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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
それぞれの思惑

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25/62

第一部「捕まえた」

 その日、城に侵入したゴブリンのボンドが捕まった。

 捕まえたのは、猿の獣人の兵士ジェーンだった。


「やあぁっと捕まえた。会いたかったわ……。これが恋だったらいいのに」


 剣の柄を腰に当てたジェーンが、縄で両手を縛られたボンドを見下ろしてそう言った

 城の廊下、松明の光が石の床を照らしている。


「ジェーン……状況を理解しているのか?」


 ボンドの背後で縄の端を握っているカックラウが、呆れた声で言った。


「わかってるわよ」ジェーンは肩をすくめた。「カックラウ。あなたが頼りないから、私に協力を頼んだんでしょ。今日の私は非番だったの。見てわかるでしょこの格好」


 ジェーンはいつもの鎧姿ではなかった。

 深い緑色の豪華なドレスを着ている。袖口に細かい刺繍が入っており、腰の帯には夜会に向く細工物が下がっている。


「なんだそのニオイは……」


 カックラウが顔をしかめた。

 鼻が聴く犬の獣人らしい反応だった。


「ブーケだ」縛られたままのボンドが口を挟んだ。「知らないのか? 妖精が摘んだ花でエルフが作った香水のブランドのことを【ブーケ】というんだ。無知なわんころ」

「そういう意味で聞いたんではない」


 カックラウに睨まれたボンドは、口を横線に結ぶとニコニコと笑い、今の発言をなかったことにするようにそっぽを向いた。


「そういう意味であってるのよ。この香水はそこのゴブリンから買ったもの」

「オレもそういう意味で言ったんじゃない。なんて格好で、なんて匂いをさせているんだ……」

「私は公私を分けるタイプなの。今は私よ。ちょくちょく城に侵入するゴキブリをおびき出すのを手伝ったのに、なんか言いたいことあるわけ?」

「せめてネズミと呼んでくれ……」


 またボンドが口を挟んだが、ジェーンに睨まれると、さっきと同じように口を横線に結んでニコニコして誤魔化した。


「夜の女が城を出歩いてると思われたら、パットン王子が迷惑するだろう」


 カックラウが言うと、ボンドは挑発的に肩をすくめた。


「どうだろう」

「だって」


 ジェーンも肩をすくめた。これで二対一だとでも言うように。

 カックラウが二人を睨んだ。


「そういう噂を立てて、夜の女に扮してまた侵入してくるかもしれないぞ」

「おい……。詳細を考えもせずに、思いついたことを全部口に出すな……。その作戦はイケると思ったのに……」


 ボンドが慌てると、今度はカックラウが肩をすくめた。自分が正しいとでも言うように。

 睨み合いを続ける二人の元へ、パットンが駆け寄ってきた。


「おいおい、どうしたんだ?」

「王子」とジェーンとカックラウは睨み合いをやめた。


 パットンがジェーンのドレスに目を向けて「きれいなドレスだ」と言うと、ジェーンはお礼を言い、こっそりカックラウに向かってべーっと舌を出した。


「ネズミを捕らえたと聞いたが?」

「ここに」


 カックラウが縄の端を引っ張った。しかしそこに重さがなかった。


 二人の言い争いを誘導するように引きつけ、その隙にボンドが手首の縄を抜いていたのだ。

 だが、ジェーンに見破られていた。

 すっと伸びた手がボンドの首根っこを掴んだ。


「ここに」


 ジェーンが勝ち誇ったように笑い、パットンに別れの挨拶をしてそのまま城下町へと繰り出した。


 悔しそうにするカックラウの背中を、パットンはオマエも役に立っているという感情を込めて叩いた。

 カックラウはすぐに気を取り直し、パットンの意図を読み取って、ボンドを地下牢へと連れていった。





 地下牢は石の匂いがした。


 松明が二本、入口近くの壁に立てられている。

 奥は暗い。石の床、石の壁、鉄の格子。差し込む松明の光が格子の影を床に落としている。

 一歩踏み込み、階段を降りる度に、罪の重さを自覚するように影は濃くなっていった。


 カックラウがボンドを中へ押し込み、鍵をかけようとした時、パットンも中へ入った。


「王子? 牢屋ですよ?」

「わかっているこの手の輩は、同じ檻の中で監視するに限る。万が一何かあった時、牢屋の鍵を開けるのに手間取って逃げられるのが厄介だ」

「グライムで学んだんですか?」


 カックラウがやるせない表情を浮かべると、パットンは苦笑いを浮かべた。

