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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
死者が歩く街

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第二部「夜導師」

 グライムが次に動いたのは夜が更けてからだった。


 夜導師が拘留されている施設は、城の正規牢ではなく、南区画の外れにある簡易施設だった。

 重大犯罪者ではないとしての判断だった。

 

 警備は二人。交代は深夜に一度。


 グライムは施設の構造を昼のうちに確認してあった。


 窓には格子付がついているが、間隔が広く、声は小声でも十分通るくらいの隙間はある。


 深夜。警備の交代の直後に、グライムは施設の外壁に沿って動いた。

 夜導師の房は二階ではなく一階だ。小さな窓が外壁に面している。

 グライムが窓の外に立って、低い声で呼びかけた。


「夜導師」


 返事がなかった。


「起きているだろ。ゾンビ族は夜に目が冴えると聞く」


 しばらくして、低い声が返ってきた。


「誰だ」

「城の人間じゃない。ただ話を聞きに来た」

「また尋問か……」


「違う、味方だ」グライムが言った。「花嫁が迷っている。という話を聞きに来た」


 長い沈黙があった。


 だが、グライムのハッタリは通用した。窓の向こうで、気配が変わるのがわかった。


「……何を知っている」

「目撃情報を整理したら、儀式だとわかった。死者として夜を歩き、夜明けまでに伴侶の元へ辿り着く。それがうまくいっていないのは、導き役の夜導師がここにいるからだ」


 また沈黙が流れた。


「いいか聞いてくれ。オマエをここから出すこと、それはオレにはできない」グライムが続けた。「それを頼める立場じゃない。ただ、花嫁が辿り着けるように、別の方法を考えたい。そのために詳細を教えてくれ」

「……なぜそんなことをする。オマエ他人で、それも人間だ」

「面倒なことになっているからだ。このまま毎夜続くなら、パットン王子はいつか花嫁を捕まえる。捕まえたらどうなる? 王子としての評判は下がる。他種族国家、人間の機嫌だけとればいいわけじゃない。それがこの国の現状だ」


 夜導師は答えなかった。


「聞かせてくれ」グライムが言った。「花嫁が辿り着くためには何が必要だ」

「私にも聞かせてくれ。本当の理由を」


 夜導師が話すことは、ゾンビ族の秘密の一端だ。

 だから国も儀式のことは知らずに、騒動に発展してしまっている。


 その秘密を話すのだから、それ相応の秘密を話せと取引しているのだ。

 取引を持ちかけられる立場ではない彼がそうした理由は、ゾンビ族にとってそれほどの意味がある儀式だからだ。


 その眼差しの力強さに、グライムはボンドにも話していない秘密を話すことにした。

 それが礼儀であり、裏の世界で信用されるための唯一の手段でもある。

 秘密の共有とはそういうものだった。


「オレはパットン王子に捕らえれられた。牢から出る代わりに、種族問題や種族犯罪の捜査に協力している。だが、オレは城に連行される前に逃げ出す手段はあったんだ。それをしなかった理由は、城に潜入するためだ。オレは三年前、ある宝石をあの城の中に隠した」

「隠した? 侵入したのか? 城に!?」


  夜導師が驚くと、グライムは自慢げに口の端を吊り上げた。


「盗品を隠すコツは、絶対に有り得ない場所に隠すこと。あの城に飾ってる【フレロの花瓶】の絵画。あれは偽物だ。本物は偽物のすぐ裏に隠してある」

「盗んだものを盗んだ場所に隠したのか? なんてやつだ」


 夜導師はたまらないと笑い出した。

 ゾンビの文化を認めない国に一矢報いた気持ちになったからだ。


「だが――その時にあるものを見つけた。ルミナス暗号を解くための台座だ。オレはそれを手に入れるために戻ってきた。だから騒動で城が騒がしくなるのは困るんだ」


 グライムの本音は、闇に溶け夜導師の鼓膜にこびりつくように響いた。


 そして、また長い沈黙の後、夜導師が話し始めた。

 話の内容は、グライムの推測に近かった。


 ゾンビ族の再婚儀式は夜に行われる。死後蘇生した者は「死者の時間」である夜の間だけ、かつての死者としての状態に戻り、その状態で伴侶の元へ歩く。

 夜明けに光が差した時点で、そこにいる場所が「辿り着いた場所」となる。


 本来は夜導師が道案内をする。

 住民の目を避けながら、花嫁が迷わず進めるようにだ。


 しかし今は夜導師がいない状態になってしまっている。


「花嫁には目印が要る。儀式の状態の者は思考が普段と違う。正確な道を覚えて進むことが難しい。だから光を目印にして進む。本来なら俺が松明を持って先導する。死は暗闇だ、生まれ変わるには光を追う必要がある」

