第三部「光の道」
やがて日が暮れた。
グライムは南区画の墓地から北の住宅街へ続く道に出ていた。
手にはロウソクの束。懐には火打ち石。隠れ家から運び出したロウソクは、道沿いに積んである。
日没直後から、グライムは道にロウソクを置き始めた。
石畳の縁に沿って、一定の間隔で立てていく。
作業は単純だが、何分距離があった。
墓地の外壁から、夜導師に聞いた伴侶の家まで、直線で並べるのも大変なのに、道が曲がっているところを合わせると、もっと長い。
それでもグライムは黙々と続けた。
炎が一つ、また一つと石畳に並んでいく。
当然グライム一人でやったわけではない。
グレッチェンに頼み、子供を集めてもらい、大人から浴びる視線を、儀式の準備でハンク、子供が遊んでいることとして印象操作したのだ。
街の昼間の熱を、夕方の風が冷ましていく。
グライムが半分ほどロウソクを並べた頃に、墓地の方向から何かが動いた。
気配を感じてグライムが振り返ると、道の向こうに人が立っていた。
ゾンビ族の女性だった。
泥まみれの白い外套を纏い、こちらを向いて立っている。
動かないが、虚ろな瞳がロウソクの炎を見ている。
グライムは声をかけなかった。
ただ、代わりに彼女の足元のロウソクに火を灯した。
数本のロウソクが消えかけの夕焼けの代わりに燃えると、花嫁が動き始めた。
ゆっくりと、炎の道を辿るように歩く。
自分には目もくれず、横を通り過ぎ、先の炎へ向かって歩くのを見ると、グライムは成功したと確信した。
彼女はもうロウソクの炎しか見ていない。
あとは彼女の行く道を照らすだけ。
ただ炎が増えていき、光の道が延びていき、ゾンビの花嫁が歩いていった。
南区画の住民が最初に気づいたのは、窓の外が明るいからだった。
夜にこんな明るさはおかしい。
火事かと思って窓を開けた者が、石畳の上に並ぶロウソクの列を見た。
火事ではない。
石畳の両側に、小さな炎が規則正しく並んでいる。それは遠くまで続いていた。まるで道を示すように。
その道の中を、白い外套の人物がゆっくりと歩いていた。
誰かが窓を開けたまま動かなくなった。
その様子を見た別の住民が、また窓を開けた。気づく者が増えていった。
誰も声を出さなかった。
怖いのか、不思議なのか、それとも何か別のものを感じているのか。
ただ、窓から炎の道と、その中を歩く人物を見ていた。
一人の子供が大声で言った。
「お嫁さんキレイ!!」
その瞬間からざわめきは、歓声に変わった。
グライムが最後のロウソクに火をつけ時、花嫁の行き先まであと五十メートルほどだった。
その家の前に、一人の男が立っていた。
ゾンビ族の男――ではなく、パットンだった。
「ずいぶん楽しそうなことをしているな」
「パットン? なんでここにいるんだ」
「オマエから招待状を貰ってな」
パットンは懐から紙を取り出すと、グライムに押し付けた。
「この文字癖はボンドだ。ボンドがパットンに招待状? なんのために?」
「オマエが指示したんじゃないのか?」
「種族問題は国が動けないのを分かってるのに、パットンを巻き込むわけ無いだろう」
二人が同時に首を傾げた瞬間。
二人が知っている人物が現れた。
それはマリアだった。
「招待状の場所は……ここだけど。あら、あなた。グライムも」
一人でいるマリアに慌ててパットンが駆け寄った。
「なにを考えている、こんなところに一人で来て。兵士はどうした? 一人でくるように書かれてたから」
マリアが見せた招待状の文字癖は全く同じだった。
「どういうつもりだ、グライム」
パットンの目つきが鋭くなった。
明らかになにか陥れようとしているのが分かったからだ。
グライムは全くなにも聞いていなかった。
しかし、なにか意味があるはずだと考えを巡らせようとしたした瞬間。
新たな登場人物が現れた。
「二人とも、こっち来て」
グライムは儀式が始まると、二人を引っ張って物陰に隠れた。
現れたのは今回の騒動の主役とも言えるゾンビ族の男性だった。
外に出て、道の端に立って、こちらを見ていた。炎の道を見ていた。
花嫁の足が止まると、それまで虚ろだった目に光が宿った。
その瞳で男の顔を見ると、男もまた花嫁を見た。
花嫁がまた歩き始めた。
ゆっくりと、人生の長さを噛みしめるように。
最後の距離を詰めていく。
男が一歩、前に出た。
どこかの窓から、誰かが息を呑む音がした。
