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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
それぞれの思惑

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第二部「海賊ワイン」

「アイツと会ったのは四年くらい前だ」

「そういえば……グライムは昔ここにいたと言っていたな。だが、私はアイツのことを知らないぞ」

「そりゃそうだろう。あの頃は、オレが知ってるだけでも、グライムは三つの偽名を使ってた。変装もしてたしな。だから裏の世界のやつしかアイツを知らない。つまり、一流の泥棒だった頃のアイツだ」

「……つまりこの国で犯罪をしていたんだな?」

「どうだろうな。もう、酒も飲んで偽名も忘れちまったよ」


 ボンドはにやにやと締まりのない笑みで、グラスを傾けた。

 ここが牢屋などということは気にせず、まるで行きつけの酒場にでもいるかのように、すっかりくつろいだ様子だ。


 パットンは深く息を吸ってから言った。


「わかった。付き合う。私はパットンじゃない。今はパーターだ。一国の王子が、自国の鍵をかけた牢屋にいるわけがないだろう。ここで何を聞いてもだ。私に裁く権利は一つもない。この口上を聞いたうえで、言えることでいい、話せ。酔っぱらいの戯言として流す。"ここから先"はな」


 ボンドは少しの間パットンの顔を見ると、ゆっくり笑った。


「粋な王子だね。グライムが気に入るのもわかる」


 そう言ってグラスを一口飲んでから、ボンドは話し始めた。


「そうだな……四年と少し前。最初に組んだ仕事の話でも、するか。……初めて組んだ仕事。それは酒の偽装だ」


 ボンドがグラスを揺らした。ワインが波間のようにゆっくりと波打つ。


「当時。この国の裏の市場では、海賊ワインが異常な高値で取引されていた。知ってるか?」

「噂では聞いたことがある。海上で熟成された、特別な風味の酒だと」

「そう。船倉の湿気、樽の焦げ、塩気、揺れ。陸のワインとは全然違う味になる。特に"灰潮香"と呼ばれる独特な後味が珍重されてた。海を渡ってきた酒だから特別だ、という話だ」

「実際そういうものなのか」

「問題はそこだ」ボンドがよく聞けと人差し指を立てた。「本物を知る者が、ほとんどいない」

「どういうことだ」

「いいか。海賊ってのは個別名じゃない。つまり海賊ワインを運んでいる船は何艘もある。しかも、海賊ごとに味が違う。航路でも変わるし、保存状態でも変わる。港へ着く頃には水増し、樽交換、偽物混入が当たり前だ。だから最初から"本物"の定義が曖昧な市場だった」


 ボンドは当時のことを思い出すと、面白くたまらないと言った風に笑った。


「誰も本物を知らないのに、みんな本物を語りたがる。"先月飲んだ海賊ワインは本物だった"とか"あれは偽物だ"とか。比べる基準がないのに、みんな知ってるふりをする」

「滑稽だな」

「だよな、オレもそう思う。そして、グライムはそこに興味を持った。人は何をもって"本物"だと思うのか、ってな」


 パットンが少し身を乗り出した。

 やはりグライムは目の付け所が違う。この話を深く聞けば、彼の性格がわかるかもしれないからだ。


「それで二人は何をした」

「研究だ」

「研究?」

「港の酒場を巡って、飲んで、聞いて回った。海賊船から直接酒を盗んだこともある。海商の倉庫に忍び込んで、本物と言われる樽を分解したりもした」

「完全に犯罪行為だな……」

「当然だ」ボンドはあっさり言った。「で、グライムは酒そのものじゃなくて、樽に注目した」

「樽か」

「樽内部の焦げ。湿気。塩を吸った木材。海藻の臭い。煙。焼きムラ。そういうものを全部調べた。味を再現しようとしていたんじゃなくて、"なぜその味になるのか"を解体しようとしてた」


 ボンドがグラスを手の中で回した。その風味を確かめるように。


「それで何がわかった」

「グライムが出した結論はこうだ」ボンドがグラスを置いた。「人は味じゃない。"海を飲んでる気分"を飲んでる」


 しばらくの沈黙があった。

 地下牢では、その沈黙が言葉よりもうるさく響いた。


「……つまり」

「風味の再現じゃなくていい。"海賊ワインを飲んでいる"という体験を作ればいい。そういうことだ」


 理解してない顔のパットンを見ると、思いっきりバカにして天井を見上げてからボンドが続けた。


「わからないのか? まったく……。いいか? そこでグライムは魔道具を作った。"潮熱杖"という代物だ。樽の内部だけを一定温度で炙れる。普通の火じゃなくて、湿った塩気のある熱を発生させる。火蜥蜴の魔石、海霊塩、導熱銀、呼吸木炭を組み合わせた術式だ」

