第三部「三人のレオナルド」
グライムが場所を作ると言ったのは、理由を作るということだ。
グライムはレオナルドに三通目の手紙を出した。
今度は具体的な取引の話だ。
遠方の商人ルートで希少な薬草素材が手に入る。
量が多く、個人では捌けない。
信頼できる業者を探している。利益は折半でどうか。
内容の半分は本当だった。遠方のルートは実在する。
薬草素材の話も、規模は誇張しているが嘘ではない。
嘘の個数は少なく、それを大きく語るのが人を騙すコツだ。
返信は早かった。
早速二日後の夜。城下にある宿屋の個室を指定してきた。
サロンでもなく、こちらに指定もさせない。中立の場所を選んだのは、向こうも用心しているからだ。
しかし来るということは、話に乗り気だということでもある。
問題は本物が来るか、分身が来るかだった。
そこでグライムとボンドは、どちらが来てもいいという構成を考えた。
本物が来るなら、そこにボンドが現れる。
分身が来るなら、本物の行き先を別の人間に追わせて後から合流させる。
パットンはこの作戦を聞いた時に難色を示した。
理由は単純で、グライムがボンドの存在と、彼が関わる手段を誤魔化して説明したせいだ。
「よく信じろと言えたな……」
パットンは詳細を全て話せという目をしていたが、グライムがその視線に目を合わせることなかった。
「パットンが表に出るのは、レオナルドを確保する一点だけだ。三点くらいに増やすか?」
「出来るわけがないだろう……。ただでさえ最近物騒な事件が続いて、城内が騒がしくなっているんだぞ」
「だからオレを頼ってるんだろ。両刃の剣を選んだのは、パットン――アンタ自身だ」
パットンは長い沈黙のあと、頷いた。
信頼ではなく、選択肢がないからだ。
しかし、グライムにとってもパットンにとっても、それでも構わなかった。
信頼より先に結果があれば、順番は後でついてくる。
作戦決行当日の夕刻。
宿屋の廊下は灯りが一本おきにしかついていなかった。
節約のためか、あるいはそういう作りなのか。そのどちらでもない。
レオナルドが演出のために、わざとそうしているのだ。
影が多くなり、足音が吸い込まれるような感触がある。
成り上がり始めの小心者ならともかく、グライムにこの手は通用しなかった。
むしろ、向こうから尻尾を出してくれたようなものだと、自然に笑みがこぼれていた。
グライムは指定された個室の前に立った。
思った通り中に人の気配がある。既にレオナルドは来ている。
扉を開けると、レオナルドがいた。
今夜のレオナルドは右手でグラスを持っていた。
本物だ、とグライムは判断した。
分身は左手を使う。
念のために、握手を誘導すると右手でしっかりと手を握った。
「来てくれた」
レオナルドが言うと、グライムは笑みを深めた。
「お招きいただきましたので」
「単刀直入に話しましょう。あなたの素材ルートに興味がある。詳細を聞かせてもらえますか」
グライムは椅子に腰を下ろした。
話を始める前に、窓の外に一度目を向けた。
路地を挟んだ向かいの建物の陰に、人の気配がある。
ボンドだ。
変装済みの彼に視線で合図を送ると、グライムは話を始めた。
素材の出どころ、量、価格の見当。実在する情報を使って、自然な会話を作る。
レオナルドが身を乗り出して話に食いついている。
その時、扉が鳴った。
レオナルドの表情が変わった。
眉がわずかに動いた。誰も来るはずがないという反応だ。
「お待たせしました」
扉を開けて入ってきた人物を見た瞬間、レオナルドの顔から色が消えた。
自分が入ってきたのだ。
ロウソクを減らした薄暗い部屋の中、自分と同じ服を来て、自分と同じ顔をした自分つが、自分と同じ香りを身にまとい、自分の声でこう言ったのだ。
「おや? 随分と先に来ていたんですね、私が」
その場の空気が変わった。
グライムは椅子の背もたれに体を預けたまま、二人のレオナルドを交互に見た。
片方は本物で、片方はボンドだ。
見た目は驚くほど近かった。
変装をしていると分かっているグライムでも、光の当たり方によっては、どちらがどちらか一瞬迷う。
本物のレオナルドが立ち上がった。
「……何だ、これは」
レオナルドの声が警戒に低くなっていた。
「何だ、とはひどいですね」とボンドが答えた。「私が私に言うことですか」
「誰なんだオマエは」
「あなたですよ」
本物の目が、グライムに向いた。
「これは一体……どういうことだ」
「さあ」とグライムは言った。「私には、どちらが本物かわかりません。私はレオナルド・ヴァレンティアではないのですから」
沈黙があった。
にこやかに笑みを浮かべるグライムと違い、顔を歪ませたレオナルドの額に汗が浮かんだ。
「オマエたち……仕組んだのか」
「何かご不満でも?」
ボンドが言った。
同じ声で言われるのは、よほどの恐怖だったのか、本物のレオナルドが扉に向かって動いた。
逃げようとするのを見て、ボンドが叫んだ。
「偽物だ! あれは偽物だ!! 偽物が逃げるぞ」
部屋の外にいる部下に向けてか、あるいは宿の主人にか。知らせる相手は誰でも良かった。むしろ、誰もいなくてもいい。
本物を偽物だと呼ぶことにより、レオナルドを動揺させるのが目的だからだ。
廊下から足音が来たが、レオナルドの部下ではない
扉が開いて、すぐにパットンが兵士を三人連れて入ってきた。
本物のレオナルドは窓から逃げようとしていたが、宿は既に兵士に囲まれており、逃げるのを諦めた。