空にはこの世の終わりのような夜の緞帳がおり、二人の邪魔をする太陽はない。
なんの憂いもなくなった瞬間だった。
花嫁が男の前に立ち二人が向かい合うと強風が吹いた。
風は花嫁が歩いてきた道を吹き抜け、ろうそくの炎を全て消した。
一瞬で訪れる闇。
その中に光が差した。
夜明けの最初のような希望に満ちた光だ。
光は収束し小さくなるが強くなった。
二人を包み、存在だけが黒くなって残した。
やがて光が消えた場所には、キスをする二人の姿があった。
グライムは目を細めた。
二人が消えずにそこにいるのは、儀式は成立した証拠だった
「キレイね」
そう言ってマリアがパットンの指に自分の指を絡めた。
「ああ、君ほどじゃないが」
「こういう時は嘘でも花嫁を褒めるのよ」
「嘘ならついてる、今もあの花嫁にあの日の君を重ねてるよ」
パットンが強く握り返した手を、マリアは愛おしそうにギュッと握り返した。
そして、グライムの手もギュッと握られた。
それはグレッチェンの手だった。
犬の獣人に変装しており、その胸元からはボンドの声がした。
自分の手腕を自慢したくてたまらないと言った顔していた。
「どうだ。やるもんだろ」
「本当だよ。オレの考えじゃ、こっちは五分五分だったからな。どうやってマリアにまで手紙を出したんだ?」
「簡単だよ。すぐに被害が出ない犯罪ってのは、細かい報告書がいっぱい出てくるんだ。紛れ込ますなんて楽だ。羊の放牧所に羊を放してもバレないのと一緒。それより、このおしゃれな結末を褒めてくれよ。グライム一人ならゾンビを助けて終わりだ。でも、オレらがいれば、もう一人の夫婦の結末まで操れる」
「……考えとく」
「そうしてくれ」
この時、グライムは自分が捕まった理由を、なんとなくボンドが気付いてることを察した。
ボンドもグライムが今は話す気がないとわかると、パットンに正体がバレるに前に姿を消した。
グライムは踵を返して、パットンに向き直った。
「ところで……ロウソクの経費は出るんだろうな」
「国民の結婚式だぞ。国がいちいち出してたら財政難だ」
「終わった」
「終わった、とは何が」
「怪事件だ」
パットンは石畳に並んだロウソクの燃え残りを踏まないように、ゆっくりと歩いた。
そして、離れた場所に立つ二人のゾンビ族を見た。
周囲の窓に並ぶ住民の顔は、ここ数日の不安など嘘のように幸せな顔をしていた。
「……結婚式か」
「そうだ」
「死者の目撃情報が全て」
「全部これだった。儀式でうまくいかなかった花嫁が、毎夜繰り返していた」
「うまくいかなかった理由は」
「愛ってそういうもんだろ」
グライムが肩をすくめると、マリアが味方をした。
「そうね。愛って一度ではうまくいかないものよ。忘れて、思い出して、喧嘩して、仲直りするの。夫婦の生活そのものが儀式みたいなものでしょ」
マリアはやんわりとパットンを刺した。が記念日を忘れていた仕返しだった。
パットンはため息を落とした。
「じゃあ、長引いたり理由は」
「誰かが夜導師を捕まえたからだ」
パットンが黙ると、グライムはそのまま続けた。
「夜導師は道案内をしていた。捕まえたせいで花嫁が迷うようになった。それで毎夜繰り返して、目撃件数が一気に増えた」
「……なぜそれを最初から言わなかった」
グライムが少し間を置いた。
「言えば協力したか」
「した」パットンが言った。「言えば夜導師を釈放する判断もできた」
「できなかっただろ」
パットンが顔を上げた。
「オレが判断すると言っている」
「王子として、か」グライムが言った。「違法儀式を認知した上で協力する。前例になる。他種族の文化だからと法を曲げたと言われる。アンタ個人としては動きたかったかもしれない。でも、王子という立場がそれを許さない」
パットンが何か言おうとした。しかし言葉が出なかった。
「言えなかったのはそういうことだ」グライムが続けた。「オレが単独でやったことなら、最終的にアンタは知らなかったことにできる。それがオレがやれることの範囲だ」
パットンはしばらく黙っていた。
言い返したかった。しかし、言い返す言葉が出てこなかった。
グライムの言っていることが、正しいからではなかった。正しいかどうかよりも、自分の立場から来る制約の話であって、それはパットン自身がよく知っていることだったからだ。
朝の光が、石畳のロウソクの残骸をゆっくりと照らしていた。




