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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
右と左

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19/28

第二部「鏡像」

 その夜。再び降り出した雨に紛れて、ボンドが隠れ家に来たのは、グライムが呼んだからだった。


 夜の遅い時間に、野良猫の足音に紛れて屋根伝いに二階の窓から侵入してくる。

 グレッチェンは連れてきていなかった。

 身軽な格好で、小さな荷物だけを持っている。

 グライムに仕事の話がある、という呼ばれ方をした時のボンドはこういう格好をしてくる。


「さあさあ! 今度はなんだ? 忙しくなってきたぞ! オマエが帰ってきてから、退屈しなくて済むな!」


 ボンドはテーブルに座ると、様々な犯罪道具を並べるが、グライムはそれをどかすように紙を広げた。

 レオナルドについてまとめたものだ。


「ボンド。【ドッペルゲンガーの鏡】を知っているか」


 ボンドは聞いたことのある名前に眉を上げた。


「名前だけならな。古代魔道具だろ。まさか持ってる奴がいるのか?」

「たぶんな」

「たぶん、か。じゃあ勘違いだ。古代魔道具なんて、ほとんどが城か、バックに国がついてる教会が管理してるもんだ。個人が持ってるわけがないだろう」

「確証はない。でもな状況が合うんだ」


 グライムは説明した。

 ドッペルゲンガーの鏡は、契約者がその鏡に署名することで、鏡から反転した自分を生成できる古代魔道具だ。

 生成された分身は見た目も声も完全に一致する。

 記憶の共有も可能だ。ただし鏡像なので、全ての所作が左右反転する。


「利き腕が逆になる」とボンドが言った。「なるほど。握手の手が前回と変わってたわけか」


「そうだ。本物が社交パーティーや劇場でアリバイを作っている間、分身が施術をする。施術中に血液を採取する。本物は絶対に現場にいない。完璧なアリバイが常に成立する」

「肝心の証拠はどうする」

「分身がいることの証明ができれば、アリバイが無効になる。本物と分身を同時に同じ場所に揃えれば、どちらかが偽物だということが現実として証明される」


 ボンドはテーブルに肘をつくと、手持ち無沙汰に息を細く吐いて、ローソクの火を揺らした。


「難しいな……。分身を呼び出すかどうかは、本物が決める。本物を脅せば分身を出さないようにするだろう」

「そこに第三のレオナルドが現れたらどうなる」


 ボンドの目が細くなった。


「……オレを使うつもりだな」

「頼む」


 そう言ったグライムの顔は笑顔だった。

 ボンドが手を貸してくれるのは分かっていたからだ。

 だからお互い表情を隠さないまま、笑顔で話していた。


「パットン王子に疑われてるんだろ? 協力者の存在が」

「そうだ。だから堂々と目の前に出てやろう。パットンと……そのお抱えの三獣士の前にな」


 ボンドは笑顔のままため息をついた。

 口では文句を言っているが、その表情はまたグライムが面白いことを考えついたという顔だ。


 テーブルから肘を離し、背もたれに体を預ける。

 ゴブリンの長い指が、もったいぶったゆったりとした仕草で長い鼻を撫でる。


「状況を整理させてくれ。本物がいる。分身がいる。そこにオレが変装したレオナルドを加える。計三人のレオナルドが同じ場所に揃う。本物はパニックになる」

「そうだ」

「本物がパニックになった時に何が起きる」

「ドッペルゲンガーの鏡には制約がある。正体を第三者に見破られた時、鏡の魔法が暴走する。本体か分身のどちらかが石化状態になる」

「石化か……呪術返しみたいなもんだな」

「一時的なものだ。後で解除できる。ただし、暴走が起きた時点で、分身の存在が証明される」


 ボンドは黙った。

 蝋燭の火が揺れた。窓の外で夜鳥が一声鳴いて、また静かになった。


「変装の精度は求められるな」

「一流の仕事が必要だ」

「そりゃそうだ」ボンドは得意げに鼻を鳴らした。「オレ以外にはいないだろう」

「だから頼んでるだ。レオナルドは人間だが鼻が高い。ゴブリンで十分ごまかせる」

「顔の再現精度はそれだけじゃないぞ。人間だから鼻を見るが、他の種族は別の場所を見る」


 ボンドは変装の精度を高めるために、詰め寄るようにグライムに質問をした。


「会ってきた。顔の特徴は記録してある」

「一回では無理だろ。オレを連れて、もう一回観察させてくれ」

「個室に連れ込まれる状況だから、難しい……」

「じゃあ服の素材の好みは? 髪の分け方は? 歩幅は? あと匂いは一番大事だぞ。顔が合ってても匂いが違えば、獣人系に即バレする」


 グライムは言われて少し考えた。映像より先に浮かんだのは、サロンに漂う独特の香りだった。


「匂いは採取できると思う。サロンに特有の香水が使われている。あれはおそらくレオナルドの調合だ。採取して再現できるか?」

「できなくはない。でも、布に染み込んだニオイが必要だ」

「サロンに通う女性の殆どは馬車で通う」

「幌をちょいと貰うか」


 ボンドはまた腕組みを直すとニヤッと笑った。

 

 グライムが頭の中で計画を描くように、ボンドもまた頭の中で一つの計画を思い描き、それが満足のできる絵画となって頭に浮かんだからだ。


「それで……本番の場所と時間は?」

「これから作る」


 グライムは棚から酒を出すと、一口飲んでボンドに渡した。

 ボンドはそれ受け取り、一口飲むと、雨雲に濃くなった闇へと消えていった。

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