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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
偽造されたワイン

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15/17

第二部「偽物の栓」

 翌日から、パットンは正式な調査を命じた。


 城の検品係が呼ばれ、ワインの分析が行われた。香り、味、色。ラベルの印刷の精度、付着魔力から瓶の製造年代を調べ、流通記録の照合。


 結果は一点の曇りもなかった。


 香りは本物のエルフワインと一致。

 味の成分も精製魔法での検査をパスした。

 ラベルは正規の印刷業者の文字と筆圧が認められた。

 瓶にも問題は見られず、該当年代のエルフ製ガラス特有の不純物の混入パターンが見られた。


 流通記録には、王都への入荷が正規商人を通じて記録されていた。


「全部本物です」と検品係の主任が報告した。「どこをどう調べても、本物にしか思えません」





 隠れ家で、パットンからその報告を聞いたグライムは、テーブルに足を乗せて、受け取った報告書を眺めていた。


「本物だったのか?」

「そうだ」

「カックラウの指摘が間違いだったのかもしれない」

「カックラウの鼻は間違えない。グライムも知っているだろう」

「まあな。でも、だから不審なんだ」


 グライムは足を下ろすと、パットンはさっと手でテーブルを払って対面に座った。


「なにが引っかかっている」

「引っかかってるんじゃない。引っかかる場所を探してるんだ。今のままだとカックラウの鼻だけが頼りだ。オレのカードとしては物足りなさ過ぎる」

「まったく……もっとしっかり説明しろ。いまはこの栓ひとつだって、大事な物的証拠なんだぞ。持ち出す理由を考えるのに苦労した」


 パットンはテーブルの上に例のコルクを置くと、すぐさまグライムが手に取り、この間のように手の中で遊ばせた。


「検品係も確認した。フェアリーオーク樹皮製の特殊コルクだと――」

「そう報告されたわけだな。それを実際に確認した人は?」


 沈黙があった。


 パットンが受けた部下からの報告は、担当者が「フェアリーオーク製です」と証明書を見せた、という回答だった。

 証明書は本物だった。

 しかし証明書が本物であっても、コルクそのものを精査したわけではなかった。

 エルフのワインにはフェアリーオークという固定観念の元、回答されたのだ。 


「コルクを専門家に見せてくれ。証明書ではなく、現物を」


 グライムにコルクを返されたパットンは、深く頷いた。





 専門家は城下の古い薬草師だった。

 植物素材に関しては王都随一の知識を持つと言われる老婆で、パットンが持ち込んだコルクを手に取ると、まず匂いを嗅いだ。

 それから表面を爪で少し削り、粉を舌先に載せた。


「フェアリーオークじゃない」


 結論は一言だった。


「これはストーンモス樹脂だよ。岩場に生える苔から取れる素材。加工すると柔軟で、密閉性が高くて、見た目はコルクとほとんど変わらない。香りが弱いのが特徴だけど、こうやってワインに浸けておけば、しばらくはワインの香りが染みてくれるから、においでは判別しにくくなる」

「カックラウが乾いた岩の匂いと言ったのは」

「そのせいだね。ストーンモス樹脂はどれだけ加工しても、根本に岩の匂いが残る。フェアリーオークには絶対にない成分だ。普通は気づかないもんだよ。嫌だねぇ……神経質は、世界がどんどん狭くなるよ。私の若い時はいつだってシンプルだった」


 ぶつぶつと世の不満を口にする老婆に、パットンは深々と頭を下げ、礼を言って外に出た。


 廊下で立ち止まり、コルクを見た。

 手のひらの上で、転がるそれはただの栓だった。しかしその小さな一点が、全部の糸口だった。





 隠れ家に戻ると、グライムはすでに知っているというような顔をしていた。


「ストーンモス樹脂だったな」

「なぜわかった……」

「手に取った時の感触だ。フェアリーオーク製のコルクは、木の繊維の方向が均一じゃない。複数の樹皮を重ねて作るから、触ると微妙に層の感触がある。今回のコルクはそれがなかった。均質すぎた。樹脂を型に流して固めたものの手触りだ」