 ボンドだけが場違いな笑顔を浮かべている。


「光栄だね。王子が二人切りを望むとは。オレが女だったら今頃国が傾いてるな」


 カックラウはため息交じりに鍵を外側でかけると、足音を立てて離れていった。


 地下牢の中、向かい合う二人。


 ボンドは牢屋を見回した。

 部屋の造りを確認するような目だった。宿での部屋でもチェックするかのような、安穏とした態度だ。


 そして悠長にこんな事を言いだした。


「酒はあるのか?」


 パットンが苛立ちのため息をついた。


「状況を理解しているのか?」

「そっちこそ。シラフで話すことか? 聞きたいのはグライムのことだろ」


 パットンが少し目を細めた。

 正直彼はボンドを見くびっていた。グライムがよく使う悪党仲間くらいだろうと。

 だが、ボンドの観察眼はグライムに引けを取らなかったからだ。


「わかっていたのか」

「そりゃあな。負け惜しみじゃないぞ」ボンドは格子に背を預けた。「そろそろ侵入しても捕まるとわかってた。オレも、パットン王子。アンタと話そうと思ってたんだ」

「なら、侵入なんて遠回しなことをしなくていいだろう」

「プライドの問題だ。四六時中見張られてちゃ面倒だ。これも負け惜しみじゃないぞ。姿を消すのはわけないが、その分あんたらも躍起になって探すのがわかってるから。落としどころを探した結果だ」

「言い訳はいい」

「言い訳じゃない」


 これでは話が堂々巡りだと、パットンが深い溜め息をついた。


「オマエらと話すのは本当に疲れる……」

「その発言。王子として不適切じゃないか? ゴブリン差別だぞ」

「オマエらというのは、こそ泥のことだ」

「あっそ。なら反論はない」


 ボンドは肩をすくめると、逆に会話の主導権を握ろうとするように口を開いた。


「オレも聞きたいことがあったんだ。一体グライムになにをさせるつもりだ? 遠回しになにを調べさせようとしている」

「それを聞きたいなら、アイツのことを話せ。知っていることをな」

「言えるわけがないだろう」ボンドは当たり前のことを言うなと笑った。「第三王子とゴブリンの詐欺師だぞ。疑う理由は百あっても、信用できる理由は一つもない。お互いにな」

「それなら普通は話すんじゃないのか? 信用できないなら、話して損もないだろう」

「普通のやつはな。オレもアイツも普通じゃない。で、アイツはなんだ? アンタの目から見て」

「一流の泥棒だろう」

「違う」

「そうだったな……」パットンは少し考え、あることを思い出した。「あいつは冒険者と名乗るな」

「それも違う。あいつは二流の泥棒だ」ボンドが言った。「情に弱い。一流の泥棒は誰にも存在を知られない。存在を知られて時点で二流なんだ」

「確かにな……」


 パットンが気を取り直すように肩をすくめた。

 これでは尋問だからだ。

 グライムやボンドのような知的犯罪者には、尋問は役に立たない。

 一段降りて話合ほうが、有意義な時間になると思った。


「わかった……。酒を用意させよう」

「そうこなくちゃ」ボンドの顔がほころんだ。「ツマミも頼むよ。ケチらないでくれ。思わず口が滑りたくなるような脂っこいものがいい」

「まったく……グライムもオマエも、牢屋の中ならそれらしい態度を取れ。……カックラウ。聞いてたか?」

「すぐに」


 柱の陰から待機していたカックラウが顔を出し、鍵を持って出ていった。

 これで内側からも、外側からも牢屋の鍵を開けることは出来ない。

 地下牢に二人だけが残った。


 一瞬の静寂が耳に響くと、ボンドが「それで、なにが聞きたい?」と急に切り出した。

「いいのか?」

「当然話せないことは話さない。でも話せることは話す」

「急にどうした?」

「対等な位置に降りてくるやつは嫌いじゃない」

「それでグライムの目的は?」

「わからん」

「オマエはなにを頼まれた?」

「言えるわけないだろう」

「それだとなにも答えてない……。なにが聞きたいと言ったのは、そっちだぞ」


 パットンが苛立ちをにじませたが、ボンドはマイペースを崩すなかった。


「そうだな……アイツとの出会いからでも話すか」

「聞きたいのはそういうことじゃなくてだな……」

「あれは……そうだな」


 ボンドは勝手に話し始めた。ちょうどそこへカックラウが酒とつまみを持って戻ってきた。

 鍵を開けて差し入れ、また鍵をかけて去っていく。


 パットンは仕方なく向かいに腰を下ろし、酒を受け取った。


 ボンドはその酒瓶を手に取ると話し始めた。

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