第三部「デートの途中で」
それから数日後。
グライムは街で女性とデートをしていた。
相手はマッサージ店に務める猫の獣人ミーヤだ。
「今日のお店人気なのよ。あなたが急に姿を消してから
「説明しただろう。パットン王子について行ってたって」
「信じてない。あなたが王子と知り合いだなんて」
「おかしいかい? 君は王子妃と知り合いなのに?」
「私は仕事よ?」
「オレも仕事だ。辺境の地へ極秘任務。それにしても……本当に繁盛してるみたいだね。ここまで行列が出来てるとは……」
グライムは言いながら、目当てのレストランへと続く長蛇の列を眺めた。
まさしく自分のもヘビの一部となっている最中であり、後方を眺めると当方もない長さになっていた。
「おかしいわね……評判だったけどここまでだったかしら」
「それだけ期待ができるってことだろう?」
「そうだけど……まぁ、ここまで混む前に並べてラッキーね」
「きっと二人のデートの祝福をしてくれてるんだよ」
「ずいぶんと都合の良い考え方ね」
「それが人生を楽しく生きるコツ。ほら、もう入れるみたいだ」
グライムはそれほど深く考えずに店の扉をくぐった。
木の温かみのある内装、控えめな照明、丁寧に磨き上げられた食器。
決して高級店というほどではないが、堅実な仕事ぶりが伝わってくる、居心地の良い店だった。
「わぁ! 素敵! 最近、評判が良くて。前から来てみたかったの」
「珍しいメニューでもあるのかい」
「最近、腕のいい料理人が入ったとか、そんな噂よ」
「最近?」
なにか引っかかりを覚えたグライムだったが、注文するところまでは流していた。だが、運ばれてきた料理を一口食べた瞬間、グライムの表情がわずかに変わった。
(この味は……)
舌の上に広がる、独特の旨味。
以前、ボンドといっしょに味覚を鍛えていた時、偶然手に入れたものと同じ味。
だが、食べている料理は別のものであり、食材も違うのになぜ同じ味がするのか。
それは深く、複雑で、それでいて後味は驚くほど軽い。素材そのものの味を邪魔せず、むしろ引き立てるような、絶妙な塩梅の旨味だった。
裏の世界でこう呼ばれている。【特殊スパイス】と。
魔族の特殊製法によって作られる、希少なスパイスであり、スパイスが育たない魔族の血でフルコースを味わおうと作られたものだ。
間違いなかった。
一口食べただけで、グライムにはわかった。いや、からくりを知っていれば誰でもわかる。
このスパイスは風味付けや刺激ではなく、味そのものを塗り替えるものだからだ。
つまり、肉にかけても魚にかけても野菜にかけても、食感が違うだけで同じ味になるのだ。
「ぐらいむ? 大丈夫? どうかした?」
「いや……何でもない。確かに美味しいね」
グライムは平静を装いながら、メニュー表に視線を落とした。
スパイス自体珍しいが、魔界以外でも使われることは多々ある。
だが、ここには妙なことが一つあった。
スパイスを使っていると表記されていないのだ。
グライムはメニューを何度も見返した。前菜から主菜まで、丁寧に説明書きが添えられているにもかかわらず、あの独特の旨味について触れた一文は、どこにも見当たらなかった。
このスパイスは、それ自体が非常に希少なものだ。『魔族の特殊製法スパイス使用』と一言書くだけで、それが宣伝になり、客を呼び込める代物のはずだった。
実際、街の高級店の中には、そうした希少な食材を看板にして、客を集めている店もある。
だが、この店はその事実をまったく宣伝していない。
この店は、スパイスそのものを売りにしているんじゃない。
グライムは頭の中で考えを組み立てていった。
彼が出した結論はこうだ。
スパイスを料理に少量だけ使って、風味付けとして――料理人の技術を、かさ増ししてる。バレない程度にこっそりと。
もしそうだとすれば、辻褄が合う。
この店の急な評判の高まり。腕のいい料理人が入ったという噂。
だが、その『腕』の正体が、実は違法に手に入れたスパイスだったとしたら。
目の前の連れが話しかけてくる声を聞きながらも、グライムの頭の中は、いつしか事件の構造で埋め尽くされていた。
「グライム? 聞いてる?」
「聞いてるよ」
グライムは、慌てて笑顔を作った。
「本当かしら。さっきからずっと上の空よ」
「悪い悪い。ちょっと、仕事のことを思い出しただけだ」
「もう、デート中くらい仕事のことを忘れられないの」
ミーヤが少しだけ毛を逆立てさせると、頬を膨らませながら不満を口にした。
