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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
死へと誘う詩

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29/63

第一部「三年前の秘密」

「まさか本当に忍び込むとはな……」


 グライムが酒瓶を傾けると、ボンドが上機嫌でチンっと乾杯した。


「グライム、オマエが誘導したんだぞ。まぁ、無理もない。この変装の達人のボンド様に頼りたくなる気持ちはわかるけどな」


「いいや、オレは誘導してないぞ」グライムがはっきり言った。「今ならパットンの気が緩んでると思っただけだ。まさか捕まるとは思ってないだろ……・。パットンに正体がバレたってだけで厄介なんだぞ……。城の抜け道を探すプランは中止だ」


 ボンドが城に忍び込み、ジェーンに捕まった、という報告をグライムが聞いた時、内心では焦っていた。


 記念日を忘れていたパットンへの助け舟として、ボンドが二人を引き合わせるように動いたこと、その結果としてゾンビ族の結婚式という幻想的な光景をパットン夫妻が目にしたこと、そのことでパットンがボンドに感謝しているのは事実だった。


 だからパットンが、自分に来る分の被害なら大目に見ることも予測はついた。


 問題は、地下牢で二人が仲良く酒盛りをして、グライムが密かに用意していた計画を先に使われたことだ。


「鍵型はな……ここぞってときのために隠しておいたんだぞ……。バレたら鍵穴が変えられるだろう」

「また捕まる予定なのか? 前回は脱獄しなくて済む方法を思いついたから、使わなかっただけだと思ってた。なぁ……ルミナス暗号の件はひとまず置いておいてだ……。文句があるなら、言えよグライム! 三年前! オマエはなにを見たんだ!!」


 ボンドの声が大きくなった。

 いつも飄々としているグレッチェンが思わずビクッと体をすくめた。


「大声を出すなよ。ほら、グレッチェンも怯えてる」


 グライムに指摘されても、ボンドは表情を変えることなくグライムを睨みつけたままグレッチェンに言った。


「出てろ、グレッチェン」

「おい、ボンド落ち着けって……」

「落ち着けだ? これが落ち着いてられるか? 城の侵入するのがどんなにヤバいことかわかってるだろ。グライム、オレを舐めてるのか? オマエとは友人で、今は仲間だ。だが、オレだって名の知れた悪党の一人だぞ。信用すらしていないってことは、利用してるのか? どうなんだよ!」


 ボンドが割れるくらいの勢いで、瓶底をテーブルに叩きつけた。


「落ち着け。頼むから落ち着いてくれ……」

「オレは落ち着いてる! オマエがかき乱してるんだ! いつもそうだ! 高いところから見下ろして、自分が一番頭がいいと思ってる。オレはオマエにとっては、使えるコマくらいにしか思ってないんだろう!! オマエは最低な男だよ!」


 ボンドが感情に任せて言い切ると、堰が切れたようにグライムも怒鳴った。


「第二王子は偽物だ!!」


 グライムは乱れた呼吸を整えると、椅子に座り直し、平静に戻ろうと窓の外をじっと見た。

 今まで誰にも話したことのない。三年前にこの国でグライムが見たもの。

 それが偽第二王子の存在だった。


「おい……どういうことだ?」

「忘れろ……。最後までは巻き込めない。少しでも話したオレが間違ってたんだ」

「わかった……。オレも謝る。……間違ってた。オレは使えるコマじゃない。超優秀な使えるコマだ」


 ボンドは話せと、グライムがテーブルに置いた酒瓶に、自分が持っている瓶を合わせてチンっと鳴らした。


「本当に危険なんだ。ボンド……オマエの仲間の家まで消されたんだぞ」

「南のベリア地方の地震だろう。オレたちがパットン王子を騙すのに利用した事件だ」

「数ヶ月月前。ゴブリンの集落がいくつか潰れた。潰れたっていうのは文字通りの意味だ。わかるか? 城の壁と同じようなものだ」


 グライムはここまで話せば、ボンドが事の深刻さを理解し、一歩引いてくれると思っていた。

 だが、ボンドはグライムと同じくらいの知識欲を持っている。

 あっという間に頭の中でワードを繋げていった。まるで、ルミナス暗号が光を浴びて宝石同士を繋げるように。


「指令書か……ルミナス暗号は指令書だ! 王族なら宝石を送られても不自然じゃない。そして、ルミナス暗号は宝石の並べ方と、魔光の当て方を知らないと解読できない」

「ボンド……」

「そうだ……あの地震、オマエは人工地震だって言ってた。それってつまり、魔力の暴走だろう? 誰かがゴブリンの集落でルミナス暗号を解こうとして失敗したんだ」

「ボンド……」

「なんだ! グライム! うるさいぞ! 今最高に頭が冴えてるんだ! 邪魔をしないでくれ!!」


「グレッチェンを見ろ」グライムが言った。「頼むから、無茶をする前に子どもの顔を見てから決めてくれ。ボンドも、グレッチェンも……オレにとっては大事な親友なんだ。裏の世界で親友が出来るのなんて、城に忍び込むより難しいことだってわかるだろ。頼むよ……。二人を失いたくない」