レオナルドとパットンが正面から向き合い驚愕した。
今まで自分に関わってきたのは、偽名を使った商人風の男だけだ。
まさかこの国の王子が出てくると思っていなかった。
「レオナルド・ヴァレンティア」
パットンの声は低く、静かだった。
「違法魔術の使用、違法な血液採取、詐欺の容疑で拘束する」
レオナルドの目が、グライムに向いた。
騙されたというよりも、どこから崩れたかを探している目だ。
「握手の手が変わっていたんですよ」とグライムが言った。「前回は右手、今回は左手。社交界の人間が作法を間違えるのは不自然だ。利き手が逆なんですよ、あなたと分身は。不審に思い、国へ通報させてもらいました」
グライムがにっこり笑うと、レオナルドは何も言わなかった。
パットンの部下がレオナルドの両腕を抑えた。
石化した分身はその日のうちに発見され、専門の魔法師によって解除された。
解除された分身は消えたが、その魔力を辿り、レオナルドのサロンの隠し部屋を見つけると、そこにドッペルゲンガーの鏡があり、それが動かぬ証拠となった。
被害を受けた女性たちへの対応は、王宮の医師団が引き継いだ。
採取された血液と魔力の回復には時間がかかるが、命に別状はない。
その報告を聞いたグライムは、隠れ家にボンドを呼んで向き合っていた。
テーブルに酒が出ており、二人でささやかなお祝いをしていた。
「完璧な変装に」
ボンドがグラスを掲げると、グレッチェンも真似してオレンジジュースの入ったコップを掲げた。
しかし、視線がどこか遠くを見ているグライムに、ボンドは気が付いた。
「どうした。完璧だっただろ?」
「ああ、ボンドの変装は完璧だった。だからこそ気になる。お粗末すぎないか?」
「結末がだろ? 悪が滅びるときなんてそんなもんだろ」
「ドッペルゲンガーの鏡だぞ? 古代魔道具なんてもっと使い道があるはずだ」
「それはグライムだからだろ。オマエが古代魔道具なんてものを持った日には……天使に地獄のツアー券が売れる」
「なら、今度は地獄に別荘でも建てるか」
ようやくグライムは気を取り直して乾杯したのだが、「ところで」とボンドが結局話しを戻した。
「今回の件、根っこはまだあるんだろう」
「たぶんな」
「レオナルドが集めた血液とそれに混ざる魔力は、全部で相当な量になるはずだ。コルクの件もそうだが、採取した素材の行き先がいつも不明だ」
「気づいていたか」
「いいか……聞いてくれ」
ボンドの声は真剣なものだった。それはグライムが彼と再開してから、始め聞くような声だった。
「グライム。オマエはルミナス暗号を追っている。ルミナス暗号っていうのは、宝石を使った魔光の暗号だ」
「おいおい……オレのほうが詳しいぞ。ルミナス暗号は人間の魔女が作った暗号だぞ」
「いいから聞け。血と魔力。わからないか?」
グライムは一瞬なんのことかわからなかった。
それは彼が知らないわけではない。そこに結びつくとは思わなかったからだ。
しかし、ボンドの畳み掛けにより結びついてしまった。
「賢者の石か」
「賢者の石の材料は命だ。もちろん血だけでは作れない。でも、血から宝石を作る技術もあるのは、オマエも知ってるだろう」
「まあな」
「だとしたら、この国はなにを隠してる?」
グライムはいつもの笑みに戻っていた。
理由は、ボンドが自分よりも興味のある顔をしていたからだ。
「……こういうやり方は卑怯だぞ」
「一番効果的だからな」
その夜。パットンはマリアとお茶をしていた。事件のことを話しながら。
「それで、サロンは閉鎖になったの? あそこのヘアオイル。髪が若返るって有名だったのに……」
マリアが残念そうに言うと、パットンは慌てた。
「犯罪者が経営しているサロンだぞ。王族が関係していたとバレたら困る……」
「冗談よ。グライムがなにかしてるところを見てみたかったの」
「それこそ困る……。あの男……また裏で誰かとなにかをしている」
「証拠はあるの?」
「ないが確証はある」
「あら、そうなの? 証拠はないのに、確証はあるの?」
「カックラウが、グライムがいつも違うニオイをしていると気が付いた。獣人の鼻よけだ」
「グライムはモテるから。女性のニオイかもしれないわよ」
「カックラウの鼻は誤魔化せない。例え私の目が見えなくなっても、カックラウの鼻があれば私は何一つ不自由なく過ごせると断言できるほど、信頼している」
パットンの言葉は本当だった。
この国。この城において、肉親よりも信頼できるのが三獣士だからだ。
「あら、私は頼ってもらえないのね」
「君を危険に巻き込みたくないんだ。わかるだろう」
「城に住むということは、巻き込まれるということよ。覚悟は生まれた時から出来てるわ」
「城がなくなれば、巻き込まれなくても済むということだ。君まで権力の姓を名乗る必要はない」
「今日は、グライムみたいな煙の巻き方をするのね」
マリアがくすくす笑うと、パットンは頭を抱えた。
「アイツを頼りにすると……不可解な点を洗い出すのに何日もかかる。そして、洗い出したら汚れと一緒に落ちていく……。犯人より、グライムのことを考えてる時間のほうが多い……」
「それなら、私は別の心配事をしたほうが良さそうね」
「マリア……」
「これも冗談よ」
マリアがくすくす笑うと、パットンは敵わないと言ったふうに笑った。
部屋の鏡に映る夫婦の姿は、紛れもなく本物の愛を映し出していた。