「魔道具まで作ったのか? 許可のない魔道具の作成は違法だぞ……」

「ここでの会話は罪に問われないんだろ。いいから聞け。オレたちは、さらに海藻灰を使って、樽内部に船倉のような臭いを染み込ませた。陸のワインを仕込んで、その樽で熟成させると……まあ、近いものができた」

「近い、というのは」

「本物じゃない。でも"本物っぽい"。それで十分だと思ったんだが、グライムは途中で気が変わった。……アイツの悪い癖だ」

「何が気に入らなかったんだ」

「完璧すぎると言い出した」


 パットンが眉を上げた。

 完全にこだわるグライムが、完璧に出来たものを無碍に扱うはずかないと思ったからだ。


「完璧すぎる偽物が、気に入らない?」

「そう」ボンドが頷いた。「本物の海賊ワインは、毎回ブレる。航海の状況で変わるし、保存状態でも変わる。樽だって一本一本微妙に違う。だから本物は均一じゃない。むしろ均一な方が不自然だ」

「なるほど……」

「だからグライムは意図的に失敗を混ぜ始めた。焼きムラをわざと作る。樽ごとに差を出す。年ごとに味をわずかにブレさせる。煙臭の強弱をランダムに変える」


 パットンが思わず少し笑った。裏で動くグライムの姿が想像できたからだ。

 変装と、巧みな話術を使い、誰にも目のつかないところから、足がつかないように流通させる。

 そして、その想像は殆ど当たっていた。


「それで、偽物を市場に流したわけか」

「ああ。仕上がった偽造ワインを裏の市場へ少しずつ流した。最初はひっそりとな。すると……問題が起きた」

「偽物だとばれたか」

「逆だ。海賊たちが"こっちの方が美味い"と認め始めた」


 ワインを飲みかけていたパットンの手が止まった。


「海賊が……本物の偽物より、偽物の方が美味いと言ったのか」

「おかしいだろ」ボンドが楽しそうに笑った。「本物より偽物の方のほうが本物らしい、という話だ。しかもそれだけじゃない。別の偽造業者たちが、グライム版を模倣し始めた。グライムが作った"失敗の混ぜ方"を真似しようとする連中が出てきた」

「つまり」

「偽物を作るつもりだった。なのに気づいたら、"偽物を真似した本物"が市場に溢れてた」


 ボンドはワインを飲み干すと、お代わり注ぎながら続きを話した。


「本物を真似た偽物。偽物を真似た偽物。偽物を基準にした本物。出どころが不明の海賊ワインの全部が混ざったんだ。やがて誰も"本物"を説明できなくなった」

「……混沌だな」

「そうだ。で、パットン王子。ここで聞くが……。本物って、なんだと思う?」


 パットンは少し考えてから言った。


「本物の海賊ワインは、海上で作られたものだろう。起源の話だ」

「それは昔の話だ」ボンドが言った。「今、市場に並んでいる海賊ワインのほとんどは、期限が不明だ。どういうことかわかるか?」

「……では偽物が本物になったということか」

「市場に並んだ時点で、みんな本物になる。みんな"本物だと思って飲む"からだ」


 パットンが眉をひそめた。


「それは詭弁ではないか」

「詭弁かどうかは関係ない。それが事実だ。誰も本物と偽物を区別しながら飲んでいない。"美味い海賊ワイン"を飲んでいる。そしてその"美味さ"を作ったのはグライムだ」

「……信じられないな」

「だろうな。話が出来すぎてる」

「自分から話しておいてそれか? 嘘の話をでっち上げる」

「パットン王子」ボンドは締まりのないニヤニヤした笑みを隠すことなく言った。「今飲んでるそのワイン」


 パットンが手の中のグラスを見た。


「これがどうした」

「黒潮樽系統だ」


 パットンが止まった。


 黒潮樽。それは王宮でも普通に流通している高級酒だ。格式ある宴席にも出る。献上品にもなる。


「城でも普通に飲まれているやつだ。市場に並ぶ頃には、誰も真実なんか知らない。みんな"高級な海賊ワイン"として買って、飲んで、美味いと言う。いや、上流階級が飲む時になると、名前が変わるのかもしれないな。名前を変えて流通させるなんてよくある手法だろ」