 グライムの本心だった。ボンドに助けてもらいたいのも本音だが、それはあくまで手伝いまでのこと。それはグライムがパットンのことを信頼し始めているからでもあった。

 パットンがいれば万が一のことがあっても、ボンドが最悪な状況になることはない。

 最近のパットンの言動から見て、グライムはそう判断していた。


 グライムの真剣な顔にボンドは、同じ顔で頷いた。


「わかった……」

「ありがとう」

「わかったぞ! 過去の条約だ! 聞けグライム」


 すっかり話し手が代わり、ボンドが会話の主導権を握っていた。

 テーブルにコルクや一欠片のパンなど適当なものを並べると続けた。


「今この国は他種族国家と呼ばれている。だが、本当は世界だ。世界が今まさに他種族の共存へと向かっている。そして、そのことに素早く目をつけた国がある。そのうちの一つがこの国。そして、他にも二つの国、合計三つの国が過去の大戦後に停戦条約を結んだ。その条件が――」

「――停戦条約の条件に"正統な王家"が含まれていた」


 もうボンドには隠せないと悟ったグライムは、一度真剣に彼の目を見た。そして頷くのを見ると、続きを話し始めた。


 王家の血統保証。婚姻。継承順位。それらを条件に停戦していた。

 しかし第二王子が偽物なら、現在の王統は連続性を失っているという主張が可能になる。


「条約の無効化を狙ってる勢力がいる」

「そうだ……」

「なるほどな……」


 それから無言の時間が流れた。

 ようやく沈黙を破ったかと思えば、酒が喉を通り落ちる音だ。


「グライム……オマエがこの国から離れた理由ってのは……」


 屋根伝いに音が響いた。二階の窓から風に紛れて入ってくる、この区画の子どもたちの声。

 それらはグレッチェンの友達だ。

 パットンが近づいてきた合図として、グライムが新しく決めた警戒の形だった。


 その数分後、一階のドアが開き、階段を登る音が聞こえた。


「この隠れ家は、私とグライムのもののはずだが……。いつもいるのか?」


 パットンはドアを開けて部屋に入るなり、ボンドの姿を見つけて眉間にしわを寄せた。


「新婚の邪魔をして悪かったよ。でも気を付けろグライム。こいつはこの間、牢屋でオレに迫ってきた。男なら誰でも良いのかも知れない」

「ボンド……席を外してくれ」

「ちょっとしたジョークだろう。オレたちの仲は海賊ワインで深まったはずだろう? 波間に揺れる酒樽のようにゆらりゆらりと」

「ボンド、頼む」


 パットンに言われると、ボンドはこれみよがしのため息をついた。


「はいはい……まーたオレは仲間はずれなのね。わかったわかった。どうぞ、ご自由に。稀代の大悪党様と、第三王子様に言われたら、子持ちの小悪党なんていうことを聞くしかありません。グレッチェン帰るぞ。グライムは新しく出来た友達とお話だ。古いお友だちは古い通りに追い出せとよ」


 声をかけるグライムを、軽く手を上げてあしらうと、ボンドはグレッチェンを連れて出ていった。


「なにかあったのか?」

「なんでも……。それでなに? また事件なんだろ」

「そうなんだが……」


 パットンが椅子を引いて座った。

 机の上の書類を一枚取り出して、グライムに向けて置いた。


「連続怪死事件だ。三件、立て続けに起きている」



 書類には三人の被害者の名前と、死亡状況が記されていた。


 一人目。王都の歴史学者。自宅の書斎で死亡。外傷なし。窓は鍵がかかっていた。

 二人目。南区画の貴族。夜会の帰り道、路地で倒れているところを発見。外傷なし。

 三人目。王立図書館の司書。閲覧室の椅子に座ったまま死亡。外傷なし。


 共通点として、書類には四項目が箇条書きにされていた。


 外傷がない。

 死の直前まで誰かと会話している目撃情報がある。

 現場に文字の書かれた紙が残されている。

 微弱な魔力痕がある。


「宮廷魔術師の見立てはどうなってる?」グライムが聞いた。

「違法呪術師による連続殺人だ。魔力痕があるから、術式を使った何かだということは確実らしい。ただ具体的な術式の特定には至っていない。闇呪術師か、古代詠唱術者か、禁術師か、そのあたりを捜査している最中だ」

