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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
偽造されたワイン

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16/17

第三部「火のないところに煙は」

 翌日の午後、グライムはパットンに報告した。


「なにを考えている!!」


 それがパットンの第一声だった。


「なにってお望み通り証拠を見つけてきたんだ」

「誰が泥棒の真似事をしろといった」

「なにも盗んでないんだから問題ないだろう」

「どうしろと言うんだ。忍び込んで証拠を見つけたと突きつけるのか? 国の信用に関わるぞ! ただでさえ今、国は亜人とは揉めているんだ!」


 パットンに怒鳴られ、グライムは二つの意味で確かにと押し黙った。

 今この流れで押し入ったとなれば、リザードマンの逮捕は確実だが、証拠不十分のまま国が踏み込んだという噂が流れるのも確実だ。

 そしてもう一つの意味は、パットンが何気なくこぼした【国は亜人と揉めている】という事実が、王子の口から語られたことだ。


 パットンはこぼしたことに気づいていないし、グライムも今はそこを広げるつもりはなかった。


「悪かったよ……そこまで考えてなかった」

「まったく……。少しは一般常識を身に着けろ」

「まさか王子に言われるとはな」


 グライムはおどけるように肩をすくめた。


「しっかりしてくれ。私はオマエを泥棒として雇っているのではない。オマエの頭の良さを頼っているんだ。裏の世界の知識や、機転の利きだ」

「そりゃ賢明だな。オレに殺しの依頼は無理だ」

「外に積荷を置いていたりしないのか? それなら通報が入ったという名目で、積み荷を開けさせられる」

「倉庫があるのに、外には出さないだろうな……」

「持ち出してる時が、一番積荷を確認しやすいんだが。たまにいるんだ。命よりもお金が大切なやつはな。そういう奴は、大事な時にそれを持って逃げ出す。何度もそういう事例があった」

