第二部「手がかりのない調査」
「見落としているか……」
グライムは日の暮れたの街を歩きながら、独り言のように呟いた。
普通の人間や獣人を探しても見つからないのなら――そもそも、普通の姿を持たない存在なのではないか。
霊体のゴースト。精霊体のシルフ。そうした存在ならば、聞き込みという手段自体が通用しない可能性がある。
姿が見えず、声も聞こえず、痕跡も残らない。だからこそ、これほどまでに手がかりが出てこないのかもしれない。
グライムは城の書庫に足を運び、届け出の記録を漁った。
この国では、そうした種族が活動する場合、城への届け出が義務付けられている。
過去に何度か、無届けの霊体絡みの騒動を城が取り締まった記録は確かに残っていた。
だが、今回のストライキに関係する届け出は、どこにも見当たらなかった。
そもそも、ここ半年そうした届け出自体が一件もない。
「これも外れか」
グライムは書架の前で大きく息を吐いた。ろうそくの明かりがため息で揺れ、まとまらない考えを写すかのように影を歪に揺らした。
一つの可能性が消えると、また別の可能性を探さなければならない。
まるでこの件そのものが幽霊のようだった。
グライムは壁にもたれかかり、天井を見上げた。
石造りの天井から薄く振ってくる埃を見上げながら、考えを続ける。
霊体でもなく、精霊体でもないとすれば、残る可能性は極めて単純なところにあるのかもしれない。
『見えないのではなく、見えているのに調査対象として認識してなかったら』
グライムはその考えに至った瞬間、誰もが持つ、とある思考の癖に気づいた。
人を探す時は、無意識のうちに自分と同じくらいの背丈、自分と同じような体格の相手を思い浮かべてしまう。
市場で聞き込みをする時も、酒場で噂を集める時も、頭のどこかで『大人一人分』の姿を基準にしていた。
だが、この街には、様々な種族が暮らしている。
中には、人間よりもずっと小さな種族も暮らしている。
そして、この国で人間の次に多い種族。それは獣人だった。
獣人と一口に言っても、その体格は千差万別だ。
熊のように大柄な獣人もいれば、人間と変わらない体格の者もいる。
そして、小人妖精と見紛うほどの小さな獣人も存在する。
市場の隅で、荷車の陰に隠れるようにして働く小さな影を、グライムはこれまで何度も目にしてきたはずだった。
だが、そのどれもが、彼の意識の外に置かれていた。
小さい種族ならと考えるのと同時に、グライムは目を細めた。
それならば、商工を最初から見落としていた可能性がある。
自分の間抜けさに、思わず苦笑がこぼれた。
裏社会で培った観察眼を、こんなところで曇らせていたとは。
グライムは、すぐさま文書庫を飛び出し、街の小型種族が集まる区画へと向かった。
そこで、ようやく手がかりを掴んだと思ったら、あっけなく正解の推理とへと都合よく転がっていた。
なんとストライキの当事者は、ハムスターの獣人たちだった。
彼らの主な仕事は、この国で物流関係の仕事――特に、倉庫での荷物の仕分けに、数多く従事していた。
小柄な身体を活かして、狭い隙間にも入り込める。積み重なった荷物の合間を、器用にすり抜けながら、次々と荷を仕分けていく。
這いつくばって手を伸ばさなければ届かない棚の隙間も、彼らにとってはごく自然な通り道だった。
そしてなにより、彼らの最大の特徴はその数だった。
一人ひとりの力は決して大きくないので、荷物を一つ運ぶのにも時間がかかる。
だが、人数による物量で、大量の荷物を処理し、把握することが出来るのだ。
倉庫街を歩けば、あちこちで小さな体躯のハムスター獣人たちが、独自のルーツを使って、忙しなく荷を運ぶ姿を見かける。
まるで蟻の群れのように統率された動きで、荷が右から左へと流れていく。
この国は他種族国家を謳っており、城への申請が通れば、様々な職業に就くことができる。
流れ種族も多く、仕事に困る者が出る一方で、新しい種族が様々な職業へ参入できる環境でもあった。
ハムスター獣人たちも、そうした流れの中で、物流という仕事に居場所を見つけた種族だった。
彼らがこの国に流れ着いたのは、そう遠い昔のことではないらしい。
かつてはもっと過酷な環境で、まともな仕事にもつけずにいたという話も、噂には聞いていた。
それが、今では街の物流を支える、なくてはならない存在になっていた。
賃金は決して高くはないが、大勢で力を合わせれば、大きな仕事も成し遂げられる。
彼らにとって、この倉庫街での仕事は、単なる生活の糧である以上に、自分たちの居場所そのものだったのかもしれない。
だからこそ、些細な不満であっても、積み重なれば無視できないものへと膨らんでいったのだろう。