「現場に残された紙は?」

「呪文の一部だと宮廷魔術師は言っている」

「見ていいか?」


 パットンが別の書類を出した。現場に残された文字の写しだ。



 一件目。

   夜が問うてくる 今を疑おうと

   それとも罪を償おうか 息を奪おうか

   真相を知る者は語り 散る者は騙りに傾く

   天秤の裁きに揺られ 真実だけが遠のく


 二件目。

   太陽を追う者と 愛情の業に灼かれる二人が出会った

   鍵穴の奥を見つめ 何色を問うか

   失くした言葉を拾い 最期を乞うと

   夜空を漂う 誰にも届かぬ願いが 


 三件目。

   光を知る者は影を知る 時代を生きると死に消える

   視界を閉じ 支配の恐怖を消すのだ

   悲哀の死を悼み 心から消し去れ

   死を超え 未開の地図を破るのだ



 グライムは三枚の紙を並べて、しばらく見ていた。

 パットンがその様子を観察しながら言った。


「宮廷魔術師は呪文の断片だと言っている。術式の一部が残留したものだとな。今は魔力痕と合わせて呪術事件として処理しているところだ」


 グライムが顔を上げた。


「これは呪文じゃない」

「なに?」

「これは詩だ」


 パットンが書類を手に取り直して中身を確認した。

 グライムの指摘通り、「よるがとう」「うたがおう」でa-o-uという脚韻になっている。


「……言われてみれば。見ろ。グライム。ここでも韻を踏んでいる。それに行数が揃っている。しかも比喩表現が多い。確かに、これは詩だ。間違いないぞ」

「呪術として書くなら、もっと効率的な形がある。術式に必要のない比喩や揶揄が多い。これは文体の癖だ。呪術師じゃなく、書いた人間の癖だ」

「確かに……。三枚とも……ひねくれた文章だ。まるでグライム……オマエみたいだ」

「そんな褒めるなよ」

「見てるだけで頭が痛くなるといっているんだ」

「んなこといってるばあいじゃないだろ。いいか? 呪術師は効率を求める。無駄な美しさを入れない。これは逆だ。呪文としては無駄に美しい。効率より"読ませること"を優先している」

「つまりオマエが推理した通り」

「これを書いたのは詩人だ、呪術師じゃない。詩を書く人間が、詩を武器にした」


 パットンがしばらく黙った。

 詩に関してはグライムより彼のほうが詳しいからだ。


 詩というのは王族教育の一つだ。

 言葉を正確に操る能力や養ったり、演説や外交文章を書く基礎にもなる。なにより教養証明になった。

 何度も思い直しても結論は同じ。

 パットンの答えも、これは詩だということに落ち着いた。


「これが詩の形をしていることはわかる。しかし詩で人が死ぬか?」

「詩に術式を乗せたなら死ぬ可能性はある。普通の詩じゃないのは、事件が証明してる。詩は切りの良いところで終わってる。普通に考えたら……詩として完成した時に発動するように仕組まれた術式だな。殺した後、その場に残って、悠長に詩を書く変態だったら別だ」

「そっちはどうでもいい。詩を術式に乗せる。そんなことができるのか?」

「宮廷魔術師が分からなかった理由がそこだろ。呪術の形をしていないから、呪術として分析できない。詩として読まないと見えてこない。もしかすると、新しい魔法かも知れない」

「待った……。新魔法の研究許可はどこにも出ていないぞ」

「だから問題になってるんだろ」


 パットンが書類を机に置くと、腕を組んで難しい顔を作った。


「捜査対象を変える必要があるな」

「劇場関係者。吟遊詩人。写本職人。朗読会の参加者。詩に関わる人間を調べる。ただしこれは宮廷魔術師に言うな」

「劇場関係者だけで何人いると思っているんだ……。頷けるわけがないだろう。理由を言え」

「言ったら先に動く。先に動かれて、犯人に勘付かれたらやっかいだ」

「わかった……。それなら、オマエはどこから調べる」

「もちろん被害者からだ。三人に共通する場所か人間がいるはずだからな。本当に劇場関係者をひとりひとり当たるつもりでいたのか? そんなことしたら、宮廷魔術師言わなくても勘付かれるだろう」


 グライムが少しバカにして言い切ると、パットンは肩を落としてため息を付いた。


「素直に言え。今回の被害者の身分を考えると、王族の私にしか記録へアクセス出来ないと知っているんだろう……」

「まあな。パットン、アンタだんだん勘が鋭くなってきたな。泥棒の才能があるぞ。ポケットの中に入った物の盗み方でも教えてやろうか?」

「本当に頭が痛くなる……。いいか? 無茶はするな。様子だけ見てこい。勝手に侵入したり、変な小細工を使うんじゃないぞ」

「前にも使ったみたいなこと言うなよ。傷つくぞ」

「いつかその証拠も突きつけてやるからな……」


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