グライムは素直に頭を下げて詫びを入れと、得意のトークで彼女の機嫌を取りデートを頼ん氏だ。
だが、内心では頭の中で、静かに一本の線が結論へと結びついていくのを感じていた。
――場面は変わって、隠れ家。
「――だから、スパイスがおかしいんだ」
「……オマエのデートの話を、なんで私が聞いてやらないといけないんだ」
「最後まで聞け」
グライムはレストランで気づいたことを、パットンに説明していた。
「なるほどな……盗人のオマエの鼻は誤魔化せなかった。そういうことか」
パットンが呆れて言うと、グライムは肩をすくめて返した。
「グルメと言ってくれ」
「普通は食べるチャンスがないものだ。料理人でもなければな。盗み食いって言葉があるのを知ってるか?」
「グイグイ来るなって言葉があるのを知ってるか? いいから聞けって。本題は別だ。あの店で使われてたスパイス。どうやって入手したかだ」
「私に話したということは、ストライキと関係しているのか?」
「大規模ストライキそのものが目的じゃない。物流の停止が目的だ」
「停止したらスパイスも手元に届かないだろう」
「それが狙いだったとしたら? 今、小規模ストライキでハムスターの獣人の仕事が減ってる。検品される前の倉庫が膨らんできてる」
「密輸か。なるほど……密輸品のその殆どは見つかることが前提だ。そこから盗めば、城に押収されずに全部手元に残る。うまくいけば、船員や倉庫管理のせいにも出来る」
パットンは犯罪者ながらよくやるもんだと、苛立ちのため息を落とした。
「店主自身が犯人かどうかは、まだわからない。でも、少なくともあの店には、盗まれたスパイスが渡ってる。辿れば証拠に繋がるはずだ」
グライムの説明を聞いて、納得したパットンだったが、その表情は険しいままだった。
スパイスそのものの密輸ではなく、スキルの密輸だと考えるとややこしいからだ。
特殊スパイスを使えば、長年の修業で培った料理人の技術をある程度補うことが出来る。 そうすると、新規参入者でも、既存の老舗に対抗できるようになる」
「下手すれば。これであちこちの老舗が潰れるってことだ」
グライムの言葉に、パットンの表情はますます渋くなっていった。
「この国には流れ種族が多い……。申請が通れば様々な職業へ参入できる以上、このスパイスが広まれば……」
「これまで料理業界に入っていなかった種族が、一気に参入する可能性がある」
「……新規が入ってくる。ということか」
「そういうことだ。しかも違法スパイスを隠すために虚偽の歴史を作る可能性が高い」
パットンは話を聞いて、考え込んで顎に手を当てていた。
「なるほど……種族の参入があるということか。一つの違法スパイス蔓延が、街の産業構造そのものを、揺るがしかねないというわけか」
「大袈裟な言い方をすれば……な。だが、あながち間違っちゃいない。技術を積み上げてきた老舗が、たった一瓶のスパイスに立場を脅かされるとしたら――業界全体が荒れる、そうなると、バランスが崩れる。他種族国家じゃなく、他種族連合国家になるぞ」
グライムが面白がるように言うのを見て、パットンはげんなりした顔をした。
今は人間が収めている国だが、別の種族が力を持てば変わってくる。
クーデターの心配をしているわけではない。商家となり力を持つことが問題なのだ。
城ではなく商家を中心にお金が回るようになれば、いずれ権力を分断することになる。
グライムの言う連合国家になる未来は、おいそれと笑い話にできるようなものでもなかった。
辟易するパットンを見て、グライムはさらに余計なことを付け加えた。
「いっそ、ハムハム王国にでも解明するか?」
その言葉が重しのように、パットンは頭を抱えた。その口元には、隠しきれない苦笑が浮かんでいる。
「真面目な話。この件は単なる密輸事件じゃない。放っておけば、街全体の均衡を崩しかねない」
「わかってる」
「……本当にわかってるのか? 忍び込むなと言っているんだ」
「なんだ、てっきり忍び込めって言ったのかと思った」
パットンはやっぱり理解していなかったという顔をすると、ため息を落としてから続けた。
「オマエは今、正式に私の兵になっているんだぞ。オマエの不始末はそのままヴァレンに付け入る隙与えると思え」
「わかったわかった」
そう言って部屋を出ていくグライムを見て、パットンは本当にわかっているのかと不安になっていた。