「火事でも祈れってのか」


 グライムは自分の言葉を鼻で笑い飛ばしてから、急にニヤッと笑った。

 その思いつきの笑顔はパットンには見られなかった。


 グライムはもう一度「火事でも祈れってのか?」と声を大きくした。


「聞いている。バカなことを言っているから無視をしたんだ。けが人どころか、下手したら死人が出ることだぞ」


 パットンの言い終わりに窓の外でネコが鳴いた。


「なら……小さな情報を探しに、今から行ってみるか?」

「リザードマンの工房にか? 夜だぞ。職人はいないはずだ。例え居たとしても、自分の工房にいるものを怪しむことは出来ない」

「だから散歩だ。どのみち工房の場所は報告しないといけないだろ? 面倒だからパットンが覚えて部下に報告してくれ」

「オマエはという奴は……」



 その頃、窓の外で鳴いたグレッチェンが、屋根の上で月をみているボンドにグライムの言葉を伝えた。


「なるほど。火事を祈るのか。了解だ」


 ボンドが腰を上げると、グレッチェンが彼のシャツの裾を引っ張った。


「いいかグレッチェン。火のないところに煙は立たないって言うだろ? 火事を祈れってはそういう意味だ。先回りするぞ」


 ボンドとグレッチェンは器用に屋根屋根を伝い、リザードマンの工房へと向かい、グライムより簡単に倉庫の鍵を開けて侵入した。


 工房の明かりはついていて、ロッカというリザードマンが作業している。


 ボンドは口元に人差し指をやって、グレッチェンに声を潜めるように指示するが、自分はたまらず喋りだした。


「見ろ、グレッチェン。アイツ解錠の腕は落ちたな。鍵を開ける時に少し滑って、形が変わってる。後数回も使えば、歪んで役に立たなくなる」


 ボンドは手頃な作業台を見つけると、下に手を伸ばし、小さな金属製の円盤を見えない位置に取り付けた。

 表面に細工がしてあり、時間が来ると内部の魔法素材が反応して白煙を発生させる。持続時間は二十分。

 火気は一切発生しない。

 本来は時限式の煙幕のようなものなのだが、屋内で使用すれば炎の煙と一瞬見分けがつかない。


「さて、後はワンちゃんをここに誘導するだけか。つまらない王都だと思ってが、グライムが帰ってきて風向きが変わったな」


 ボンドはニヤニヤ笑うと、ある印を地面に残して、闇夜へ消えていった。



 その数分後、すぐにグライムとパットンがやってきた。

 グライムはその印を見つけると、指示がうまく言ったとほくそ笑む前に、靴の裏でこすって消した。


「リザードマンがいるな。せっかくだから話を聞いてみるか」


 パットンは手を出せないとわかっていながらも、忠告や牽制にはなるだろうと思っていた。



 だが、それでは困る。

 今から倉庫で煙が出て、火事だと勘違いしたロッカが慌てて証拠を持って逃げるはずだ。


 そこを現行犯で捕まえるためにも、疑っている者がいることがバレてはまずい。


 グライムは思わずマリアの名前を口にし、パットンの足止めをした。


「マリアは元気そうだったな」

「なにを言い出すんだ急に」

「いや、地下牢にいた時に会いに来てくれた時から、大分経ったからな。相変わらずよい方だと思って。王族で、あそこまで分け隔てなく接することができるのは稀有な存在だ」

「なにを企んでる?」

「アンタの誕生日パーティーとか? プレゼントにワインはやめたほうがいいな。中身が偽物でも気付かないくらいだからな」


 グライムが笑って言うと、ほとんど同じ笑顔でパットンが返した。


「お互い様だろう。それに私が好きなのは安いワインだ。コボルトーワインとかな」

「コボルトーワイン? あれって冒険者が飲むような安ワインだぞ。王子のアンタなんか名前も知らないと思ってた」

「第三王子だぞ。王子であって王子じゃないようなものだ。おかげで子供の頃から好きにできた。冒険者の真似事もな。そこで覚えたんだ。コボルトーワインの飲み方をな」


『オレンジのスライスに、ホットハチミツ』


 グライムとパットンの声が重なる。


「知っていたのか?」と驚くパットン。

「冒険者だって言っただろ。元は吟遊詩人が喉を潤すために飲んでいた酒だ。結局吟遊詩人も冒険者みたいなもんだから、それで広まったんだ。寝付きも良くなるしな」


 二人の表情が緩んだその瞬間。

 近くの家の窓が開き「火事だ!」という叫び声が通りに響いた。


 工房に残っていた職人たちが、次々に外へ出てくる。


 ロッカの倉庫の白い煙が立ち昇るのを、グライムも確認した。


 月明かりに照らされて、煙は細く真っ直ぐに上がっていく。火の光はない。ただ白い煙だけが、夜空に向かって昇っていく。


 グライムはボンドが成功させたとわかると、すぐに次の行動に出た。

 ロッカの工房の扉を力強く叩いた。


「大変だ! 火事だ! オマエの倉庫が燃えてるぞ!!」


 工房の扉が開いた。


 扉から飛び出してきたのは、中背のリザードマンだった。

 鱗の色は暗い緑で、体格は職人らしくがっしりとしている。手には布袋を二つ抱えていた。袋の形から、中に硬いものが詰まっているのがわかる。


 工房の外に出た瞬間、男は周囲を確認した。

 煙から逃げ出した人間の反応ではなく、何かを持ち出すのを見られていないかを確認する、そういう素早い視線の動き方だった。


 その視線が通りの左右を素早く走ったとき、パットンが路地から出た。


「待て、止まれ」


 声は低かったが、静寂の中でよく通った。

 ロッカが逃げようとした。袋を抱えたまま、右の路地に向かって走り出す。


 その時、大きな影が彼に飛びつき抑え込んだ。


「カックラウ! 来ていたのか。良いタイミングだ。流石友だ」

「はい! と力強く答えられたよいのですが……実はこそ泥を追っている最中でして……それには逃げられました」

「大事の前の小事だ。気にするな」


 二人が犯人を取り押さえている瞬間に、グライムはすでに動いていた。

 石畳に落ちた麻袋を拾い上げ、中を確認した。コルク状のものが大量に詰め込まれており、それをパットンへ向けた。


「全部ストーンモス樹脂の栓だ」

「よし!」パットンは思わず歓喜に拳を握った。「これより家宅捜索を行う」


 カックロウに命じると、ロッカを羽交い締めにし、そのまま工房に向かった。

 白い煙はすでに細くなっていた。

 ボンドが設定した通り、火は一切出ていない。


 工房の中には、完成品の偽造コルクが木箱ごと棚に並んでいた。加工道具。ストーンモス樹脂の原材料。それと、取引の記録と思われる冊子が数冊。


「見ろ、こんな本が」


 グライムは適当な本を掴んで掲げた。

 証拠を探しているわけではない。ボンドが残した証拠を隠滅するためだ。

 本を取るのと同時に、作業台の裏に仕掛けられた金属板を外してポケットにしまい込んだ。


「これで十分だ」


 パットンは静かに言った。

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