数の多さは、それだけ不満の密度も高くなるものだ。
「やっと見つけた……」
倉庫街の一角にたどり着いたグライムは、ようやく事情を知る者にたどり着いた。
その人物は塀の上に立ち、小さな顔の頬袋を目一杯膨らませているハムスターの獣人だった。
「情ストライキの理由を聞かせてくれ。なにが目的なんだ?」
ハムスター獣人の代表格らしき小柄な男に、グライムは切り出した。
男はひげをぴくぴくと震わせながら、事情を語り始めた。
彼の名は、コロタというらしい。
倉庫街のハムスター獣人たちを、長年まとめてきた男だ
「実はですね……」
グライムは深刻な話を覚悟して、耳を傾けた。
大規模なストライキと聞いていたのだ。相応の重大な問題があるに違いないと。
コロタは、指を折りながら話し始めた
「まず、休憩時間の件なんですが……。他の種族の作業員は、一時間おきに休憩がありますでしょう? ですが私たちは体が小さい分、動きが速いからと、休憩の間隔がバラバラなんですよ。こっちのタイミングで休憩を取ろうとすると、手伝ってくれと声がかかる始末……」
「なるほどな。よくあるな話だ」
「それから、倉庫の通路の幅も問題です。人間の作業員に合わせた幅になっているせいで、私たちの荷車には、いつも人間の荷台に怯えている。いまはこうして、塀を利用して足場や通路の代わりにしていますが、塀は塀でありそれ以上でも以下もない。これでは体へ負担がかかります」
「なるほど……、これもよくある話だ」
「あとは、給金の支払われる日にちが、他の種族と一日ずれていることもですね。同じ倉庫で働いているのに、こちらだけ支払いが遅い理由が分からなくて」
「一日ずれてるだけだろ……。もしかして支払額が減ってるのか?」
「いえ。満額もらっています。そうですね……あとは倉庫の屋根裏に、鼠除けの薬が撒かれているんですが、あれの匂いが……私たちにとってもかなりきついんです。鼠と一緒にされるのは、正直心外でして」
コロタは悔しそうな顔をした。
「それに、休憩所の椅子が――」
グライムは「わかった」と適当になところで話を打ち切った。
理由は、あまりにくだらなかったからだ。
もちろん、一つ一つは当事者にとって切実な不満なのだろう。
だが、どれも大規模なストライキを起こすほどの、決定的な問題には見えなかった。むしろ、直接雇い主に一言申し入れれば、今すぐにでも片付きそうな話ばかりだった。
「まさか……これだけか?」
「これだけ、というと語弊がありますが……積もり積もれば」
「積もり積もっても、この程度なら話し合いで済むだろう。支払いの数日の遅れはよくあることだ。契約時に支払いの契約もしただろう。話し合いはしないのか?」
グライムは呆れたように頭を掻くと、コロタは少し悔しそう眉を曲げた。
「話し合おうとしたんです。ですが、雇い主に取り合ってもらえなくて。そんな中、ある人が来て小さくても『団結すれば、もっと大きな声になる』と」
ようやく事件らしい話に、グライムの目がわずかに鋭くなった。
「ある人? その人物のことは」
「ただの酔っ払いですよ。そこの壁で立ちションをしながら話に混ざってきたんです」
「なんて嫌な井戸端会議だ……。」
グライムは肩を落とした。
ここ数日頭を悩ませていた難事件は、ハムスターの獣人が初めて爆発した仕事への不満だ。
当のハムスターの獣人たちに、p、これといって深い企みがある様子はなかった。
ただ日頃の小さな不満を、酔っぱらいの戯言に焚きつけられた――そんな空気だった。
グライムはそのままの足で、城にいるパットンのもとへ向かって事情を説明した。
「なるほどな……事情は理解した。確かに……目に見えない不満は募るものだな。どうしたらいいと思う?」
「ひまわりの種でもやれ」
それは、ただの軽口だった。
ハムスター獣人たちが、頬袋いっぱいに食べ物を溜め込む姿を思い浮かべての、何気ない一言。
グライムは、それが本当にストライキを解決すると思っていたわけではない。
むしろ、それくらい単純な話に見えた、という皮肉だった。
「私は本気で聞いているんだ」
「勘弁してくれ……オレは対種族の問題を解決するのが仕事だろう」
「ハムスターの獣人だって、人間とは違う種族だろう」
「なら城で飼えよ。もともと小人系の獣人は勝手に人の家に住んでるだろ」
「なにを不貞腐れてるんだ」
「ボンドのことで頭が煮詰まってたから、ちょうどいいい謎解きで気が紛れると思ったんだよ。これじゃあ、よけいに苛ついてくる」
そのままグライムは街へと戻っていった。散々歩き回ったせいか、この日はそのまま眠りについた。