 パットンは椅子に腰を下ろした。


「わかってたなら。確認を取る必要がないだろう……」

「確認は必要だろう。確認が確信に変わった。これでオレの知識が一つカードに加わったってことだ」

「しかしワイン本体は本物だ。ラベルも瓶も流通記録も。コルクだけが偽物だ。これはどういうことになる」

「いや違う。偽ものなのはコルクと中身だ。本物のワインを、本物の瓶に入れ、本物のラベルを貼り、本物に近い偽造コルクで封をする意味はあるか?」

「これはまずいぞ……」パットンの顔が青ざめる。「中程度の宝石が買えるワインが偽造されるとなると……」

「価格崩壊が起きるな。ワインってのは王族、貴族、裏の世界の顔も皆が好きなもの。ある意味金持ちの通貨みたいなもんだ」

「パワーバランスが崩れるぞ。ワインごときで」

「酒と女はいつでも国を崩壊させるもんだろ」

「冗談を言っている場合か……」


 流通記録も本物ということは、どこかの段階で空のワイン瓶に偽物を詰め直した可能性がある。


 パットンは沈黙した。テーブルの上のコルクを見た。

 フェアリーオーク製の栓は貴重であり、コルクと同様にワインの保存に適しているのだが、フェアリーオーク自体が希少素材だ。

 それで作られた栓など道楽でしかない。

 だからこそワインの値段をワンランク上げているのも確かだ。


 そして、そのフェアリーオークと似た素材がストーンモス樹脂だ。

 カックラウ以外誰も匂いの変化に気付かなかったかのように、ストーンモスが持つ岩のような香りは邪魔にはならない。

 むしろ、ウイスキーなどでは香りを加えるのに使われたりもする。


 問題は安価の素材で、高級品が作れてしまうことだ。


 グライムが考え込んだのを見て、パットンは椅子から立ち上がった。


「捜査を始める。ストーンモス樹脂の加工技術を持つ者の洗い出しだ」

「それが問題なんだ」とグライムが言った。「ストーンモスを加工できる職人は、王都にも複数いる。リザードマンの職人コミュニティで、石材や樹脂の扱いは得意とされている。全員が容疑者候補になる」