 パットンは思わずグラスを地下牢の床に置いた。

 自分が知らないうちに、裏世界由来の文化を飲んでいたという事実は、彼にとって衝撃だった。

 それほど世間知らずだったという事実を突きつけられた気がした。


「……最初の仕事は、失敗だったと言うのか」


「そう言ってた。本物の再現には失敗した。でも偽物が本物として市場に定着した。それがグライムとオレの最初の仕事だ。失敗の結果の話だよ。オレたちは結果が違えば、それを失敗と呼ぶ」

「失敗にしては、影響が大きすぎないか」

「そういう男だよ」ボンドが言った。「失敗するたびに、何かが残る。だから人を惹きつけるんだ。アイツを深く知りたくなる」



 しばらく二人は黙って飲んでいた。


 石の牢屋は静かだ。

 誰も会話を邪魔するものはいない。外の廊下を誰かが通る音が遠くでした。それ以外は、松明が揺れる音と、グラスが置かれる音だけだ。


「聞きたいことがある……」


 パットンが沈黙を破った。


「何だ」

「グライムは今、何を調べている。目的を聞いているのではない。調べているものの方向を聞いている」

「答えられないな」

「想像でいい」


 ボンドが少し考えた。当然、城に潜入するように頼まれたことを話すわけにはいかないし、ルミナス暗号のことを教えるわけにもいかない。


 だが、パットンに嘘を教える気にもなれなかった。

 グライムは自分の頭の良さを過信して、暴走するクセが有る。周囲が見えなくなった一瞬の隙を突かれるのが裏の世界だ。

 グライムもその隙をついて行きてきた。いつだって自分の番になる可能性がある。


 パットンが目をつけてれば、その可能性が減るとボンドは考えたのだ。

 やがて、おもむろに口を開いた。


「……あいつは市場を見ている。いつもな」

「市場? それは比喩か?」

「そうだ。物が動く場所。人が集まる場所。それが港でも、街角でも、裏の取引所でも。グライムは"何が動いているか"を見てる」

「情報収集ということか」

「違う」ボンドがはっきり否定した。「それはオレの役目だ。情報を集めているんじゃない。"流れ"を読んでいる。水が高いところから低いところへ流れるみたいに、金や物や人が動く流れがある。グライムはその流れを読んで、ときどきそこに石を一個置く」

「石を置く?」

「流れを変える、ということだ。小さな石一個で、川の流れは少し変わる。グライムはそれをやる。でかい力を使わず、小さな場所に手を入れて、後から見ると流れが変わってる」


 パットンは想像しながらボンドの話を聞いていた。

 海賊ワインの話もまさにそれだからだ。

 グライムは樽一本に手を加えて、市場に流した。

 それだけだ。それだけのことで、その一本が基準になり、市場全体が変わった」


「……グライムはそれを意図してやったのか」

「あいつは結果より、面白いかどうかで動く節がある。市場に流した後、何が起きるかを見てる方が好きなんじゃないか」

「無責任だな……オマエもグライムも」

「そうかもな」ボンドが笑った。「でも無責任なやつが、なんであちこちの事件に首を突っ込んでるんだろうな」


 パットンが少し間を置いた。


「話せることはない」

「本当に? オレはこんなに話したのに、王子ってのはずるいんだな」

「ただの思い出話だろう。それと犯罪自慢」

「犯罪ってのは自慢してなんぼだろ。贋作にサイン。決まった手口。皆名前の代わりに手段を残してる」

「存在を知られるのは二流なんだろう」

「一流が必ずしも良いとは限らないだろ。海賊ワインの話のなにを聞いていたんだよ」


 パットンが返事をしなかった。

 ボンドがグラスを置いた。


「オレが話せるのはここまでだ。あいつの目的は知らない。仕事の中身も言えない。ただ、あいつがどういう動き方をする人間か、それだけは話した」


 パットンとボンドが不思議な友情を深めているあいだ。

 別の場所でも、あることが起こっていた。

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