは躊躇うことなく、グライムと握手をした。


「来い。オマエがいなければこの任務は意味をなさない。だが、肝心なことはそれじゃない。私とオマエの目的だ。二人が共有してなければ意味がない」

「まるで枷だな。アンタも魔法錠をつけるか?」

「茶化すところではない。私の目的は……グライム、オマエの予測通りだ」

「オレはなにも言ってない」

「気付いているんだろう」

「パットン、自分の口から言ってくれ」


「わかった。私も第二王子が偽物だと気付いていた。オマエよりずっと昔にな。ここまで簡単に予測がついただろう」


 グライムが頷くと、パットンは続きを話した。


「では、三国の王族暗殺計画については?」


 パットンの言葉に反応するように蝋燭の火が揺らめいて消えた。


 グライムはやることがあると、姿を消した。

 そして、出立の日までパットンの前に姿を表すことはなかった。

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