「よく知ってるな、そんなこと」

「知ってるから頼んでるだぞ」

「それはそうなんだが……。前から聞きたかった。オマエの情報源はどこだ?」

「街の噂だよ。だから風が通る街角を隠れ家に選んだんだよ。そう言っただろう」


 グライムは表通りでも裏通りでも隙に見ろと窓を指した。

 思わず一瞥したパットンだが、すぐに視線戻した。


 その仕草を見たグライムは、ボンドのことがパットン側にまだ知られていないと確信を持った。


「とにかくストーンモスはこっちに任せろ。それよりワインは頼んだぞ。種類に値段。とてもじゃないが、一般市民のオレが試すのは無理だ」

「問題はないが……」

「が?」

「どうも煙に巻かれている気がする」

「スモーキーはウイスキーだ。ワインには必要ない」

「それだ、それ。オマエのその言い方は、いつも真実からなにかを逸らす時だ」

「逸らしてるのは偽造ワインを流通させたやつだ。そうだろう?」


 グライムが肩をすくめると、パットンは睨みつけた。

 疑いは残るが、自分も調べることがあるのでいつまでも隠れ家にいることは出来ない。


「見張りがいると思え」と言い残し、パットンは隠れ家を出ていった。


「どうも探られてるな……。ボンドは使えないな。しょうがない……全員当たるか」


 グライムはリザードマンのコミニティに潜入するための準備を始めた。



 彼らのコミュニティは、城下の東側。石畳の古い区画に集まっていた。


 もともと石工の職人が多く住んでいた地域で、石造りの建物が密集しており、通りが狭く入り組んでいる。

 昼間でも影が多く、乾いた石の匂いがどこか懐かしいような、この国では異質なような、複雑な香りを作っていた。


 グライムがその区画に足を踏み入れたのは、午前の市場が開く賑やかになる直前の時間だった。


 格好は変えてある。城下で見かける酒商人の服装だ。

 木箱を一つ腕に抱えて、品物を見るふりをながらゆっくりと歩く。


 リザードマンの職人たちは、人間族とは異なる体格と鱗肌を持つ。

 その顔からいつもムッとしているように見えるが、愛想がないわけではない。商売の話になれば話す。

 グライムは最初の一軒で、木箱の中の酒のサンプルを勧めながら世間話を始めた。下手に出る、如何にもな商人のように。


「この区画は石加工の職人が多いんですね」

「昔からそうだ。うちは刃物の研ぎが専門だが、隣は石彫りで、向かいが樹脂加工だ」

「樹脂加工というのは?」

「石の隙間を埋める充填材を作ったり、型に流して部品を作ったり。細かい用途がある。あんた、建材の話が聞きたいのか?」

「いえ、お酒関係です。コルクの代わりになる素材を探していまして。ここ数年、フェアリーオーク製が高騰しているので、代替素材を探している業者から相談を受けていて」


 職人が眉を上げた。

 リザードマンは眉毛がないので、正確には額の鱗が少し動いた。


「代替素材か。それはうちの専門じゃないが、向かいの爺さんなら詳しいかもしれない」


 グライムは礼を言って向かいの店に向かった。

 

 こういうことを、午前中に四軒やった。

 話題は常に代替素材の入手先、コルク素材への需要、フェアリーオーク製と見分けのつかない素材があるかどうか。という方向へ自然に誘導しながら。


 夕方過ぎに、五軒目の老職人の店で話が変わった。


「そういう材料なら、ロッカという男が詳しい。二ヶ月ほど前から、異常な量のストーンモス樹脂を仕入れている。用途を聞いたら、新しい建材の試験だと言っていたが」

「ロッカという方は?」

「この区画の北端の工房だ。一人でやっている。仕事は丁寧だが、最近は客を断るようになったと聞いた。急に忙しくなったと言っていたよ。羨ましい限りだ」


 グライムは礼を言って店を出ると、表通りを歩きながら、北端の工房の方向を確認した。


 北端の区画は夜になるとほとんど人の気配がなくなる。職人街は昼間だけ時間が動くような場所だ。

 夜は扉を閉め、明かりも最小限にする。


 だが、グライムは夜まで待てなかった。

 人混みに紛れ、人の波を泳ぎ移動する。時折わざと人にぶつかって方向転換し、あたかも流されたように工房へと向かう。


 普段から警戒することはないのか、工房の扉の鍵は新しいものだった。

 つまり、最近になって侵入されたら困るものが出来たということ。


 それがもう答えのようなものだったが、グライムは証拠を見つけるために忍び込むことにした。

 鍵は新しくつけられただけで、構造自体は単純だった。

 グライムの手にかかれば三十秒もかからずに開く。


 中に入ると、鼻に独特の匂いがこびりついた。

 乾いた岩と植物が混じったような香り。カックラウが言っていた匂いだ、とグライムは思った。


 最近出入りがあったらしく、床には埃をこすった靴跡がそこらかしこに残っている。

 おかげでグライムは歩きやすくなった。これだけ靴跡が残っていれば好きに歩けるということだ。


 そして探すことなく、棚に大量の材料が並んでいるのを見つけた。

 形や大きさの揃ったコルク状のものが木箱に詰められて、棚に並んでいる。数を数える気にもなれないほど相当な量だった。






 作業台の端に、比較用のものが置いてあり、フェアリーオーク製の本物のコルクと、ストーンモス樹脂製の偽物が並べてある。

 外観は確かによく似ていた。よほど精密に検品しなければ、見分けがつかない。


 グライムはその二つを手取ると、それぞれの匂いを嗅いである仮説を立てた。

 ストーンモス樹脂を使っているのは、

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