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王賊 Crown & Crime  作者: ふん
ハムスターとスパイス

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第四部「繋がるイト」

 その夜。月明かりが雲に隠れると、その闇に潜み、グライムは昼間にデータとしたレストランへと戻っていた。


 閉店後の店内には灯りが落ちている。


 グライムは裏口の鍵を、慣れた手つきで開けると、音もなく中へと滑り込んだ。


 厨房の奥、帳簿を保管していそうな棚を探る。荷の仕入れ記録、支払いの控え、業者との取引記録――埃を被った紙の束を、一枚一枚、丁寧にめくっていった。


 やがて、一枚の納品書に、グライムの手が止まった。


 差出人の名は、記されていない。

 だが品目の欄には「香辛料」とだけ、簡潔に書かれている。

 数量も、単価も、通常の取引とは、明らかに桁が違っていた。全くのデタラメの数字が書かれている。

 つまり、あとから修正するようのものということ。


 明らかに密輸の商品のことを差しているのだが、問題はその商品は木箱に入ったまま倉庫に置かれているのだ。


 つまり運び出してはおらず、あのレストランにあるスパイスは別物ということになる。

 だが、それは以前までの考えだ。

 グライムは一度同じ過ちを繰り返しているので、すぐに気付いた。

 ハムスターの獣人なら、スパイスを『小分けにして』運ぶのに適していると。


 そして、スパイスを運び終わり、大規模ストライキが始まれば、倉庫を狙った暴動が怒るのも自然だ。


 全てを、騒動の中で起こったことと有耶無耶に出来る。


 だが、決定的な証拠がない。


 納品書は、あくまで状況証拠に過ぎない。

 ゲイル自身が、ハムスター獣人たちを直接煽った現場を、押さえた者は誰もいなかった。


「わかっちゃいるが、突きつけるものがない」


 グライムは、証拠不十分のまま、事件を一旦棚上げにするしかなかった。


 悔しさが、胸の奥に、小さくくすぶり続けていた。裏社会にいた頃なら、こんな時、証拠の一つや二つ、こっそり用意することもできたかもしれない。だが、今のグライムには、それが許されない立場があった。パットンの私兵として、王に信を置かれている立場が、かつての自由な立ち回りに、静かな枷をかけていた。


 こういう時ばかりは、盗みの腕を持つ自分でさえ、手も足も出なかった。証拠を捏造すれば話は早いが、それではただの陥れになる。グライムがやりたいのは、そんな安っぽい仕事ではなかった。


「証拠が出るまで、待つしかないか」





 グライムが忍び込んだ倉庫で、思案を巡らせている頃。まさに、その行動を予測して不安に駆られているパットンがいた。


「まったく……絶対にアイツはわかってない」


 そうつぶやきながらソワソワするのを見て、マリアはくすくす笑っていた。


「王国裁判の時と同じことをしていますよ。うろうろ……うろうろ……。あなたの中はいつもグライムでいっぱい」

「マリア……気持ちの悪いことを言わないでくれ」

「そう思うなら、もう少し私を見てくれてもいいんじゃないかしら? せっかく二人きりの夜なのよ。前に二人きりでゆーっくり過ごした時は、辺境に行く前よ」


 マリアがパットンの隣に腰掛け直し、肩に頭を預け、パットンも頭を預け返そうとした時、彼はふいに思い出して頭を上げた。


「そうだった。帰ってゆっくり出来ると思ったら、グライムが捕まったんだ」

「肉球ちゃん? またグライムの名前が出てるわよ」

「ああ……すまない。考えないようにしているんだが」

「いいわ。もう、話して」

「いいのかい?」

「これならグライムと三人で話してるみたいだもの……。それで? うちのやんちゃな男の子は、今度は一体なにをしたのかしら?」


 こうしていても意味がないとパットンは、ハムスター獣人たちのストライキについて相談を持ちかけた。


 マリアは穏やかな笑みを浮かべながら、パットンの話に耳を傾けていた。ロウソクの炎が揺れ、彼女の柔らかな表情をいっそう優しく照らしていた。


「ハムスター獣人たちが、ストライキを起こしていてな。理由自体は、些細なことなんだが……なかなか、こじれてしまってる」

「些細なことなら、余計にね。大きな問題より、小さな不満のほうが、案外解けにくいものよ。誰も本気で向き合ってくれないから。誰かさんが、ずっとグライムの話をするみたいに」

