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バタフライ・エフェクト/Butterfly Effect  作者: 蒼春-Aoharu
第一章 幻想神域の異端者(イレギュラー)
9/12

第八話 不穏な電話


 スマホ画面に映っていた名前を見て、龍三は一瞬、思考が止まる。

 表示されていたのは――担任教師、綾崎叶江の名前だった。

 こんな時間に、担任から電話?

 しかも個人の携帯に直接?

 何かあったのだろうか。

 龍三は無言のまま通話ボタンを押して、耳に当てる。

「……はい」

『朝日奈か。すまんな、こんな夜遅くに……』

「いえ、俺も丁度起きてたところだったので」

『そうか……』

「……えっと、それで、どうしたんですか? こんな時間に?」

『ああ。少し、確認したいことがあってな』

「確認したいこと……?」

『……お前の家に今、一ノ瀬の奴はいるか?』

「……大河? いえ、いないですけど……」

『……そうか』

 小さく息を吐く気配が、受話口越しに伝わってきた。

 その反応に、龍三が胸騒ぎを覚える。

「大河に、何かあったんですか?」

 明らかにおかしい叶江の態度に、龍三が問い返す。

『――ああ、実はな』

 そこで一度、言葉が途切れる。

 まるで、なんと言うべきか迷っているような沈黙だった。


 そして――


『一ノ瀬の奴が、行方不明になった』


「……え?」

 その瞬間、龍三は茫然とする。

 一瞬、何を言われているのか理解できなかった。

 行方不明? 大河が?

『この時間になっても、まだ家に帰っていないらしくてな。一ノ瀬の親御さんが警察に捜索願を出して、今は警察も動いてくれている』

 淡々とした説明の裏に、僅かな焦りが滲んでいる。

『……私も、車を走らせて探し回っているところなんだが……』

 一拍置いて。

『朝日奈、お前一ノ瀬と仲が良かっただろ? 最近、何か変わった様子はなかったか……?』

「……いや、特には。むしろいつも通りというか……」

『……そうか』

 短い返答だった。

 それだけで、何も掴めていないことが伝わってくる。

『わかった、ありがとう。すまんな。こんな時間に突然電話を掛けて』

「いえ、緊急事態ですし……。俺の方こそ、何も役に立てなくて……」

『いいんだ、お前が悪いわけじゃない。それに、石化事件のこともある。警察も断定はできないが、無関係とも言い切れないと言っていた。だからお前も、不用意に外を出歩くなよ』

「……はい」

『……それじゃあな』

 通話が切れ、静寂が部屋に戻る。

 龍三はスマホを握ったまま、その場に立ち尽くしていた。

 時間が止まったかのように動けず、指先にじわりと汗が滲む。

「……」

 行方不明。

 その言葉だけが、やけに重く頭の中にのしかかる。

「……っ」

 無意識に、奥歯を噛み締めた。

(大河が、行方不明?)

 心臓が、嫌な鼓動を刻む。

 息が浅くなる。

 龍三はそれを抑え込むように、ゆっくりと息を吸い込み、そして吐いた。

 それでも、胸騒ぎは一向に収まらない。

 脳裏に浮かぶのは、商店街で手を振りながらバイトへ向かう親友の姿。

(商店街……)

 そこは、龍三が大河と最後に別かれた場所だった。

「……龍三? どうかしたのか?」

 その時、不意に背後から小雪の声がした。

 そこではっとして、龍三の意識が現実へと引き戻される。

 ゆっくりと振り返ると、そこにはベランダから戻ってきた小雪が心配そうな表情を浮かべていた。

「……小雪」

 掠れるような声で、小雪の名前を呼ぶ。

 続けて何か言おうとしたが、言葉が出て来ない。

 まるで喉の奥に何かが引っ掛かっているようだった。

 視線を落とし、ぐっと拳を握る。

 そして、龍三はようやく口を開いた。

「友達が、行方不明になったって……」

「……!」

 その言葉に、小雪が目を丸くする。

「担任から電話があって、まだ帰ってきてないらしい……」

「……左様か」

 短く応じながら、小雪は胸元を押さえ、そのままぎゅっと握り締める。

 かけるべき言葉を探しているのだろう。

 けれど、それが見つからない――そんな沈黙。

 ただ、小雪は不安を滲ませた瞳で、じっと龍三を見つめていた。

 時計の秒針だけがやけに大きく響く。

 一秒、また一秒と過ぎていくたびに、胸の奥に重苦しい圧迫感がじわじわと広がっていく。

 何かの冗談であってくれと、藁にも縋る思いで大河に電話をかけてみる。

 発信ボタンを押し、スマホを耳に当てる。

 すぐに、無機質なコール音が鳴り始めた。

 一回。

 二回。

 三回。

 四回――

(……っ)