「光があれば進めるのか」

「道筋に沿って光があれば、それを辿って進める」

「夜明けまでに伴侶の家まで届けばいいということか」

「そうだ……」

「伴侶の家の場所は?」


 夜導師は答える前に、少し間を置いた。

 本来話すべきではないことはわかっているが、危険を冒してまでゾンビ族の儀式のことを聞き、どうにか整理させようと思案を巡らせているのは事実だ。


 なにより、自分も見つかったら危ない状況で、急かすようなことを一言も言ってこない。


 それに比べ自分はなにも出来ない。手ぐすねを引いて待つにも限界がある。

 夜導師は意を決すると、グライムに場所を教えた。


 南区画の墓地から北へ向かった住宅街。



「花嫁はいつ出てくる」

「日が暮れてから。毎夜同じ時刻に、同じ場所から出る。今夜も出るだろう」

「わかった」グライムが言った。「一つだけ約束する。今夜、辿り着けるようにする」

「……信用できるのか」

「できるかどうかはそっちが判断してくれ。オレは今夜やる、と言っている」


 グライムはそれを最後の言葉に、夜が明ける前にここを離れた。





 陽が出てから、グライムは王都中を動き回った。

 最初に向かったのは商業地区のロウソク商だ。


「在庫を全部くれ」

「は?」

「在庫を全部。今日中に。量はいくつある」

「……三百本ほどですが」

「全部だ。これで足りるか」


 グライムが金を置くと、その量に 商人が目を丸くしたが、しっかり金は受け取っていた。


 グライムは次の店でも同じことをした。次の次の店でも。


 王都の南区画と商業地区を合わせて、グライムはその日の昼から夕方にかけて、計八件の商店を回った。

 購入したロウソクの数は、最終的に何千という数を超えた。

 大量のロウソクが手押し車と担ぎ袋に分けられて、グライムの隠れ家へ運び込まれていった。


 このロウソクを買い占めるという奇妙な光景が、ジェーンの目に止まった。


 その報告がパットンの元へ届いたのは夕方が近くなってからだ。

 報告書を読んで、しばらく黙った。


「グライムがロウソクを大量購入している」

「はい」

「……目的は」

「不明です。城には備蓄があるので、影響はありませんが国民には影響が出るかと」


 パットンはもう一度報告書を目を通した。

 グライムがなにかをやろうとしている。それはわかっているのだが、ロウソクを買い占めることと繋がらない。


「報告書はこれ一枚か?」

「盗まれたわけでもなく、ロウソクを買い占めただけですので」

「なるほど……国が手出し出来ない状況を作ったか……」


 パットンがヤツのほうが一枚上手かと頭の中で呟いた瞬間。

 一枚だと思っていた報告書が剥がれ、薄い一枚の紙が出てきた。


 その紙には見慣れない文字で、指定の場所に来るように書かれていた。


「また何かやろうとしている」


 その紙をジェーンに見せて、今度はやられたと笑った。

 タイミングを考えると、ボンドが仕組んだことだと分かったからだ。


 そしてそれは、同じく潜入や工作が得意である、猿の獣人のジェーンも効果があった。

 グライムがパットンを出し抜いたように、ジェーンもボンドに出し抜かれた結果になったからだ。


「対処しますか」


 明らかに不機嫌な表情で言うジェーンだが、パットンはもう笑っていた。

 こうなれば結末を見てやろうと思ったからだ。


「今夜、南区画の巡回を強化しろ」

「王子は?」

「私は招待状を貰っている」


 パットンは紙をたたんで懐にしまうと、出かける準備を始めた。

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