第四部「コボルトーワイン」
この騒動の正式な報告がグライムに入ったのは、一週間後だった。
「依頼人の追跡が進んでいる。コルク取引の帳簿から商流が見えてきた。もう少し時間がかかるが、上流まで辿れる可能性がある」
パットンからの報告を、グライムはしかめっ面で聞いていた。
「なにか文句でもあるのか?」
「一週間経って、報告がこれか? そんなの予定調和だろ」
「文句を言うなら、説明してもらうぞ」
「なにをだ」
「火事の原因だ。オマエと話していたら、都合よく火の手が上がったんだぞ」
「煙に巻かれたか」
グライムは笑ったが、パットンは表情を変えなかった。
「不思議なことに火元は不明だ。燃えた後すらない」
「だから職人の区域ってのはボヤ騒ぎが多いんだろ? 奴らが扱う鉱物は魔力に反応して、爆発するものあるからな」
恐らくパットンから次に出る言葉は「魔力反応が出た」だ。
グライムは先んじて話題にすることによって、パットンの口をふさいだ。
「いいか? 魔法錠の範囲内で自由にできるということは、常に私の監視下にあることを忘れるな」
「御意」
グライムが茶化すと、パットンは無駄話をしてる暇ないと、ため息で切り替えた。
「ワインのことだが、厄介な問題が出てきた。あれは複数のワインを調合して作られたものだ」
「……そんなこと出来るのか?」
グライムは驚いた。
香水などは香りを再現することはあるが、ワインとなると味まで再現しなくてはいけない。
そんなことは不可能だ。
「出来ているのだから困っている。ストーンモス樹脂の栓は、その調合のわずかな違いを誤魔化すため使われていた。専門家の話によると、香りによる穴埋めだそうだ」
「なるほどな……味覚は嗅覚と繋がってる。問題はブレンドされたワインだ」
「安心しろ。コボルトーワインのような安物は使われていなかった。値の張るワインの調合だ。これが流通しても価格崩壊は起きない。手に入れたものが恥をかくだけだ」
「恥はかかないだろう。気付ける人間がいない」
「だったな。……それでは私は責務に戻る」
グライムが、踵を返すパットンの背中を呼び止めた。
「そうだ、パットン。これ」と瓶を渡す。
「ハチミツか?」
「その蜂蜜が吟遊詩人が使ってたものだ。マリアにお礼だ。ワインのな」
「王子妃を呼び捨てにして、蜜月を交わし、挙句の果てにプレゼントか?」
「なかなかの色男だろ。コツは背伸びを見透かされることだ」
「聞いて呆れる……」
パットンはそのまま隠れ家を出たのだが、数歩歩いたところで足を止めた。
「カックラウ」
名前を呼ばれると細い木の陰から、体の大きなカックラウが出てきた。
「はっ」
「オレンジを買っておいてくれないか?」
「オレンジですか?」
「ああ、なるべく新鮮なやつを部屋に届けておいてくれ」
「わかりました」
カックラウはなんのことかわからないまま、パットンの頼みを応えるために、市場へと向かった。
その日の夕方。
マリアはパットンから正式な報告を聞いた。
ワインはマリアが受け取ったものなので、しっかり説明する必要がある。パットンはそう思い、今回の事件のすべてを話した。
私室の窓から夕焼けが見えていた。
オレンジ色の光が室内を染め、飾られた刺繍の枠の金の縁取りがそれを反射している。
「まあ、コルクも偽物だったのね」
「それでストーンモスの使用は報告書が必要になった。元からこの国であまり使われていないが、周辺国へ注意喚起の文も出した。これで偽物流通は減るはずだ。ストーンモスの樹脂の栓がなければ、普通のコルクを使うしかない。そうすればエルフのワインなどと売りに出せない」
「美味しかったのは本当だったから、それでいいわ。本物のワインを飲んだのは事実だもの。悪い嘘ではなかったと思う」
パットンは窓の外を見た。
「贈ってくれた方については、調べる。関与していたかどうか」
「わかった。でも、もしその方が知らずに贈ってくれたのなら、責めないで」
「それは難しい……状況による」
「そうね」
マリア声が悲しみに低くなる。
王族となるとなかなか近しい友人も出来ない。贈り物をし合える仲を疑うのは、一般市民にはわからない辛さがあった。
どう声をかけようか迷ったパットンだったが、その時だ。
胸ポケットにしまった。グライムから貰ったハチミツを思い出した。
「マリア! ちょっと待っててくれ!」
グライムは部屋を出ると、子どものように走り、こっそり隠して保存してあるコボルトーワインを手に取り戻った。
部屋に戻ると、パットンは「じゃーん」と子どものような瞳で、ワイン瓶を見せた。
「あら何かしら」
「最高のワインだよ。泣き崩れ、時に歌い、笑い合う。そんな日々の幸せを見た時に飲んだワインだ。私が」
パットンはワインをグラスへ注ぎながら言った。
オレンジをスライスし入れ、ティースプーンですくったハチミツをロウソクで温め、それをワインに入れ軽くかき混ぜる。
本来ワインにない甘い香りが漂うと、王子妃の部屋は、一気に冒険宿の匂いへと変わった。
「私が一番好きなワイン、コボルトーワインの一番好きな飲み方だ。事件の続きは、今夜このワインと一緒には……どうだ?」
「素敵ね」
「……ハチミツはグライムからの贈り物だ。ワインのお礼と言っていた」
そう言ったパットンの顔は、眉間にしわができていた。
「なんでそんな顔してるの?」
「信用すればしようとするほど、信用できない部分が顔を出す」
「まるで恋愛ね」
「マリア!」
「だって、今夜の話は事件の真相でしょ? グライムの影をあぶり出すことじゃないわ」
「本当にキミには敵わない……」
パットンはワイングラスを持つと、冒険者がやるようにグラス同士を合わせてカチンと鳴らした。
今日の夕日は、まるで切られたオレンジのように瑞々しく輝き、空は蜂蜜色に溶けていった。