 普段なら、三コールもあれば軽口と一緒に出るはずの男だ。「んー? どしたー?」とか、「今バイト中だっての」とか、そんな声がすぐに帰ってくる。

 だが――

 五回。六回。七回。

 どれだけ待っても、出る気配はない。

 呼び出し音だけが、延々と繰り返される。

 まるで、出口の見えないトンネルをずっと歩き続けている気分だ。

 やがて、無情にも通話は切れた。

「……」

 通話が切れた後、龍三はゆっくりとスマホを耳から離し、画面を見つめる。

 そこに表示されているのは、無機質な「通話終了」の文字。

 それが、全てを物語っていた。

 大河の身に、何が起きたのかはわからない。

 ただ一つ、確かに言えることは、これが夢ではなく現実だということ。

 それだけは、嫌でも理解できた。

 今この瞬間も、警察が行方不明になった大河を探している。

 叶江先生や大河の両親も、それぞれのやり方で最善を尽くしているはずだ。

 本来なら、自分にできることなど何もない。

 親友が無事でいると信じて、帰りを待つ。

 それが一番現実的で、正しい選択のはずだった。

 しかし――

「……」

 胸の奥に引っ掛かった違和感が、どうしても拭えない。

 これは、ただの行方不明ではないかもしれないという漠然とした不安が龍三の中にはあったからだ。

 虫の知らせとでも言うべきか。

 叶江先生も言っていた。

 今回の件は、単なる失踪としてだけでなく、石化事件に巻き込まれた可能性も視野に入れて動いていると。

 だが、警察は知らない。

 その事件の犯人が、人間ではなく怪異であるということを――

 もしも、大河が石化事件に巻き込まれてしまっているのだとしたら?

 このまま待っているだけでいいのだろうか。

 勿論、妖魔とは無関係の事件である可能性もある。

 事故に巻き込まれ、どこかで動けなくなっているだけかもしれない。

 それでも、ここ最近の出来事を思えば、大河が石化事件に巻き込まれたのではないかと考えてしまうのはむしろ自然なことだった。

「…………」

 どちらにせよ、待っているだけで状況が好転するとはとても思えない。

 何もできないまま、時間だけが過ぎていく。

 その間にも、大河の身に何かが起きているかもしれない。

 妖魔の動機は不明。石化した人間の末路など龍三には想像もつかない。もしかしたら、一生帰らぬ人になるかもしれない。

 そう思うと尚更、このままじっとなんてしてられなかった。

 気づけば、視線は床から上がっていた。

「……悪い。やっぱ俺、ちょっと行ってくる」

 言うが早いか、龍三はすぐに外へ出掛ける準備を始めた。

 迷いはなかった。

 タンスに手を伸ばし、手早くTシャツの上に赤色のパーカーを羽織る。

「待つのじゃ、龍三」

 その背中に、小雪の声が鋭くかかる。

「こんな夜更けに、一人で外へ出るつもりか?」

「危ないのはわかってる。でも……このまま何もしないでいるなんて、俺にはできねぇ」

「龍三……」

 その名前を呼ぶ声は、咎めるものではなく――どこか、縋るようだった。

 沈黙が落ちる。

「あいつの行きそうな場所に、幾つか心当たりがあるんだ。そこを絞って探してみる。それでも手掛かりが見つからなかったら、その時は……大人しく引き上げるよ」

「……」

 小雪はすぐには答えなかった。ただ、じっと龍三を見つめている。

 その視線は、龍三の覚悟の重さを量るようで――

 やがて、小雪がゆっくりと息を吐いた。

「全く……どうやら、止めても無駄のようじゃな」

 呆れたような言葉とは裏腹に、その声色はどこか柔らかい。

 そして、そっと目を細める。

「……わかった。ならば妾も共に行こう」

「え?」

「なんじゃ、その顔は?」

 思考が追い付いていない龍三の返事に、小雪が眉を寄せる。

「……良いのか?」

「良いも何も、妖魔が関わっている可能性がある以上、お主一人で行かせるわけにもいくまい」

「……悪い」

 龍三が視線を落とす。

「こんなことに、巻き込む形になって」

「気にするな。別に、お主が悪いわけではなかろう? 火急のこと故、仕方あるまい……」

 そう言って、小雪はくるりと背を向ける。

「……出掛ける前に、しばし時間をくれぬか?」

「? ああ、それは構わないけど……」

 龍三が頷くと、小雪は軽く顎を引いた。

「すぐに済む」

 短くそう言い残し、奥へと消えていく。

 ――数分後。

 再び現れた小雪の姿に、龍三は思わず息を呑んだ。

 先ほどまでの寝巻き姿とは打って変わり、そこにいたのは、凛とした空気を纏った巫女服姿の小雪だった。

「うむ。やはりこれじゃな」

 袖を軽く(なび)かせながら、小雪が満足げに頷く。

 そして、ゆっくりと龍三へ視線を向ける。

 その眼差しは、どこか静かに引き締まっていた。

「では参ろう」

「ああ」

 龍三が短く応じる。

 玄関の扉を開け、二人は外に出た。

 夜の空気は、妙に重かった。

 静まり返った街の奥――何かが潜んでいるような気配だけが、確かにそこにある。

 ドアがガチャリと閉まる音と共に、龍三と小雪はその異様な静寂の中へと足を踏み入れた。

 魔物が巣食う――夜の街へ。




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