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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
死者が歩く街

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24/63

第四部「証拠不十分」

夜導師は、その日のうちに釈放された。

 公式の理由は「証拠不十分による釈放」だ。

 違法儀式の件は、正式な記録には残らなかった。

 パットンの判断だ。

 何も知らなかったことにする、という判断ではない。知った上で、記録に残さないという判断だ。


 その違いを、パットンは今回の事件で自分の中で明確にした。

 それが自分にできる、ぎりぎりの線だと思った。






 住民の間では、その夜のことがしばらく話題になった。


 怖かった、という話から始まって、気づいたら綺麗だと思っていた、という話になり、あれは結婚式だったのか、という話になった。


 南区画の夜の機能は、その翌日から徐々に戻り始めた。

 商店が夜まで開くようになった。荷馬車が動き始めた。酒場から声が聞こえるようになった。


 経済が回り始めると、怪談は祝福に変わった。






 翌日の昼、パットンは執務室でマリアが淹れた紅茶を飲んでいた。

 報告書を読んでいるようで、実際にはあまり頭に入っていなかった。

 マリアが窓の外を見ながら、静かに言った。


「夜導師が釈放」


「証拠不十分だ」

「そうね」


 マリアが紅茶のカップを手にとって、少し考えるような顔をした。


「グライムらしいわね。何も言わずに動いてかき回して、それで上手に着地するの。ネコみたい」


 マリアはくすくす笑うが、パットンは眉間にシワを寄せていた。


「ああ」

「王子には話せない、と判断して」

「……そう言っていた」


 マリアが紅茶を一口飲んだ。それから、もう一度パットンのカップに紅茶を注いだ。


「あなたは法を守ろうとするでしょう?」

「当然だ」

「グライムは、法から零れ落ちた人を拾うのが上手い」

「……犯罪者だからな」

「ええ」


 マリアはあっさり頷いた。


「でも、不思議ね」

「何がだ」

「あなた達、知らないうちに足りないところを補い合っているのね」


 パットンは黙った。

 マリアはカップを置き、柔らかく続けた。


「あなただけなら、あの人たちは救えなかった」

「……」

「グライムだけでも、きっと守りきれなかった」

「……」

「だから、今回うまくいったのでしょう。あなたは何が不満なの?」


 パットンはカップを持ったまま、しばらく答えなかった。


 

「たぶん……知りたかったんだろうな」


 パットンがそう言ったのは、自分でも少し意外だった。


「何を?」

「グライムが何をしようとしているかを」


 マリアが少し笑った。


「それは、信頼していたということでしょうか。それとも監視ですか」

「……どちらでもある」

「正直ね。それとも……どちらかに決めたくないだけかしら」


 マリアが立ち上がって、窓の外の光に目を向けた。


「グライムは、あなたが来ることを予想していたと思います」

「なぜだ。驚いていたぞ」

「ロウソクを何千本も、わざわざ兵士の目に止まる形で買っていたのでしょう。隠そうと思えば、他の手段を思いついたはずよ」


 パットンが顔を上げた。


「……あいつが目立つように動いた、ということか」


「さあ」マリアが曖昧に笑った。「グライムの考えていることは、私にもわからないわ。ただ、結果として王子が現場にいたことで、夜導師の釈放が早まったことは確か。そう思わない?」


 パットンがしばらく黙った。


 そういうことか、と思った。証拠不十分で釈放する、という判断を下せるのはパットンしかいない。

 グライムには、夜導師を正式に釈放させることができない。だから現場にパットンを呼んだ。

 目立つ形でロウソクを買い集めることで。



「君は聞き飽きただろうが……グライムは本当に面倒な男だよ」


「そうね。でも」

「でも、か」

「面倒じゃない人間で、今回あれができた人はいましたか」


 パットンは答える代わりにカップをテーブルに置くと、ロウソクに火を灯し、マリアの手を握ったのだった。

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