「それは……確かに一理あるな。だが、グライムが『ひまわりの種でもやれ』と言った気持ちが少しかる」


「私に、何か出来ることはあるかしら」


 マリアは、そう申し出たが、パットンが彼女に危険なことをさせるはずもなく、その話題を打ち切り、マリアに頭を預けて甘えだした。

 だが、今度はマリアが考える番だった。

 パットンの頭を撫でながら、ハムスターの獣人とパットンの仲をどうにか取り持てないかと。





 翌日の夕方。グライムは証拠を持ってパットンの元へとやってきた。

 パットンは彼が手に持つ証拠を見て、怪訝に眉を寄せた。


「……なんだそれは?」

「コロタです。どうも殿下」


 ハムスターの獣人のコロタは、被っていたナッツの殻の帽子を脱ぐと、深々とお辞儀した。


「犯人だ」


 グライムが淡々と言うと、彼の手の上でコロタが跳ねた。


「話が違いますが!??」

「盗んだって白状しに来たのはそっちだろう……」

「違いますが!?」


 グライムとコロタが話話しているのを聞いて、パットンは全く理解できず説明を求めた。


「待て待て……どういうことだ?」

「こいつらは利用され『運び屋』にされていたってことだ。さっき倉庫を見てたら、突然白状しに来た」


 グライム昨夜のことを説明したのだが、パットンの表情が和らぐことはなかった。


「忍び込むなという話はどうなった?」

「物音がしたから仕方ないだろう。それに緊急時の突入は認められてるはずだ。なんたって城の兵士だからな」

「たまたま人気のない時間に、たまたま立入禁止倉庫へ行ったのか?」

「そうだ。で、わざわざ証拠を持ってきたんだ。行っとくけど、オレだってびっくりしてるんだ」


 グライムは手のひらサイズの箱をパットンに投げ渡した。

 ただの箱。それ以上も以下もなく、この中にスパイスが入っているようには見えない。


「なるほど……これで運ばせていたのか」

「かなり凝った手口だ。この量のスパイスなら、運んでる最中にバレたとしても証拠隠滅が楽だ」

「だが、この量だと時間がかるだろう」

「だからハムスターの獣人の数を使ったんだ。それに、スパイスを楽しむんじゃなくて、技術の底上げが目的なら少量ずつ運ばれる方が安全だ。手元に大量の違法なものがあると気が気じゃなくなるからな」

「じゃあ追えないってことだろう? 手元に残さない方法を選んだって聞こえたぞ」


 パットンの質問に、グライムはいい目の付け所だとなぜか嬉しそうにしていた。


「それは犯罪者の初期の考え方だ。次の段階、買い手は売り手になる。つまり手元に残す方法を選ぶものが出てくる」

「それで、大規模ストライキの噂を流し、少しずつハムスターの獣人へ別の仕事を斡旋し、少しずつスパイスを集めだしたのか。つまり――」

「そう。あのレストランの料理人が犯人だ」


 グライムが次々と知り得ぬはずの事実を言い当てるので、手のひらの上でコロタは驚いていた。

 どう考えても、表で動く人間の思考じゃないからだ。


「こんな危ないことばかり知っていて……この人は本当に城の兵士なんですか?」

「不服にもな……」


 コロタの反応でグライムの話が事実だと裏付けが取れた。


 だが、問題はグライムが倉庫へ忍び込んだことだ。

 パットンはこれを危惧していた。証拠を掴んでも、踏み込む理由がなければどうすることもできない。


 グライムはそんなパットンの心情を、表情から汲み取った。


「だから、向こうから証拠を出させる」


 証拠固めのためには、まず倉庫から特殊スパイスそのものを回収する必要があった。


 真犯人の元に渡ったスパイスを、動かぬ証拠として押さえる。それさえできれば、犯人を追い詰められる。


 だが、正面から乗り込んで押収しようとすれば、証拠隠滅の隙を与えてしまう。

 相手も、密輸という危ない橋を渡っている以上、逃げ足だけは達者なはずだった。


 そこでグライムは、ハムスター獣人たちの最大の特徴に目をつけた。

 それは彼らの圧倒的な数だ。


「アンタらハムスターの獣人達の力を、貸してほしい」

「私たちの力をですか?」


 コロタは腕に小さな力こぶを作って聞き返した。


「その体の小ささと、その圧倒的な数を別のことに使ってほしいんだ」

「別のこと、というと」

「普段は大量の荷物を大量の人数で仕分けしてるだろう? その能力を、今度は逆向きに使ってほしい」

「逆向き……?」

「特殊スパイスを、一人で大量に持ち出すんじゃない。細かく小分けにして、一人が少量ずつ、別方向から一斉に持ち出す。大量のアンタらが、それぞれ少しずつ持って散っていくんだ。全員を追うのは不可能。軽々尻尾を出すはずだ。な?」


 グライムは完璧な作戦だろ。とでもいうように、パットンの胸を小突いた。


「本当の敵は、ヴァレンかオマエかわからなくなる時があるぞ……」

「なら、敵を明確にするべきだ。今回はヴァレンも関わってないだろう。物流のストップはお互いにとって痛手だ」

「もう、余計なことをするなよ……」

「あとは実行するだけ、余計なことをしたは……他の誰かだ」


 グライムは突然協力を申し出てきたハムスターの獣人に、僅かな不信感を抱いていた。

 だが、彼らの力が不可欠なのもまた確かだった。

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